2.改変執事は推しと出会う。
「···?」
ふと気が付くと、見慣れない場所に立っていた。
(どこだ、ここ?)
なんだか随分と高級そうな家具や調度品がたくさん置いてあるが。壊したら大変な額になりそうである。実に恐ろしいから絶対に触らないでおこう。
「あら、あなたは新しく雇われた執事?」
その声に振り返ると、茶髪に焦げ茶の目をして見慣れないメイドの格好をした女性が立っていた。
やばい、不審者だと思われたか?いやでも今、新しく雇われた執事とか言ってたような?
「···そうです」
なんだか、この女をどこかで見たことがある気がする。どこでだっけ?と考えると、つい最近読んだ小説の中に出てくるキャラそっくりな事に気が付いた。
(···こいつ、エマじゃないか?)
確か、リディア様に初日で解雇されてたモブキャラだ。リネット付きのメイドからリディア様に移された事の腹いせに、とあることをしでかした張本人。
「そうよね。はぁ、どうして私がリディア様なんかのメイドに···私はリネット様付きのメイドだったのよ?本当に信じられないわ···」
(···リディア様とリネット様?その二択なら断然リディア様派ですけどなにか?)
「······」
え、まてまて。なんで俺はこんなことを知っているんだ。そして何より、なぜこいつのことを知っているんだ。いや、そんなことより!
(ここ、ヘーデルバイツ家の館じゃねぇか!)
俺はついに妄想が行き過ぎて夢をみているのだろうか。リディア様の側に行きたすぎて?俺が混乱しているのを他所に、ガチャリと扉が開いた。入ってきたのはメイド長だ。ちらりとこちらを見ると、何やら話しだした。
「エマとジャックね。来て早々で悪いけど、貴方達にはリディア様の下についてもらうわ。リディア様は気性が荒い方ですから、粗相の無いように。」
(···そうか。俺の名前はジャック、か。しかし気性が荒い方ってなんだよ!リディア様に失礼だろうが!!つーかやっぱりこいつがエマか!)
眼の前で推しを下げられて喜ぶやつはいない。
(ん?というか、このエマっていうメイドが秒で解雇されるのっていつの話だっけ?)
なんかよくわからんが、さっきまで最初から読んでいたはずだ。ええと、確かこの話は···1話よりも数年前の話の、エピローグの導入部分だ!確かここから1話に入るまでの間に、リディア様はとある宝石をオークションでとられた。しかも取ったのはメインヒーローであるエイデン。その宝石を一目惚れしたリネットに渡したことで、リディア様は暴走する。しかも人目につかないところで渡せばいいのに、あのエイデンはわざわざヘーデルバイツ家の屋敷に来て渡しやがったのだ。リディア様の眼の前で!
(そりゃ誰だってキレ散らかすわな)
よくある話だが、エイデンのことがリディア様は好きだったらしい。エイデンなんかリディア様に1ミリも釣り合わないのだが、まぁそれはリディア様の本人の気持ちもあるだろうから仕方がない。
ちなみにその腹いせでリネットに「魅了魔法」をかけて、そこから1話目がスタートする。つまりここは、彼女が悪女だと言われた1番の要因が詰まっている回だ。
「···分かりました」
(だとすれば俺がやるべきことはただ一つ。とにかく、リネットに対して魅了魔法をかけさせないようにしなくてはいけない)
この小説のタイトルにもなっているこの魔法が原因で、リディア様は殺されてしまう。つまり、なんとかして今日、彼女がオークションに出かけられないようにすればいいのだ。
(···でも、どうやって?)
正直なところ、全く思いつかない。だが、絶対に今日リディア様がオークションに行くことだけは阻止してみせる。
(確かリディア様があの宝石を始めて見て一目惚れしたのが、オークション会場だったはずだ。事前情報は「とても綺麗な1品」という触れ込みだけだったはず。だからあの場で宝石を見なければ、どんな宝石だったのか?そしてそもそも誰が買ったのか?その現場を見なければ、少なくともリネットに渡したのがあそこのオークションでリディア様が一目惚れした宝石だとは分からんはずだ!)
まずは起こることを整理してみよう。
リディア様が、あの宝石に一目惚れした事件はオークション会場で起こる。ならばそもそもオークション会場に行かせなければ、宝石に一目惚れはしないはずだ。
次の日にヘーデルバイツ家に来てリネットに宝石を渡しに来ていた。あのバカ王子はリディア様の目の前で何してくれてんねんと何度だって心の底から突っ込みたいが、今はそんなことを言っている場合ではない。
ならばその現場に居合わせないようにするのが1番なのだが、それは難しいだろう。
(だって王族がこの家に来るんだぞ?貴族の事とかなーんもしらん俺でも家に王族が来るのに何も知らないままでいる事が以下に無理ゲーかは分かる。だってなんか王族には小難しい挨拶しなきゃいけない決まりがあったし)
もやもやと色んなことを考えながら、メイド長に連れられるままに辿り着いたのは何度も小説で読み返した描写の通りの部屋の扉。
ドクンと胸が高鳴る。
(この先に、リディア様が、)
本当に?
本当にリディア様がいるのか?
流行る気持ちを抑えながら、ノックのあとに扉を開けたメイド長について部屋へと入る。入った瞬間に感じたのはなんともいえない、威圧感だった。
「貴方達が新しいメイドと執事?」
「っ、」
想像通りのどこか高圧的な、美しい声。高飛車な態度。そして、なによりも女神のように美しいその見た目。
金色が混じったストロベリーブロンドの長く美しい髪は緩く巻かれており、腰まで伸びている。猫のように釣り上がったルビーのような紅い瞳。きめ細かく白いその肌は、まるで陶器のようだった。
(お···押しが···押しが、目の前に···存在している!動いている!!話している!!!というか見た目綺麗すぎないか!?女神やん!本当に同じ人間なの!?さすがリディア様!想像の1万倍美しい!!)
顔が赤くなっていないだろうか。どうしよう。こんな美しい存在と俺なんかが会話をしても許されるのだろうか。ドキドキしながらチラリとリディア様を見ると、ルビーの瞳と目があった。
「···何?不躾な執事だこと」
話しかけられた!?
ゲームみたいになんか選択肢とかないんか!そう思ってもそんなに都合良くそんなものが出てくるわけもなく。
(た、たしかリディア様は褒められるのは嫌いじゃなかったはずだよな!?)
寧ろ好きなことの1つだったと記憶しているが、間違っていなかったかと不安になりつつ慌てて彼女に返答をした。
「···い、いえ。失礼しました。リディアお嬢様の美の女神のような美しさに、思わず見惚れておりました」
「ふふ、美の女神ですって?当たり前じゃない。私を誰だと思ってるの?」
(あぁあぁこのっ、褒められるのが当たり前みたいなこの態度!!でも少し嬉しそうなのがめっちゃ可愛い!尊い!!高飛車な態度もめっちゃくちゃ似合うんだが!!?)
つ、と瞳と同じく赤く彩られた白くて細い指先が動く。たったそれだけの動作なのに、酷く優雅で目が離せない。
「名前を名乗りなさい」
「エ、エマと申します···」
「···ジャック、です」
「エマとジャックね」
(名前!リディア様が俺の名前を呼んでくださった!!あーもう、生きてて良かった!!今なら死ねるレベルなんですが!?)
「使えなかったらクビだから、精々頑張って頂戴。喉が乾いたからエマはさっさと紅茶を持ってきて。ジャックは出かける準備をしなさい」
まったく何の期待もしていないような、そんな表情。そう、今彼女が言ったこの出先というのはオークション会場のことだ。
「は、はい!」
「···かしこまりました、リディアお嬢様」
ちなみにこの出かける準備が終わると同時にエマはクビになる。あまりにも早すぎる首だが、とりあえずこのクビにされるエマはどうでもいい。だが、クビにされた理由が問題だ。
(···確か、リディア様は火傷をしたんだ)
何をどうしたらそうなるのか分からないが、エマは熱々の紅茶を入れるための熱湯をポッドごとリディア様にぶち撒けるいうとんでもない事をしでかすのだ。
そのことにより腕に彼女は消えない火傷の跡を負ってしまい、作中ずっと手袋をし続けることになるのである。しかも最後の死ぬ少し前、牢獄に入れられた際は手袋を取られて醜いと嘲笑われるのだ。
小説でも読んでいてぶち切れていたのだが、実際にリディア様本人を見たことで更にふつふつと怒りが込み上げてくる。
(あの!綺麗な白い肌に!火傷の跡を残すなんて許さんぞあのアマァ!!!)
オークション会場に行かせないことは大前提としても、その前にあのお湯が彼女にかかるのを阻止しなくてはいけない。俺がいる限り、絶対に火傷なんて負わせやしないと意気込みながら俺は早足で廊下を移動する。
「まずはとにかく、出かける準備だな。···今までのジャックとしての記憶が残ってて良かったぜ」
出かける準備と言われて何をしていいか分からないんじゃ、俺までクビになってしまう。それになにより、早くしないとあの事件が起きるまでにリディア様の部屋に駆けつけられなくなってしまうだろう。そんなことを考えながら、俺はとにかく大急ぎで出かける手筈を整えたのだった。