1話 まず説明を
私、「蜂屋朱音」は突然異世界へと連れてこられた。
こういう場合、本人の意思に基づいた契約や約束事をしっかりと書面に残したうえ、事前に連絡を入れるものだと思うのだが、一連の流れとしてそう言った事はなかった。
何時ものように会社に出勤、書類整理に始まり、各部署への連絡、細かな事務、などを手早く済ませて定時ぴったりに仕事を終えて帰宅していた途中で、此方の異世界へと転移してきた。世界人口約80億の中から選ばれるのは幸運なのか不運なのか、確率で言えば1.25e-10%だ。宝くじを買う方が当たるくらいですかね。
「おお、成功したぞ!」
「これでどうにかできれば良いのですが……」
昔読んだ小説には相手の都合か偶然もしくは手違いの三択しかなかった覚えがある。今回の場合で言えば向こうの都合と言う形になるが、こういう事をするのであればやはり事前連絡をするべきだ。
「アポ無しの呼びつけは人としてどうかと思いますね」
帰宅途中だったのでいつも使っている鞄に黒のパンツスーツのままで見知らぬ土地に放り出されるのはいかがなものか。この場合出張扱いになるのか、無断欠勤として扱われるのか。そもそも帰れるのかどうかというのもある。
「営業と言うのであれば事前に会社へと連絡を入れ、お互いが予定を擦り合わせたうえ、十分な話し合いができるというのを確認するべきでは?」
「それは、そうですが……こちらとしても手がなく……」
「まさか事後承諾で大丈夫だと?」
「ええと、それは……」
「全く持ってお話になりません。私にも予定と業務がありますので、元の場所に戻してもらえますか」
相手の状況よりも自分が巻き込まれたことに対するちゃんとした対応を行なっていないのは合理的な訳がない。自分の会社から転勤や出張の届けなんてあるわけが無いが、あまりにも対応が杜撰でお粗末、そして何よりも礼節を欠いている。
「いえ、それがですね……」
「まさか帰れないと?それに対しての責任はとれるのですか?」
正論をぶつけ続け、しどろもどろになっている現地人が2人。
「勝手に呼び出した事はお詫びします、ですが私たちもこれにすがるしか……」
その声を手で静止させてから、目を伏せて大きく息を吸い、また吐き出してからゆっくりと目を開く。
「此方の条件はしっかりとした衣食住、路銀だけ渡されて放逐されるのはあり得ません」
「はい、それは大丈夫です、貴方にやってほしい事はギルドの復興です」
「ギルドとは?それとなぜ復興を」
「ギルドと言うのは冒険者の集まりで依頼を受け冒険者へと渡す仲介のようなものです。そして貴方を呼んだ、この国……アンファングなのですが、大きい国のためギルドが複数種類あります」
その説明を聞きながら鞄に入れてあった手帳と万年筆を取り出して聞いたことを書き連ねていく。こういうのは後でしっかりと清書すればいいので、要点だけを書き連ねていく。
「その中で一つ、我々のギルドは歴史のあるギルドだったのですが……」
「人が減り、運営が立ち行かなくなったと、よくある話ではないですか」
「その通りで……」
「経営とは生き物です、一度死んだものを生き返らせるにはそれに見合う労力と資金、そして覚悟が必要になります。あなた方にそれがおありで?」
「なければ、貴方を呼び出したりしません」
睨むように目の前にいる自分を呼び出した人物を見て少し。
「やるかどうかは現状を見て判断です。それで受けるか受けないかを決めますが、先ほど言った通り衣食住はどちらにせよ用意してもらいます」
「はい、それで……」
「ありがとうございます」
二人揃って頭をしっかりと下げて礼を言ってくる。
「全く……異世界と言うのは自分勝手な世界ですね」