0話 合理的
「合理的ではありませんね」
カウンター越しにいる目の前の人物たちに、凛とした態度で言い放つ女性が一人。
「わざわざ遠くの地域に行き、希少な素材を取ってきたから買い取ってくれと言うのは合理的ではありません」
「そういうのもやってるのがギルドだろ!」
「そもそも勝手に行って取って来た物であり、此方のギルドで出した依頼でもありません」
明らかな言い合いだが、カウンターの女性は淡々と、そして興味がないのか手元のボードを見ながらさっさと会話を終わらせろと言う雰囲気を出しながら対応を続けている。傍から見れば明らかに持ち込んできた冒険者たちが悪いというようにも取れる。
「希少な素材と言うのなら、自分たちで然るべき場所に売りつけに行けばいいだけでしょう。次の方」
カウンターの上に広げられている大きい牙を、元々包んでいたであろう布に包み直してから横にずらし、その後ろに並んでいた人の対応を開始する。勿論冒険者がそれで引くわけにもいかず、身震いをしながらずらされた牙を見てからカウンターを一叩き。
「それを込みでやっているのがギルドだろう!ギルドが仲介役として……」
「その仲介と言うのをやっていないギルドもあるというのを理解できないと?」
女性がキっと一瞬睨みつけてたじろがせて怯んだ隙に、後ろに並んでいた子供がカウンターにひょこりと顔を出し、依頼書をぺらりと置いてにんまりと。
「クレナさん!依頼やってきたよ!」
「はい、ご苦労様です」
置かれた依頼書を手元に持っていたボードに置き、しっかりと上から下まで確認したうえで自分の判子を押してからカウンターの裏にあるであろう報酬の入った包みを渡す。
「ありがとー!」
「気を付けておかえりを」
そして次の人を捌こうとしている時に。
「あんなガキの方が俺たちより大事だって言うのか!」
「当たり前でしょう、勝手にやった事に対して何故ギルドが対応をしなければ?」
全くと言うようにため息を吐いてから更に横に牙を押しやって邪魔にならない位置にずらすと、次の人物の対応を始める。それと共に鞄いっぱいに、と言うよりも明らかに大人一人分の大きさもあるものをどさりとカウンターに置かれる。
「これの買取をお願いします」
「……物は、薬草類ですね」
大量にある薬草類、その量を見て牙を持ってきた冒険者達が驚き、周りの人たちはそこまでと言った顔でその様子を眺める。そしてその中でも異質なのがカウンターにいる女性。先ほどと同じようなため息を吐き出してから、冒険者が持ってきた牙のようにさっと横にずらしてその後ろの人の対応を始める。
「いや、なんで買取してくれないんですか?」
「生態系も無視して手当たり次第にかき集めたものに金を払うとでも?直接売買してきたらどうですか。次の人」
そんな事を言われてあんぐりと口を開けたまま、直前に拒否された冒険者と共に黄昏る。
「クレナさんは、相変わらず厳しいのう……」
「私の所で特例を作るのは本当に必要な時以外認めません、それでどうされました」
「儂の所の畑がの、人手がいるんじゃ、それで」
「人員募集の依頼ですね、報酬額はいつも通り、期間は3日でいいですか」
「せっかちじゃのう……頼んだよ」
手元に持っていたボードを老人に向けて、内容を確認してもらってからサインを貰い、その内容を確認したうえで、職員の一人に依頼書を渡して張り出しを行う。その張り出されたものを確認するのにギルド内にいる人らがそれを見て「いつものだ」や「時間が合わないな」など言い始める。
「次の人……は、いないようですね」
「いや、買取は……」
「何度も同じ話をさせないでもらえますか」
すでに興味もなく対応をする気がないので一瞥もせずに手元のボードに収めた書類に手を付ける。その態度に腹が立ったのか、冒険者の一人が持っていたボードを取り上げ、もう一度声を上げる。
「ギルドの買取は当たり前だろう!」
「……わかりました、そう言う事なら私にも考えがあります」
ため息を一つ付き、眼鏡のブリッジを指で上げて位置を直してからカウンターを出る。あまりにも冷静な行動にボードを取り上げた冒険者はそれを傍観する。
「今から10秒以内に此処から出るなら先ほどの暴力は見逃しましょう、出ていかないのであれば実力行使と言う事で」
スラっとした黒いパンツスーツを着込んだ女性がポケットから黒い皮手袋を出してそれを手にはめている間、秒をカウントする。頭に血が上って、まともな考えも浮かんでいない冒険者はカウントの途中で一発かましてやろうと殴りかかる。誰がどう見ても手を出すべきではないと判断できるというのに。
「誰か衛兵……いや、いりませんね」
その殴り一発を皮手袋をはめた右手で小気味良い音と共に受けてから、もう一度ため息一つ。
「人と言うのは位が高くなると傲慢ですね」
受けた拳をぱっと外に払い、体勢が崩れた所に左で顎先に一撃。小指のあたりを掠めるように振り抜いた左、冒険者は脳をあっさりと揺らし、糸の切れた人形のようにかくんと膝を付き、静かに倒れ込む。その様子を見て、同じパーティの冒険者は怯み、後から来た大量の薬草類を持っていたのもごくりと息を飲んでからいそいそと避けられた素材と脳震盪で倒れた冒険者を引きずってギルドから逃げるように立ち去っていく。
「全く、合理的ではないですね」
自分で振るった勢いでずれた眼鏡を直し、皮手袋を脱いでから一息。ギルド内はその様子を見て戦々恐々……とするわけでもなく、カッコいいだの、理想的な一撃だのと楽しそうにしている。
「それでは業務を再開します」
そして何事もなかったかのようにまたカウンターで受付を始める。