旅立ちは計画的に1
ルークを腕に抱え森を出てしばらく歩き、乗合馬車に乗って少し経つと、ギルドのある街が見えてきた。
私の住んでいる街は王都の郊外、そしてここは王都の中心部だ。
馬車の停留所で降りると、そこは賑やかな商店街。
あまりここまで来ることはないのだが、相変わらず人が多くて前世の人混みを思い出す。
様々な店が並んでいて、目にも鮮やかな装飾品が売られている露店も多い。
こんなところ、恋人と来たら楽しいんだろうな。
そう考えてしまって、いやいや今は恋愛は二の次だからと頭を振る。
「わぅん?」
そんな時にルークが小さく鳴いて、友達と一緒も楽しいわよねと思い直す。
そうだ、どうせならルークになにか買っていこうかしら。
首輪とまではいわないが、身につけているなにかがあれば、迷子になった時に飼い主がいると分かるものね。
そう思い立ち、ハンドメイド品を取り扱う露店の前で立ち止まる。
リボン……は男の子だしかわいすぎるか。
人間用のシンプルな紐でつけるタイプのブレスレットを、チョーカー代わりにしてもいいかも。
「あ、これ素敵。ルークの真っ白な毛並みにも似合うわ」
ふと目に留まったのは、紺と黒の革製の紐に小ぶりなチャームがついたブレスレット。
男性用のシンプルなもので、長さもちょうどよさそう。
「ルーク、これどうかな? こうやって首につけるんだけど」
「わぅ! わぅ!」
試しに首にあててやると、ルークも気に入ったようで、元気に返事をしてくれた。
支払いを済ませ、早速ルークの首につけてやる。
あまりキツくならないように、余裕を持たせて結ぶと、どう?と言っているかのように上目遣いをしてきた。
「すごく似合ってる、素敵よ。これは私とルークが友達っていう印。ルークを守ってくれますようにっていう、お守りよ」
「くぅーん!」
すりすりと甘えてくるルークを撫でていると、露店の店主が興味深そうにこちらを見ていた。
「へぇ。飼い犬にそうやってつけるのも悪くないな。ブレスレットを長めに作って、それ専用のものを売ってもいいかもしれん」
きらりと光るその目は、間違いなく商売人のそれだった。
それからしばらくして、王都でペットにアクセサリーをつけるのが流行することになるのだが、それはまた別の話。
「着いたわ。ここがギルドよ」
商店街をしばらく歩くと、シンプルながらも大きくてどこか威厳を感じさせる建物に着いた。
実はここに来るのは二度目だ。
一度目は王宮の薬剤室に雇われる際にお世話になった。
働いてみたらものすごいブラック企業でした!なんてクレームはもちろん言えない。
扉を開くと、たくさんの人が募集の紙を眺めていたり、カウンターで職員の話を聞いたりしている。
まずは受付。
用紙に名前を記入すると、担当してくれた綺麗なお姉さんがちらりと私との顔を覗いた。
おや、ひょっとして室長からなにか連絡が入っているのだろうか。
しかしお姉さんはすぐに笑顔を作り、丁寧に説明をしてくれた。
うーん、室長から話はあったものの、ギルドはそういう圧力には屈しません!と対応してくれた感じかな。
さすがの国家機関、ありがとうございます。
こちらの希望を伝えると、お姉さんはいくつかの募集用紙を見せてくれた。
できれば職を転々とはしたくないので、そのメリットデメリットをよく考え、長く働ける場所を選ばないといけない。
のんびりしているともちろん途中で他の人に決まってしまうこともあるが、何度か通って慎重に決めよう。
張り出してある用紙も確認し、気になるものの写しをいくつかもらって今日は帰ることにした。
「うーん、数日考えたけど、やっぱりここかな」
最終候補に残った募集用紙の中から、一枚の紙を手に取る。
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ポーション屋勤務
募集職種:薬師
募集地区:ダイアンサス辺境伯領
仕事内容:主にポーションの精製。医師と相談の上、薬剤開発に携わることもあり
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ポーション作りという慣れた仕事だということがまず良い。
初めての土地で慣れないことをするのは気持ち的にもしんどいが、ポーション作りなら手慣れたものだ。
それに、先日マークしておいたうちのひとつ、ダイアンサス辺境伯領ということも惹かれた。
国境沿いの辺境伯領とはいえ、隣国との戦争の危険がない今、割と平和な領地らしい。
他の地域と同じように魔物の危険はあるが、辺境伯家が自ら編成している討伐隊がいて、被害がかなり少ないようだ。
そしてなによりもこれ、“医師と相談の上、薬剤開発に携わることもあり”の記述!
「ひょっとしたら、私の話を聞いてくれる医師がいるかも。“相談の上”って書いてあるし、少なくともあの室長みたいに提案したことをバッサリと却下することはないでしょ」
もし反応が悪かったら、ポーション屋でお金を稼ぎながら自分で薬の研究をして、独立しても良い。
この記述からすると薬剤開発には力を貸してくれるかもしれないし、募集に書かれている賃金や労働条件も悪くない。
あんな王宮薬剤室よりは余程マシなはずだ。
「よし、そうと決まれば早速ギルドに承認してもらいに行かなきゃ。他の人に取られちゃったら大変だもの。ルーク、おいで。出かけるよ」
私の声に応えてルークが走ってやって来た。
もうすっかり私に懐いてくれて、こうして名前を呼ぶとすっ飛んでくるかわいい子だ。
日に日に甘えん坊になるルークの首元はあのチョーカーで彩られている。
それを見る度にかわいさが溢れてたまらない私は、立派な親バカだろう。
……とやっていても話が進まないからね、こほんとひとつ咳払いをして、簡単に身支度を済ませ家を出た。
この数日ですっかり通い慣れたルートでギルドへと向かう。