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辺境伯爵の想いと願い

ウィルフリード視点のお話です。

俺の名は、ウィルフリード・ダイアンサス。 


辺境伯爵の位を賜る、領主である。


ほんの数年前までは隣国との国境を守る、武力で有名だったダイアンサス領も、今やマグノリア王国の医療先進領地として名を馳せている。


父の代から割と栄えている領ではあったが、ここ最近はさらに活気づいている。


隣国との友好関係が続き、戦争への不安が少なくなったこともそうだが、医療の発達により病気による死者が減ったことで、感染症の入って来やすいこの領地にも以前より人が集まるようになった。


まあ魔物の発生は変わらずあるが、それについては討伐隊を派遣しており、今のところ被害も少なく済んでいる。


そして、安心して暮らせるようになったからだろう、領民達の表情がとても明るく穏やかだ。


代替わりをした時、俺は父よりも劣ると評価されないように必死だった。


あの頃は良かったのにと言われないように。


戦争がなくなったため、これからは魔物から領民を守ることに意識を向けていた。


しかし、ある時言われたのだ。


人を死に至らしめるのは、戦争や魔物だけではないと。


体の内から蝕むものもあるのだと。


そんな当たり前のことに気付かされたのだ。


父と同じことをする必要はないのだと。


『あなたはあなたのやり方で、この領地を守れば良いのです。武術系のスキルを持っていないから役立たずだなどと、思ってはいけませんぞ』


穏やかな笑顔で。






「ほっほっ、そんなこともありましたのぅ」


「あの言葉がなかったら、今のこのダイアンサス領はなかったかもしれないな」


診療所の休憩室でヨーゼフじいさんとふたり、茶を淹れて座る。


あの頃よりも少しだけ皺の増えた顔。


しかし、その目の光はあの頃のまま……いや、それ以上に輝いている。


その後俺は、ヨーゼフじいさんと色々話し合い、領地の医療体制を整えるために動くことにした。


まずは薬師の待遇改善。


医師はそれなりに優遇されているのだが、薬師は地位が低い。


じいさんに新薬の開発に一緒に取り組んでくれる薬師がほしいと言われたのだが、まずはその職場環境を整えるべきだと主張された。


どうやら王宮に勤めていた頃に色々あったらしい。


環境を整えれば、優秀な人材が入ってきやすくなるはずだ。


こちらは昔なじみのエリックにも協力してもらいながら、診療所やポーション屋で働く薬師達の待遇を改善していった。


そうして多くの薬師達が生き生きと働けるようになったし、それは彼らが作るポーションの恩恵を受ける領民達や討伐隊の連中の助けにもなった。


ただ、新薬開発という特殊な仕事に意欲を持ってくれる薬師はなかなか現れなかった。


まあそう上手くいくものではない、そう思っていた時にダイアンサス領にやって来たのがマリアンナだった。


王都のギルドに勤めるヨーゼフの孫娘からも太鼓判を押された彼女だが……正直に言おう、出会った時はこいつが?とその実力を疑った。


なにせ見た目は大人しくて繊細そうな美少女だ。


しかもこちらからの問いかけにちっとも応えない。


こんなぼーっとしたやつが?と眉を顰めた。


……その認識はその数十秒後に大きく覆ったのだが。


どうせこいつも俺が強く出ればすぐに泣くのだろう、そう思っていた。


だが、違った。


大人しそう、という第一印象が霧散するほどに強い意志を込めた目で俺を見て、はっきりと言葉を紡いでいく。


なんなら遠回しな嫌味も言われた。


俺が知っている女達とはまるで違う、薬師という仕事に誇りを持っているその姿に、心が揺れた。


彼女なら、もしかして。


ヨーゼフと共に、成してくれるかもしれない。


「マリアンナちゃんが聞いたら、喜びそうですな」


「どうだか。第一印象を伝えれば、怒られそうだ」


ぼーっとなんかしてないし!と真っ赤な顔で頬を膨らませるだろう。


まあそれも悪くないと思ってしまうのは、惚れた弱みか。


すぐに喧嘩になってしまうのが良くないなと思いつつ、あいつのくるくると変わる表情が面白くて、つい言い返してしまうんだ。


ぷりぷりと怒ったかと思えば、図星を指されて慌てたり、勝ち誇ったかのように胸を反らして笑ったり、もじもじしながら謝ってきたり……。


やばいな俺、かなりあいつのこと好きじゃないか?


マリアンナの表情を思い浮かべながら、どんな顔もかわいいなと思ったところで冷静になる。


慎ましさが好まれる貴族社会の中で、あんなに感情を豊かに表現する女がいなかったから、珍しいだけかもしれない。


ああ、きっとそうだ。


「ほっほっ、怒るというのは元気な証拠ですからの。弱った姿を見せられるより、余程良いことですじゃ」


確かにじいさんの言うことには一理ある。


あの、感染症の流行した町で、マリアンナが珍しく弱気な姿を見せたことがあった。


普段胸を張って強気な姿勢を崩さない彼女の、泣きそうな姿に、胸が締め付けられた。


自分になにかできないだろうか、俺が守ってやりたい。


そんな風に思うくらい。


……思い出してみれば、抱き締めたい衝動に駆られた気もする。


じいさん達がいたから踏みとどまったが。


まあその後、俺が病名の分かる鑑定持ちだと知った途端、コロッといつものあいつに戻ったけどな。


さっきのしおらしい姿はどこにいったんだと思ったな。


まあ、泣き顔よりも怒った顔や笑った顔の方が俺は好きだから良いのだが。


……ちょっと待て、今ナチュラルに好きだと思ってしまったのはなんなのか。


まずい、完全に頭があいつのことでいっぱいになっている。


しかもお花畑な方向に。


ヨーゼフじいさんに知られるわけにはいかん、ここは話題を変えて……。


「ところで閣下」


「なんだ?」


「いつからマリアンナちゃんのことが好きだったのですかのぅ?」


「ぶっ……!げほげほっ!」


突然すぎる問いかけに、飲みかけていた茶を吹き出し咳き込んでしまった。


おやおやとじいさんが俺の背を撫でる。


なんだ今の質問は!?


「アーニャちゃんが教えてくれたのですじゃ。マリアンナちゃんがいつ閣下を意識したのか。それならワシが閣下に聞いてみようという話になりましてのぅ。“コイバナ”というらしいですぞ。さ、それで、いつ頃なのですかな?」


わくわくとした顔でじいさんが俺の顔を覗き込む。


「そ、それは……」


マリアンナの言葉が、脳裏に浮かぶ。


『このスキルを持っているから幸せとか、このスキルを持っていないから役立たずだとか、そういう考えは私はあまり好きじゃないですね』


……多分、あれが意識し始めた頃。


『フリード様はフリード様の良いところを生かせば良いんですよ』


この時にはもう、完全に落ちていた。


「……じいさんと同じようなことを言うやつがいるんだなって思った時から、かな」


「ほっ?マリアンナちゃんがですか?」


面食らったようなじいさんに、くすっと笑みが零れる。


あんたの言葉と存在に、ものすごく俺は救われていたんだ。


それこそ、勝手に親みたいだなと思うくらいに。


でも、あいつは違う。


一緒に泣いて、笑って、助け合える。


守りたくも思うし、背中を預けられるくらいに信頼もしていて、互いに支え合える相手。


ああ、そういえば先日あいつが初めて見せた表情があったな。


あいつの家で、キスをした時。


真っ赤な顔で、蕩けた表情。


どう反応していいか分からないとでも思ったのだろうか、戸惑いながらも嬉しそうな素振り。


いつものあいつとは違う、恋人としての顔。


また、あの顔が見たい。


触れたい。


「……まずい、重症だな」


会いたくなってきた。


顔を覆い、はあっとため息をつく。


そんな俺を見て、じいさんがまごまごと口を開いた。


「そ、そのう。それは、その、もしやワシに似ているから好きになったとかいうやつですかな?」


「は!?違う!いや、全く違う訳ではないかもしれんが、そういう意味ではない!こら、顔を赤らめるな!!」


トンデモ発言に、ぎょっとする。


すると、じいさんがにやにや顔で俺を見てきた。


!からかわれた!!


「ほっほっ、すみませんですじゃ。いやなに、嬉しくなりましてのぅ。閣下のそんな顔が見られるなんて」


ころりと態度を変えると、まるで孫の成長を見守る祖父のような表情をする。


「……おまえには、感謝している」


幼い頃から見守ってくれた、親よりも親のような存在。


「ほっほっ。マリアンナちゃんと幸せになって下さい」


その穏やかな笑顔から、心からの言葉だと分かる。


マリアンナだけじゃない、俺の周りにいる誰一人として欠けていたら、今の俺も、ダイアンサス領もなかった。


「さて、休憩はこれくらいにして、仕事に戻るかな」


ふっと息をついて席を立つ。


感謝の気持ちと共に、これからもこの領を守ることで恩を返していきたいから。


そんな俺を見送ろうと、じいさんも立ち上がってくれたのだが、再びにやりと笑って口を開いた。


「その前に、ポーション屋に行かれては?マリアンナちゃんに会いたいのですじゃろ?」


今度こそからかう気満々のじいさんに、俺はそんなことない!!と精一杯本音を隠して叫ぶのだった。

いつもお読み頂きありがとうございます(・∀・)

活動報告に書籍の情報を載せましたので、ご興味のある方はぜひ覗いてみて下さい。

よろしくお願いします。

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