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チート薬師と偏屈辺境伯のその後 後編

「マリアンナ!ここにいると聞いてきたのだが」


「フリード様?」


少し乱暴に開かれた扉の先にいたのは、なんとフリード様、その人だった。


うっ、今一番会いたくな……いや、どんな顔して顔を合わせば良いか分からない人じゃん!


息を切らせてまで私を探してくれていたみたいだけれど……。


どうしよう、『この前の私が言った言葉の意味、分かる?』なんて聞けるわけないし。


「おい、マリアンナ!聞いているのか!?」


「え?あ、はいっ!」


頭の中でぐるぐると考えていたが、フリード様の声がいきなり頭上から落ちてきて、びくりと肩が跳ねた。


そんな私の様子を訝しんだのだろう、フリード様がムッとした。


そしてなにか言いたげに口を開いたが、ヨーゼフ先生がまあまあと間に入ってくれたため、口を噤んだ。


そんな私達の微妙な雰囲気を感じ取ったのかは分からないが、ヨーゼフ先生はにっこりと笑って冗談めいた声を出した。


「閣下、そう恐い顔をせず。せっかく晴れて婚約が叶ったのじゃ、恋人には優しく接しなくてはいけませんぞ?」


「なっ!こ、ここここ恋人!?」


「う、うるさいぞヨーゼフ!そんなこと分かっている!」


見事にふたりして顔を真っ赤にして動揺してしまった。


恋人!?って、まあ、そういうことに、なる、のか。


いや、それよりもフリード様の“そんなこと分かっている!”っていうのも……その、なんとなく気恥ずかしい。


なんだこの背中がむず痒い感じは!!


前世での恋愛でもこんな風になったことがないので、どうして良いか分からない。


あわあわと普段の私らしくなく狼狽えていると、フリード様がこほんと咳払いをした。


「その、なんだ。急患が入ってきちんと話ができなかったことを、話せないかと思ってな」


「え、今ですか?ええっと、今は……」


ちらりとフリード様のうしろを見ると、アーニャが満面の笑みで行け行け!と拳を上げていた。


ラムザさんも笑顔で拍手をするジェスチャーをして、先生は相変わらずにこにこ微笑んでいる。


くっ……!ここで断ったら女が(すた)るってもんよね!


「わ、かりました。えっと、じゃあ、どこか話ができる所へ……」


「あっ!マリアンナ、最近部屋の模様替えしたって言ってたよね?マリアンナの家なら、邪魔も入らないしふたりでゆっく〜りお話できると思うよ?」


アーニャぁぁぁぁ!!!!


「おお、それが良いのぅ。マリアンナちゃんの淹れてくれる茶は絶品ですぞ。閣下もご自宅でご馳走になると良い」


せ、先生まで!!!


ふたりからの後押しを受け、フリード様もそれではと行く気になってしまった。


わ、私の家でふたりっきりってこと?


あ、そうだルークが……いや、ルークは今日森へ精霊(仲間)達に会いに行くって言っていた。


しかも帰りは明日だって。


いやいや待てよ、雰囲気クラッシャーの護衛騎士・グレイさんが……あれ、いない?


「ああ、ふたりで話せと言われたのであいつは留守番だ。俺もそれなりに剣の腕はあるからな、少しの間くらい護衛がいなくても問題ない」


そうでしょうね!そうですか!


なによ、みんなにお膳立てされちゃってるってわけ?


はあっと観念して息をつき、席を立つ。


「マリアンナ、また話聞かせてね!」


くそぅ、アーニャめ、そんな良い笑顔しちゃって……覚えておきなさいよ!


じろりと睨めば、こわーい☆とちっとも怖くなさそうに声を上げてウインクを送ってきた。


でもそうね、私もちゃんと気持ちを伝えないと。


そしてラブラブいちゃいちゃ……な展開になるかは分かんないけど!?


……あの時みたいな遠回しな言葉じゃなくて、真っ直ぐな言葉で。


「行きましょう、フリード様。仕方がないので、お茶だけでなく昨日焼いたマフィンもつけて差し上げます」


「……おまえの作ったものは美味いからな。楽しみだ」


頬を染めて嬉しそうに微笑むフリード様に、不覚にもどきっとしてしまった。


行ってらっしゃ〜い!とアーニャ達に見送られて外に出る。


「……先に言っておきますけど、ウチ、そんなに綺麗じゃないし、狭いですからね」


「そんなこと気にしない。おまえが普段暮らしている所というのも、興味あるからな。それに、やっとふたりで話ができそうで嬉しい」


本当にこの男は……。


相変わらずこんな時だけ甘い台詞を吐くフリード様に、やれやれと息をつく。


話を終えた後、私達の関係はどう変わっているのだろうか。


変わらず喧嘩ばかりなのか、それとも甘ったるくなってしまうのか。


それが、恥ずかしいような嬉しいような。


こんな気持ちになるのが初めてで、戸惑うこともあるけれど。


きっと、今よりももっとあなたに近付ける。


それはきっと、間違いないはず。


「……ね、今日は邪魔が入らないと良いですね。鍵でもかけておきます?」


そんな冗談を言いながらそっと右の手を伸ばす。


「おまえ、なにを言って……。っ!?」


そして、フリード様の大きな左手をきゅっと握る。


「ふふ。私達、恋人なんですって。それなら、たまには恋人らしいこともしないとですね」


「……おまえ。どこでそういうことを覚えて……いや、いい」


はあっとため息をつかれた。


なぜ。


首を傾げると、きゅっと右手を握り返された。


「……鍵、かけておけ。今日は誰にも邪魔されたくないからな」


そう呟くフリード様の目には、確かに熱がこもっていて。


それがたまらなく恥ずかしくなった私は、小さく「はい」とだけ返した。





* * *


「なんだかんだで、仲良しだね」


初々しい空気を纏ってウィルフリードとマリアンナが出て行った扉を見つめて、ラムザがぽつりと呟く。


「ほっほっ。喧嘩するほど、というやつじゃな」


ヨーゼフは、その幼い頃を知っている領主の、少しずつ変わりつつある姿を微笑ましく思っていた。


あのふたりなら。


きっと互いに研鑽し合って、この領地を良い方に導いてくれるだろう。


「ワシも負けてられんのぅ」


まだまだ自分もこれからだと、ヨーゼフは背筋を伸ばした。


そんなヨーゼフに、アーニャは相槌を打つ。


「そうですよ、ヨーゼフ先生にはまだまだ長生きしてもらわないと!それにしても、やっと明日のお昼休みにはマリアンナからラブラブいちゃいちゃ話が聞けそうね」


そのにんまりとした笑みに、ラムザは苦笑を零す。


「ほどほどにね。手加減してあげてよ」


こりゃ明日はアーニャから質問攻めに合って大変だろうなと、ラムザはマリアンナに同情するのだった。


* * *





その後――――。


家に入るなり、フリード様は開口一番狭いなと呟き、だから最初に言ったでしょうが!と結局今日も喧嘩になった私達だが……。


ちゃんと仲直りして、ふたりで気持ちを伝え合い、今度こそ誰にも邪魔されることなく初めてのキスをしたのだった。

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