相棒は真っ白なもふもふ!?2
お昼にと用意しておいたサンドイッチの包みを取り出す。
清浄魔法を手にかければ、土や葉の汁の汚れが瞬く間に綺麗に消えていく。
本当、魔法って便利。
綺麗になった手で早速ハムとチーズのサンドイッチを手に取り、ひと口かじる。
うん、美味しい。
そういえば野菜や果物は違うのに、ハムやチーズ、ヨーグルトなど前世と同じ名前のものも多くある。
どういう違いなのかはよく分からない。
記憶が戻ってすぐは、こういう前世と違うことに違和感もあったけれど、マリアンナの記憶がなくなってしまったわけでもないので、すぐに慣れていった。
魔法やスキルなんてちょっとゲームみたいで楽しくてわくわくするし、こんな風に大自然の中でのんびりするのも、都会に出てからはご無沙汰だったから、懐かしい感じがして心が和む。
「田舎町のポーション屋で働きながら、こうやって薬草採取や研究をして暮らすのもいいかもね」
なんだっけ、流行っていた異世界ラノベでも、領地経営?モノも人気があるってネットで見たな。
あとはスローライフとか悪役令嬢モノに、ざまぁなど。
悪役令嬢……は無縁だしざまぁなんてする相手もいないから無理だけど、スローライフは惹かれる。
あの頃の忙しい毎日もやりがいがあって嫌いじゃなかったけれど、好きなことをしてのんびり暮らすのも悪くない。
そうしてある日薬の研究が偉い人の目にとまって、領地経営にひと役買う……なーんて、ラノベの中ならそういう展開になるんでしょうね。
「現実はそんなに甘くないけどね。さ、食べ終わったらギルドに行って職探ししなきゃ」
最後のツナサンドを頬張り、飲み込んで腰を上げる。
うーんと背伸びをして息を吸うと、森の中の綺麗な空気が体の中に入ってきた。
「さて、じゃあ行きましょう。忘れ物のないように……あら?」
薬草の入った袋を手に持った時、茂みがかさかさと揺れた。
まさか魔物!?と一瞬緊張が走ったのだが、すぐにその警戒を緩めた。
だってそこにいたのは、真っ白なポメラニアンっぽい子犬だったから。
「か、か、か、かわいいーーー!!」
思わず叫んでしまって、子犬がびくりと後ずさりした。
「あ、ごめんね驚かせて。大丈夫、怖くないよ」
そう安心させようと声をかけつつ近寄る。
なぜってそれはもちろん、もふもふなでなでしたいからだ。
あわよくば抱っこしてすりすりもしたい。
あの真っ白な毛並みにもふっと顔を埋めたい。
そんな私の欲望が伝わっているのか、微笑み顔が常のようなポメラニアン風子犬の顔が、ちょっぴり困っているように見える。
でもそんな表情もかわいい。
じりじりと間合いを詰めていくと、そのお腹の真っ白い毛が少し赤くなっているのに気付いた。
「それ、どうしたの?ケガ?ごめん、変なことはしないから、ちょっと見せて」
もふりたいという煩悩を捨てて、怯えさせないようにゆっくりとしゃがむ。
すると子犬も私の目をじっと見つめ、その場から動かなくなった。
まだ警戒はしている感じだけど、触っても大丈夫そう。
ごめん触るねと声をかけながら子犬をそっと抱き上げる。
そして膝の上で仰向けにさせると、やはりお腹にケガをしていた。
しかもまあまあ出血している。
よく見れば息も浅いし、このまま放っておくと死んでしまうかもしれない。
「あ、そうだ。さっきのヨモギ……じゃなくて、ミドリソウを使って……」
袋からミドリソウをひとつかみ取って、手の中ですり潰しひとまとめにする。
それを清浄魔法で綺麗にした傷口に乗せて、上から少し押さえる。
「ちょっと痛いかもしれないけど、ごめんね」
言葉が分かるのか、子犬はくぅっと小さく鳴いた。
しばらく揉むように押さえていると、そういえば傷薬を持っていたんだと思い至る。
「でも、動物にも効くのかしら……」
まあこの薬も植物から作ったものだし、毒性のあるものではないから、悪化することはないだろう。
ちらりと子犬と目を合わせる。
「これ、私が作った薬なんだけど、塗ってもいいかな?」
そう話しかけると、子犬はくんくんと薬の臭いを嗅いでくぅんと鳴いた。
嫌がってはない……かな。
そっとミドリソウを傷口から取ってみると、先程よりも少しだけ血が止まっていた。
「じゃあ塗るね。その後ガーゼを貼るからね」
動物を相手にするのは初めてだが、人間を相手にするのと同じように言葉をかけながら処置を行う。
その度に子犬がなにかしらの反応をしてくれるので、少しは警戒を解いてくれたのかなと嬉しくなる。
小さいのに我慢強い子犬は、ガーゼを貼るのも全く嫌がらず、大人しく手当てさせてくれた。
「よし、これでおっけー!さて、君をこれからどうするかなんだけど……」
このまま森の中に置いておくのは気が引ける。
魔物がほぼ出ない森だとはいえ、他の大きな動物に襲われることだってあり得るもの。
「……君が嫌じゃなかったら、一緒に来る?」
「わぅん!」
先程より元気な声を上げて子犬が返事をしてくれた。
まさか薬が効いたのかしら。
いやでも効くの早すぎよね。
「まあ異世界だし、そんなこともあるのかもね。良かったね、わんちゃん!」
そう言って子犬を抱き上げ頭を撫でると、なにかお気に召さなかったのか、ぶるるっ!と首を振られた。
「?頭撫でるの、嫌だった?」
ぶるぶる。
「えーっと、純粋に触られるのが嫌いなの?」
ぶるぶる。
首を振って否定らしきものを表してはいるが、原因がさっぱり分からない。
とりあえずごめんねと謝っておいたが、まだ子犬は不服そうだ。
「でも本当に突然元気になったわね。ひょっとしてこの薬、即効性のものすごくよく効く薬なのかしら?」
じっと薬を眺めてみるが、薬草の時のようなウィンドウは現れない。
そうだよね、鑑定スキルじゃあるまいし、そうそうなんでも分かるわけがない。
「でも友達ができて嬉しいな、これからよろしくね。今からギルドに行くんだけど、お利口にしてられる?」
「わうん!」
当然だ!というかのように鳴く子犬、やっぱりこの子私の言葉が分かっているんじゃないかしら?
「そうだ、名前も必要よね。あ、男の子だ。それならそうねぇ……ルーク、なんてどう?光り輝くって意味なんだけど」
「きゅうううん!」
あらまぁ、気に入ってくれたのか喉を鳴らして甘えてきてくれたわ。
犬は賢いっていうけれど、異世界の犬はさらに知能レベルが高いのかしら。
じっとそのかわいらしい瞳を見つめると、今度はくぅん?と首を傾げられた。
……かわいい。
思わず頬ずりをしてもふもふを堪能する。
そうしていると、子犬の額のあたりでなにか硬いものに当たった。
「ん?なにこれ。……これは、まさか」
ふわふわの毛を掻き分けた下にあったものを見て、私は目を見開いた。
後に思えば、この出会いは本当に奇跡のようなもので、私はものすごく幸運だったといえる。
もし、ここでルークに会わなかったら。
傷薬を持っていなかったら。
ルークと友達になれなかったら。
私は、最後まで自分の信念を突き通すことができなかったかもしれない。