*月の秘密*
その後の番外編をちょこちょこと投稿したいと思います(・ω・)
お楽しみ頂けたら嬉しいです♡
ウィフリードがマリアンナと共にアルストロメリア領に赴いてから十日後。
「おい、エリック」
「おやウィルフリード様。どうしました?そんなに恐い顔をして」
自室で本を読み、休日を楽しんでいたエリックをウィルフリードが訪ねていた。
「エリック殿、まさかとは思いましたが、あなたでしたか」
……含み笑いを隠せていないグレイを伴って。
「ええい、その腹立つ顔を止めんか!くそ、元はと言えばおまえのせいだぞ、エリック!」
突然怒りをぶつけられ、なんのことだろうとエリックは首を傾げた。
思い当たることはないのだが、とりあえずウィルフリードの怒りが八つ当たりの類であることは、なんとなく感じられた。
「主、エリック殿に当たるのは……ぷっ!あまり良くないと、ふふっ!思いますよ?」
「いい加減にその笑いを収めろ!うっとおしい!」
そしてどうやらグレイにさんざんからかわれたようだ。
まったく、普段は冷静で優秀な護衛騎士なのに、ウィルフリードがなにかをやらかすと途端に悪い癖が出てしまうのだから。
やれやれとエリックはため息をつく。
仕方がない、ここは自分が大人しく怒られておくか。
まだ話はよく見えないが、それが良いだろうとひとり諦めたように息をついた。
「それで、なにがあったんです?」
努めて穏やかに微笑んだエリックに、ウィルフリードは少し言いにくそうに事情を話し始めた。
「――――つまり?」
「おまえの助言を受けて告白したのに、あいつには伝わっていないわ、グレイとルークには笑われるわ、散々だったという話だ!まとめまで言わせるな!!」
事情は聞いた。
どうやらウィルフリードがマリアンナに詩的な表現で告白したのだが、気付かれなかったらしい。
しかもグレイとルークにそのことがバレて、からかわれてしまった。
とりあえず婚約についてはアルストロメリア家からも了承をもらえたし、なんとかまとまりそうだとの事らしいが、やはり思うような告白の結果とならなかったことは、かなり心に深く傷を負ったようだ。
確かに少し前、ウィルフリードから告白とはどうやって行うものなのだと相談を受けた。
女嫌いだったウィルフリード様がついに……!と感動したエリックは、女性はやはりロマンチックなシチュエーションに憧れるものだとアドバイスをした。
場所や言葉、ムードも大切だと。
そしてそれとは別に、今から数年前のある日、ウィルフリードがエリックの部屋を訪ねた際、ひとつの小説の一節が話題に上ったことがあった。
読書をしていたエリックの傍らにあった本をぱらぱらとめくったウィルフリードが、ある部分を指さして意味が分からないと聞いてきたのだ。
なにを隠そう、それがあの“月が綺麗ですね”のフレーズだったのだ。
『ああそれは“あなたを愛しています”という意味の代わりに、この外国の本を訳した人が“月が綺麗ですね”という言葉をあてたのですよ。かなり有名な話ですが、知りませんか?』
『知らん。ふん、こんな気障な告白、物語の中くらいでしかできないな』
『おや。世の中にはこの台詞を真似てプロポーズされる方がいるんですよ。一時、すごく流行ったこともありましたね』
そんな会話をしたことがあった。
しかしそれは告白の相談を受けるよりもかなり前の話。
つまりマリアンナへのあの告白は、別にエリックに唆されたものではなかった。
「なんだ。おかしいと思ったんですよね。まさかエリック殿がそんなクサい告白の仕方を助言するだろうかって」
話を聞いていたグレイは、やはりウィルフリードの八つ当たりだったのかと納得したようだ。
「クサいとか言うな!」
グレイには、マリアンナにちっとも伝わっていなかったところまでしっかり見られていた。
そのため、ウィルフリードは日にちが経って薄れかけていた羞恥心がぶり返し、泣きたくなってしまった。
自分のせいだとはあまり思われたくないが、そんなウィルフリードがさすがに不憫になったエリックは、少し話を変えることにする。
「それにしてもグレイ、あなた普段は本などちっとも読まないくせに、よくこの小説の一節を知っていましたね」
「ああ、まあ。討伐隊の連中と話したり飲みにいくこともありますから、その時に聞いたことがあったんです。そんなプロポーズをする奴がいるという話を。まあその時はそんなむず痒いことする奴なんているのか?って話になりましたが」
曰く、確かにその小説の一節は有名で、本などあまり読まない隊員達の中にも、ちらほらと知っている者がいた。
しかし、ストレートに伝えたいと思う者の多い隊員達の中では、あまり賛同を得られなかったようだ。
そんな告白の仕方をするのは、スカしたお貴族様くらいだろうと言う者もいたらしい。
「相手がその意味を知っていないと、ただの月が綺麗だっていう感想にしか聞こえませんしね。実際マリアンナ嬢も分かっていなかったようですし」
「まあ、そうですねぇ」
エリックがそう答えると、グレイはちらりと気の毒そうな視線をウィルフリードに送った。
その視線をビシバシと感じたウィルフリードは、そんな目で見るな!と心の中で思った。
だが、いや待てよと思い直す。
あの後急患が出て有耶無耶になってしまったが、マリアンナが意味深な言葉を言っていたことを思い出す。
「そういえばあいつ……」
「?どうかしましたか?」
首を傾げるエリックに、ウィルフリードはあの時マリアンナに言われたことを伝えた。
「“月は前からずっと綺麗でしたよ”ですか。これは……恐らくですが、マリアンナちゃんは意味を分かっていたと思いますよ」
「?分かっていたなら、何故そんな返しを?俺は“死んでもいいわ”と返すのが定番だと聞きましたが?」
にこりとするエリックに、グレイが不思議そうに返した。
確かに月が綺麗だという告白に対するOKの返事は、死んでもいいわという、少々物騒なフレーズが有名だ。
その返しをされて喜ぶ男がいるか……?とウィルフリードも若干引き気味である。
そこへまぁまぁとエリックが話を戻す。
「ふたりとも、よく意味を考えてごらんなさい。“月が綺麗”があなたを愛していますという意味なら、“ずっと前から綺麗だった”というのは、私もずっと前から好きでしたということですよ」
「「!」」
その言葉に、ふたりはハッと目を見開いた。
確かにそういう意味に取れる。
「定番で返すのではなく、あえてウィルフリード様と同じ言葉を使い、同じ気持ちですよと伝えたのかもしれませんね。いや、なかなかマリアンナちゃんは文学的なセンスがある」
「ずっと前から、俺を……?」
呆けたようにそう呟くウィルフリードに、エリックは今度こそ心からの穏やかな微笑みを浮かべる。
「大切にすることですね。あなたと同じ目線に立って、男を相手にしても自分の志を曲げず、信念を貫くことができる女性などなかなかいませんよ。ふふ、よく考えてみれば、マリアンナちゃんは“死んでもいいわ”なんて台詞、絶対に言わないでしょうね」
死んでたまるかってのよ、まだまだやりたいことも、やらなきゃいけないことも山程あるってのに。
はっ!と吐き捨てるようにそう言うマリアンナの姿が頭の中に浮かぶ。
「……確かに、あいつにそんな言葉は似合わないな」
泣いても、怒っても、諦めない。
一緒に隣を歩いてくれる女。
「それが分かったなら、こんなところでうだうだせずに、さっさと行ったらどうですか?」
グレイがくいっと外へと続く扉を指差した。
「そうだな。エリック、おまえのせいだなんて言って悪かったな」
「いいえ。あなたの八つ当たりには慣れていますから」
だからさっさとお行きなさいと手を振るエリックに苦笑をもらし、ウィルフリードは出て行った。
行き先はもちろん、彼の唯一の女性のところ。
「大きくなりましたねぇ……」
「今の台詞、おじさんみたいですよ。……でもまあ、今度こそはちゃんと話せるんじゃないですかね」
なんだかんだでいつも自分が邪魔に入ってしまっていることに気付いているグレイは、今日は護衛の休養日にしますかねとエリックの向かいの席に腰を掛けたのだった――。