ざまぁ?そんなこと、いちいち企みませんから!5
「そんな馬鹿な!この国の中枢にいる私達にすら分からなかった病気を、そんな小娘が治せるはずがない!そうだ陛下、そこにいる奴らもみんな、ひょっとしたら偽物かもしれませんよ!元筆頭専属医師だのダイアンサス辺境伯爵だのが、薬剤室をクビになるような小娘と一緒にいるはずがありません!そんな子犬まで連れているような無礼者どもに、騙されないで下さい!」
眉間に深い皺を刻み、室長はそう叫ぶ。
「……私達にすらっておっしゃいますけど、あなた達はどれくらいこの国の医療の発展のために尽力したんですか?」
この期に及んでまだそんなことを言っている室長に、私はついにキレた。
「面倒なことは見習いや薬師に押し付けて、自分達は美味しいところだけ持って行って。病気に苦しむ人達のために、あなたはどんな努力をしましたか!?なにもしていないでしょう、ただ、その人の寿命だから仕方がないと、切り捨ててきただけじゃないですか!」
あ、やばい。
止められない。
「国の中心で働く医療従事者としての義務も誇りも忘れて自分の利益のことしか考えていない人に、そんなこと言われたくありません!」
ぼろぼろと溢れる涙を止めることができず、私は心のままに叫んだ。
クビだと言われてからずっと、本当は不安だった。
ひとりでやっていこうと決心はしたが、この先うまくやっていける保証なんてない。
たまたまルークと出会うことができて、ギルドのお姉さんが良い人で、ダイアンサス領がとても住みやすい土地で。
オーナーもアーニャとも仲良くなれて、ヨーゼフ先生との研究もやりがいがあって楽しくて。
グレイさんは意外と親しみやすい人だったし、ブルーノさんたちとも心を通わせ、一緒に病気の収束に携わって。
そして、それから……。
フリード様と目が合う。
この人ともたくさん喧嘩をしてきたけれど、彼は室長とは違う。
ちゃんと苦しみを知っていて、努力を厭わずに頑張ってきた人。
「ここにいるみんな、私の尊敬する人ばかりです。あなたに彼らを侮辱する権利なんてありません」
そう、きっぱりと伝える。
室長の全てを否定するつもりはない。
彼には彼の正義があるのかもしれないし、それを否定する権利は私にはないから。
「……マリアンナ嬢の言う通りだな。薬剤室では不当な待遇、それに解雇だったようだな。王宮での管理不行き届きは、私の責任だ。医師団や薬剤室に限らず、全体的に見直していこう」
そこへ静かな陛下の声が響いた。静かだけれど、威厳を感じさせる声。
どうして陛下が王宮で勤めていた時の私のことを……。
あ、ひょっとして。
はっとしてフリード様の方を見ると、こくりと頷きを返される。
薬を作っている時に少し出てくると退室した時があったのだが、まさか陛下に。
「告げ口したように思うかもしれないが、おまえへの不当な扱いを見逃すわけにはいかなかったからな。それに、おまえを見ていて、王宮も変わるべきだと思った」
そう、私も変えたいと思っていた。
先程会った元同僚達も、変わりたいと口にしていた。
きちんと病と、患者と向き合う職場になってほしい。
ありがとうございますと囁く声が、きちんと彼の耳に届いただろうか。
でも優しく微笑んでくれているから、きっと分かってくれたんだと思う。
もう良い、あとは陛下の采配に任せようと息をついた時。
「くっ…!そんな、平民の小娘を庇うのですか!?陛下もダイアンサス辺境伯も、貴族の出である私や医師団を敵に回すと、そういうことなのですか!?」
まだ言うか!!
まだ諦めようとしない室長に、いっそ感心する。
「どうする、マリアンナ?僕が元の姿に戻ってガツンと言ってやろうか?」
いやいやルークがフェンリル姿になったら王宮で騒動が起こっちゃうから。
気持ちだけもらっておくわねと宥める。
それにしても私が平民?
ああそういえば家を出る時に職場にはアルストロメリア家の者だと口外しないようにと言われていたんだった。
自分の実力だけでのし上がれ!って変な家訓だわよね。
さて言うべきか言わざるべきかと迷っていると、ヨーゼフ先生が前に出て口を開いた。
「ほっほっ、薬剤室長殿はマリアンナちゃんの家名をご存知でないのですな」
あれ?
ヨーゼフ先生にも教えたことはなかった思うのだけれど……。
でも、先生の口ぶりでは知っている感じよね?
家名だと?とフリード様も怪訝な顔をしている。
そうよね、フリード様にも、オーナーやアーニャ、ラムザさんにも話した覚えはない。
私が家名を明かしたのは、確か……。
「彼女の名前は、マリアンナ・アルストロメリア。アルストロメリア伯爵家の、れっきとしたご令嬢ですぞ」
ヨーゼフ先生が私の名前を告げると、その場の全員がなんだって!?と叫んだ。
「ア、アルストロメリアだと……!?その小娘が、あのアルストロメリア伯爵家の令嬢!?」
室長が真っ青な顔をする。
あーやっぱり、うちの家系って巷じゃめちゃくちゃ怖がられているのよね。
「実力主義で名高い、様々な分野に秀でたエリート家系のアルストロメリア、ですか」
普段あまり表情を変えないグレイさんまで驚いている。
うーん、エリート家系は言い過ぎかもしれないが、確かに兄や姉達もあちこちで名を上げている。
「実子にも容赦しない、完全なる実力主義。……そういえばアルストロメリアの女性は気が強いことで有名だったな」
ちょっとフリード様!
私を見て納得した顔をしないでくれます!?
私だって以前にもそう思ったし、今でもそう思ってますよ!
「ほっほっ、ワシも実は孫娘に聞いた話だったのじゃが……。おお、本当は守秘義務があるから、他人に漏らしては駄目だと言われていたんじゃった。こりゃいかん」
わざとらしくヨーゼフ先生が笑う。
「孫娘って……じゃあ、あの受付のお姉さんは……」
「ほっほっ、ラムザの姉での、ワシの孫娘じゃ」
そう、私がフルネームを明かしたのは、職探しの際ギルドでの受付時に、書類の記入をした時だ。
なんとあの時対応してくれたお姉さんは、ヨーゼフ先生のお孫さんだったらしい。
「王宮薬剤室の廃れっぷりにも辟易としておったよ。まさか解雇したマリアンナちゃんに、次の仕事を与えないように圧力をかけてくるとはの」
わぁ、お姉さんすごいしゃべってるじゃないですか。
でもそうか、あの時の『あなたならきっと』って言葉はやっぱり出身地への思いからだったのね。
「そ、そんな……アルストロメリア家に睨まれたら、私は……」
がくりと室長が項垂れる。そしてきっと私に鋭い視線を向けた。
「ざまあみろと思っているのだろう!そうだな、確かに私はおまえを蔑んできた。ポーション作りしか能のない女だと侮ってきたさ!それが実は有能な貴族の令嬢だ?こうやって私を潰そうと今まで画策してきたのだろう!おまえの思う通りになって、これで満足だろうさ!」
なんだか、空しい。
別にこんな結末を望んでいたわけじゃないもの。
それに、これだけは誤解されたくない。
「……別に、室長をどうこうしようなんて思ったこと、ないです。私が今までやってきたのは、病気で苦しんでいる人をひとりでも減らしたいって、ただそれだけです。室長にざまぁしようとか、そんな気持ちでここまで来たわけじゃないです」
「なるほど、アルストロメリア伯爵令嬢は薬師というジョブに誇りを持っているのだということだな」
泣きそうな思いで心の内を語ると、それまで黙って聞いていた陛下が静かに口を開いた。
「人を陥れようとか、そんな気持ちで薬を作っているわけではないと。彼女の信念は、そんな愚かな感情に左右されることはないということだ。これは王宮を統べる者として、耳が痛いな」
ははっと陛下が苦笑する。
あ、いえ、そんなつもりではなかったのですが!
「なぁ薬剤室長。我らも初心に戻らなくてはいけない時なのかもしれないな。誰かの助けになりたい、大切な人を守りたいという気持ちを、いつの間にか忘れてしまっていたようだ」
そしてぐっと王妃様の腰を抱いた。
そうね、失ってから気付くのでは遅い。
命にやり直しはきかないのだから。
「……自分のしてきたことを間違っていたとは思っていません。私はこういうやり方でないと生き残ってこれなかった。綺麗ごとだけで生きていける世界ではないのですから。……でも、私も少しだけ、この生き方に疲れましたよ」
そう語る室長の目は、少しだけ穏やかだった。
同情はしないけど、これで考えを改めてくれると良いな。
曲がりなりにも王宮薬剤室の室長にまで登り詰めた人なんだから、元は優秀な人なのだろうし。
彼と私の生き方や考え方は違う。
互いに交わることはなかったけれど、いつか、違う形でまた会うことができるかもしれない。
その時には私も、今まで以上に成長して、馬鹿にされないようにしないとね。
最終話は今日の夜に投稿予定です。
最後までどうぞよろしくお願いします(・∀・)