ざまぁ?そんなこと、いちいち企みませんから!3
王妃様が休んでいるという寝室に向かっているのだが、廊下でほとんど人にすれ違わない。
それほどまでに秘されているのだなと思うと、緊張が走る。
震えそうになる手をぐっと握り締めると、不意に隣から温かい大きな手に覆われた。
「そう肩に力を入れなくても良い。治せる病なら、俺達のスキルで必ず治せるはずだ。もし万が一にでも治せなかった時は俺がなんとかするから、おまえは堂々としていろ」
――――ずるい。
いつもは子どもみたいな喧嘩ばかりなのに。
なんでこんな時だけ、そんな優しいことを言うんだろう。
「……フリード様って、ずるいですよね」
「なにがだ。言っておくが、俺は不安なんて感じていない。俺達が揃っていれば大丈夫だと思っているからな」
本当にずるい。
全幅の信頼を寄せていると言っているも同然だということが、この人は分かっているのだろうか。
「もう……自信家なんだから」
「ふん、俺ひとりではないのだから、自信を持つのも当然というものだろう」
〜〜っ!
だから、なんでこの人は……!
普段はあんな感じで毒舌辛辣なくせに、どうしてこういう時だけ優しいというか、甘いんだ。
「あの人ここぞという時だけ、ああやって人を誑かしてるんですよね……」
「ほっほっ。閣下にその自覚がない分、タチが悪いのぅ」
「タラシというやつだね」
私達のうしろを歩くふたりと一匹からも、そんなひそひそ話が聞こえてくる。
ほら、やっぱりこの人常習犯なんじゃん!
「あのう……王妃様の寝室につきましたが」
恐る恐る声をかけてきた大臣の方を見ると、そこには確かに重厚そうな扉と、その前に護衛騎士がいた。
しまった、こんな非常事態なのに呑気な会話をしていた。
すみませんと謝り頭を下げると、手の震えがもう止まっていたことに気付く。
いつの間にか、胸の鼓動も落ち着いている。
「ほら、行くぞ」
全く、私も単純なものだ。
そうため息をついてフリード様の手を取り、王妃様の眠る部屋へと扉をくぐった。
「!陛下、こちらにいらしていたのですか」
「ああ、ストック大臣。ダイアンサス領より評判の薬師が来るということだからな。はるばるここ王都へと来てくれたのだ、私の口からも頼むべきだろう」
なんとそこには、今上陛下がいた。
そういえば今代の国王夫妻はとても仲睦まじいと聞いたことがある。
病気に苦しむ王妃様を心配してここで待っていたのね。
そしてストックさんは本当に大臣だったらしい。
「ダイアンサス辺境伯、此度は助力、感謝するぞ」
「……もったいないお言葉です、陛下」
おーい、国王陛下に向かっても塩対応なんですかあなた!?
さすがに言葉は丁寧だけど、態度が悪いというか、仕方なく来ました感がものすごいんですけど!?
「はは、そう怒るな。……ヨーゼフも久しぶりだな。それと、そちらのかわいらしいお嬢さんが噂の凄腕薬師殿かな?」
「陛下、ご無沙汰しておりますじゃ」
「あ、はじめまして、マリアンナと申します」
にこりと微笑まれて慌てて頭を下げる。
国王陛下は今年齢四十になる金髪碧眼のスラッとした紳士だ。
こんな小娘に丁寧に挨拶をしてくれるくらいにはフレンドリーだし、独身の頃もそりゃあモテたのだろう。
それなのに浮いた話などなく王妃様をとても大切にされていて、まさに紳士の鑑だ。
王妃様のことが心配で夜も寝られないのかもしれない、目元には隈がありかなりお疲れの様子だ。
そして陛下が側についているベッドには、青い顔をして横たわる綺麗な貴婦人がいた。
お姿を見るのは久しぶりだが、やつれているとはいえ相変わらずの美貌だ。
三十も半ばだったかと記憶しているが、未だに年頃の令息達すら彼女を前にすると頬を染めると聞く。
「ふむ。顔色も悪いし、呼吸も浅いのぅ。半月程前から臥せっているとのことじゃが、その間アメリアという花を浮かべた茶は摂取しておらんのじゃろう?」
「ああ。しかし病状は一向に変わらない。もし毒であるのであれば、少しずつ改善するはずだと思ったのだが……」
しかし不思議だ。
少しずつとはいえ、なぜ王妃様は体調が悪くなるのにこの花を浮かべたお茶を飲み続けていたのだろう。
そしてなぜ周囲の者はそれを止めなかったのだろう。
賢妃として名高い王妃様が倒れられたら困ると、誰でも分かることだろうに。
はっ!もしかして、反国王派による陰謀、とか?
ひとり悶々と考え込んでいると、フリード様がベッドの前に移動して陛下に声をかけた。
「私が視ましょう」
「ダイアンサス辺境伯?それは構わないが、貴殿がなぜ……」
驚く陛下の許可を取り、フリード様は枕元に近付き王妃様を見下ろす。
囁くように鑑定と唱え、王妃様の状態を見ているようだ。
「――――大体のことは分かった。マリアンナ、病名は“メローアメリア病”どうやら発症には複雑な条件があるようだ。今回王妃殿下が発症したことは、極めて稀なことだといえるな」
「分かりました。極めて稀ということは、王妃様以外に発症した人はほぼいないと思って良いでしょうね。ならばすぐにアメリアの花の流通を止める必要もないでしょう。治療に専念できますね」
もし万人に影響を与えるものならば、即刻流通を止めたり回収したりと大変だが、今はその必要がなさそうだ。
よし、なら私もスキルを使って……。
調合を唱えて画面を出し、病名に“メローアメリア病”と入れていくと、いつも通りその特効薬の作り方が現れた。
うえ、材料に微量だけどアメリアの葉を使うの?
花は不調を起こすけど葉は薬になるって、変な感じね。
その他に使う薬草は知っているものばかりで安心する。
薬草はルークも一緒だからすぐに用意できるし、これならすぐに薬を作れそう。
「では、薬を作りたいので場所をお借りしたいのですが……」
「おお、薬が作れそうか!?ならば、薬剤室を使ってくれ。道具も設備も整っているはずだからな」
王妃様が治るかもしれないと期待に目を輝かせて陛下がそう言った。
うん、ご厚意だと分かっている。
分かっているけど私にとってその場所で薬を作るのはちょっと微妙である。
道具は一応揃えてきたし、薬草も魔法で作り出せるからその辺の空き部屋で良いのだ。
事情を知っている大臣は顔色を変えて慌てている。
かわいそうに、別に大臣が悪いわけではないのに、フリード様に睨まれている。
どうお断りしようかと思っているところに、勢いよく扉が開け放たれた。




