ヒーローのピンチを救うのはヒロイン!?2
そんな、なんとなく甘い空気になってしまったところで、薬草畑に着いた。
ブルーノさんに頼まれていた薬草はこれとこれと……と伝えながらぱっとフリード様を見上げると、少しだけ眉間に皺ができていることに気付いた。
あれ?
さっきまでは機嫌が良さそうだったのに。
「……ブルーノとは随分と仲良くなったようだな」
「はい?ああ、まあ同じ薬師として話も合いますし、今回のことで仲間意識が高まりましたからね」
そりゃそうでしょうよと伝えると、眉間の皺が深くなった。
なぜ。
「……あいつも、そう簡単に人を認めたり心を許したりするようなヤツじゃないんだが」
「え、なにそれ、ひょっとして私のこと褒めてます?」
きらっと目を輝かせると、なぜか非常に微妙な顔をされた。
どういうことよ。
「マリアンナ嬢、結構鈍いですね」
「うわっ!び、びっくりした……グレイさん、いたんですね……」
突然会話に口を挟んできたグレイさんに驚き、思わず叫んでしまった。
まあでもフリード様の護衛なんだし、いて当然といえば当然だ。
それにしても、鈍いという発言は……。
「おや。顔が赤いところを見ると、お分かりになったので?」
「グレイ、余計なことは言わなくていい!」
私の表情を見てグレイさんが目を見開くと、フリード様がその声を遮った。
彼の顔も赤い。
これでも前世では人並みに恋愛をしてきた。
だから、ブルーノさんの話題に面白くなさそうな顔をすることや、グレイさんの言葉に頬を赤める意味に気付けないほど鈍感ではない。
「ええっと、あの……」
「辺境伯爵様!」
なんと反応したものかと戸惑ったところに、一緒にこの街にやって来た討伐隊の一人が焦った様子で駆け寄ってきた。
そのただならぬ雰囲気に、それまでの空気が一気に霧散し、ぴりりとした緊張が走った。
「どうした?」
フリード様も眉を顰め、息を切らす隊員に説明を促した。
「ほ、報告致します!西の森より、複数の中級魔物の姿を確認、街に入ろうとする魔物は討伐しましたが、恐らくまだ森には……」
「魔物大量発生だね」
顔色も悪く報告する隊員の言葉を継いだのは、なんとどこからともなく現れたルークだった。
「!?しゃ、しゃべった!!?」
突然現れたしゃべる犬、彼が驚くのも無理はない。
しかし、今はそんなことにかまけている場合ではない。
「ルーク、森の中の状況、分かる?」
「僕を誰だと思ってるの?正直言って、連れて来た討伐隊とこの街の治安隊とですぐに森に向かわないと、間に合わなくなると思うよ」
森の精霊であるルークの言葉だ、間違いない。
ばっとフリード様を仰ぎ見たのだが、彼は難しい顔をしていた。
「すぐに……は、難しいかもしれない」
ルークのことはとりあえず置いておくことにしたらしい。
話す姿を見てかなり驚いていたが、すぐに頭を切り替えたようだ。
でも、彼ならすぐに準備をして向かおう!と言いそうなのに、なぜ?
「ポーションが足りないんですよ」
グレイさんがそう答えると、フリード様からぎりっと歯軋りの音がした。
そうか、ポーション。
このところ私もブルーノさんもこの街の薬師も、エプシロンウイルスの方にかかりきりで、ポーションの方は気に留めていなかった。
「街の周辺を守っていた討伐隊のみんなは、この街のポーション屋から差し入れがてら受け取っていたから、今日までは問題なかったのだが……。そちらからもいくつか譲り受けたとしても、今すぐにスタンピードの対応に向かうとなると、数が足りない」
ただの魔物討伐とは違う、普段よりも数とその効果の質が求められるのだとフリード様は言う。
私がすぐにいくつか作っても良いが、それでも時間がなければ大した量は作れない。
誰もが詰んだと思った、その時。
「待ちなよ。あるはずだよ、ポーション」
ルークがわぅっ!と作業場のある建物の方を向いて声を上げた。
「……確かにルークの言う通り、あることにはある」
「ど、どういうことですか?さっきは数が足りないって……あ、」
“できるだけ温存しておいてここぞという時に備えるためだ”
まさか。
でも確かに、あのポーションはできるだけ先もって使わないようにと伝えていた。
「マリアンナが出発前に作ってくれた百五十本。そのうち百二十本程が残っている。しかし、効果期間を考えるともう……」
「大丈夫です」
俯くフリード様の声に被せて、きっぱりと言い切る。
「私が作ったポーションなら、五十日は保ちます。それと今から少しだけでも作ってきますから、私を信じて持って行って下さい」
しっかりとフリード様の目を見つめて告げる。
ここで隠す理由もない。
バレたらそれで仕方ないと思っていたのだから、もう良いだろう。
「おまえ……いや、信じるさ。もうお前が規格外で予想外のことしかしないと知っているしな。ルークのことも。後でちゃんと説明しろよ」
もうなにを言われても驚かないからなと捨て台詞を吐いて、フリード様が背を向けた。
「グレイ、先行部隊として俺達討伐隊はすぐに出る。この街の治安隊には、マリアンナが今から作るポーションを持って後から来るよう伝えておけ」
「はっ。すぐに準備致します」
グレイさんはその指示に応えるように綺麗に礼をとると、すぐに走って行ってしまった。
「マリアンナ」
フリード様はそれを見送ると、私の方を振り返り、名前を呼んだ。
「助かった。追加のポーションも、頼む」
その目には、確かに私への信頼が見えた。
たったひと言だったけれど、私には十分伝わった。
「任せて下さい!フリード様も気を付けて下さいね!」
思い切り叫ぶ私にひらりと手を振ると、もう振り返ることなく去って行った。
さあ、私は私の仕事に移ろう。
ブルーノさんや他の薬師もいたら、一緒にポーションを作ってもらわなくては。
「ルーク、ポーションを作るための薬草をお願い」
「任せておいて、すぐに用意するよ」
一緒に戦うことはできないけれど、ポーション作りなら力になれる。
「ひとつでも多くのポーションを作って、治安隊の人に渡さないとね」
どうか、無事で。
無事に帰ってきたら、その時は――――。
『グレイ、余計なことは言わなくていい!』
フリード様の気持ちが聞きたい。
あの話の続きができますようにと願いながら、作業場へと走って行った。




