力を合わせたら、最強。4
そうして患者の家族に連絡を取れば、奥さんとふたりのお子さん、お孫さんもひとり、会いたいと申し出てくれた。
感染を怖がるばかりに拒否されるかもしれないとの不安は、杞憂だったようだ。
そして予定通り、ヨーゼフ先生と私も一緒に、その日の午後に感染対策を行った上で患者が治療を受けている部屋へと来てもらった。
「あなた……!まさか、こんなことに……」
数日離れている間にやつれてしまい、今まさに苦しんでいる姿を見てご家族は涙を溢れさせていた。
男性は朦朧としながらもわずかに意識はあるため、手を握れば握り返してくれる。
しかし、その力は弱々しくて。
それがまた、もしかしてという不安を煽ってしまうのだ。
「じーじ……つらいの? ねえママ、じーじ、どうしたの?」
まだよく分かっていない小さなお孫さんの言葉に、ご家族みんなが答えられずにいる。
なにもできない自分が悔しい。
その光景を見ながら、ぐっと唇を噛んで涙が滲んでいくのを堪えていると、廊下から足音が聞こえてきた。
そして扉が開いた先にいたのは、フリード様だった。
「新たな症状の患者が出たらしいな。……ご家族も一緒か。っ、おい。マリアンナ、どうした?」
少し息を切らして、知らせを聞いて急いで来てくれたのだろう。
そんな彼は、私のひどい顔を見て驚いたようだった。
でも、どうしたなんて今聞かないでよ。
自分の無力さに打ちひしがれてるところなんだから。
「……昨日から様子を見ているんですけど、一向に回復の兆しが見えなくて。すみません、薬師としてのスキルを生かしきれなくて」
私を気遣うような表情のフリード様に、涙腺が緩む。
もしも、もしもこのまま……。
そう考えると、目の奥が熱くなる。
こんなの前世じゃ日常茶飯事だった。
その度に悲しい思いはしたけれど、死ぬ前の数年は泣かずに我慢できていたのに。
――――ううん、マリアンナには初めての経験だものね。
まだ、前世の私のように割り切れない。
潤んだ目を見られたくなくて、頭を下げて謝罪する。
ああ、私にもっと、力が、知識が、経験があれば。
悔しい気持ちを言葉にできず、頭を下げたままぎゅっと目を瞑ると、頭上から静かな声が聞こえてきた。
「それを言うなら、ワシもじゃな。医師のくせに、鑑定なんてスキルを持っているくせに。なんの役にも立たん。今もご家族になんと言葉をかけて良いのか……」
祈るように男性の手を握り続ける奥さんの姿を見ると、胸が痛くなる。
でも、先生のせいじゃない。
「……おまえ達のせいではない」
そう、フリード様の言うように、きっと私のせいでもない。
だけど、もっと自分に力があればと思ってしまうのだ。
「俺も同じだ、ヨーゼフ。鑑定スキルを持っていても、大した助けにはならん。辺境伯家でも期待外れだと言われ、戦いでも役立たず。今回だってそうだ。だが、おまえ達は違う。多くの領民の助けになり、その心を砕いてくれた」
そういえば、フリード様は期待されていた武術系のスキルを持っていないんだっけ。
そんな辛い過去の話を持ち出して、私達のことを慰めなくても良いのに。
……本当、実は不器用で結構優しいんだから。
でもそっか、鑑定スキル持ちだったんだ。
先生と同じ物質限定とかなのかしら?
「状態異常が分かるスキルなど、それくらい見れば分かることも多いし、分かるだけで解消することはできない。全く、なんの役に立つというのだろうな」
あ、違うのか。
状態異常?
毒とか、呪いとか、そういうゲームっぽいやつのこと?
「今回も病名が分かったところで詳しい症状もどんな病気かも分からない。すまんな、中途半端なスキルしか持っていなくて」
まあ病名だけじゃあ素人は分からないよねぇ。
……って。え?
「ちょ、ちょっと待って下さい!フリード様、患者の病名が分かるんですか!?」
「なんと、病気のことも分かるのですか!?」
ヨーゼフ先生とふたり、叫んでがばりとその胸ぐらを掴んで問いかける。
俯いていた私達が急にそんな反応をしたのに驚いたのか、フリード様は目をぱちぱちと瞬いて、戸惑いながらも私の問いかけに肯定した。
「あ、ああ。本当に病名だけだが。どこが悪いとか、どんな症状があるとか、そんなことは一切分からな……」
「鑑定して下さい」
会話の最後まで待ち切れず、思わず遮ってしまった。
「鑑定しろ?いやだから、俺のスキルは……」
「もうごちゃごちゃ言ってないでさっさとして下さい!別に鑑定したからってなにかが減るわけじゃないんだから、ほら早く!」
無礼なもの言いをしていることを承知でまくし立てる。
さっきまでのしおらしさはどこへ行ったんだと思っているのだろう、フリード様が胡乱な目をしている。
だが今はそんなことにかまけていられない。
時間は刻一刻と過ぎていくのだ。
「説明は後で! 病名だけ教えてくれたら私がなんとかしますから!」
真剣な表情の私に、フリード様は分かったと了承してくれた。
そして患者の横たわるベッドの前に行くと、家族に断りを入れて場所を譲ってもらう。
「ではいくぞ。“鑑定”」
私達にはなにも見えていないが、きっとスキル発動者のフリード様には、患者の状態異常についての説明書きが見えているはずだ。
「書かれていることをそのまま言えば良いのか?病名は“エプシロンウイルス感染症”、そして“喘息”。珍しいな、備考が書かれている。“エプシロンウイルスが体内に取り込まれたことにより、持病である喘息と反応を起こしている。”……だそうだ」
「エプシロンウイルス?ううむ、聞いたことのない病名じゃの」
「持病ですか?そういえば、普段はあまりひどくないのですが、主人は肺が弱くて……。ゼンソク、というのでしょうか?」
フリード様の鑑定結果にヨーゼフ先生が呟き、奥さんが思い出したかのようにそう答える。
エプシロンウイルスなんて、私も知らない。
きっとこの世界特有のウイルスね。そしてなるほど、そのウイルスが入ってきたことで、持病の喘息と反応を起こしてこのような症状が出てしまったと。
そして喘息という病名はこの世界ではあまり知られていないのか。
前世では結構喘息持ちの人が多かったけれど、こちらでは元々喘息の患者自体が少ないのかもね。
さあ、この症状の理由も病名も分かった。
あとは私のスキルを使うだけ。
“調剤”と心の中で念じれば、いつもの画面が出てきた。あとは病名を入れるだけ。
“エプシロンウイルス・喘息”と入力すれば、すぐに画面が切り替わり、特効薬に必要な薬草と作り方が出てきた。
「うん、これなら……いや、ひとつだけ知らない薬草があるわね」
ひとつの薬草の名前のところで視線を止める。
“ヒメオドリソウ”、今まで見たことがない。
『ちなみに森の精霊である僕と力を合わせれば、この世界にあるほとんどの薬草を作り出せるよ』
先日のルークの言葉を思い浮かべる。
ルークと一緒なら、きっと。
「フリード様、ありがとうございました。私、今からエプシロンウイルスの特効薬を作ってきます。もちろん喘息にも効くように」
フリード様にお礼を言うと、患者さんとその家族の方に向き直る。
「ご主人は必ず助かります!フリード様のおかげで、薬が作れそうなので。信じて、待っていて下さいね」
安心してもらえるように、笑顔でそう告げる。
お願いしますと涙ぐむご家族に手を振り、走り出す。
「マリアンナ、転ぶなよ!それと、頼んだぞ!」
うしろからフリード様の声がかかる。
うん、分かってますって。
体が軽い。
きっと助けられる、そう思っただけで、普段よりも早く走れる気がする。
「ルーク! お願い、来て!」
外に出てすぐにその名を呼ぶ。
契約精霊は主人が呼べば飛んで現れるんだって、ルークが言ってた。
「マリアンナ、どうしたの?」
かわいくて頼りになる、私の相棒。
その白いふわふわの首元に飾られている小さなチャームがきらりと光る。
「ルーク! お願い、力を貸して!」
目の前で苦しんでいる人を助けるために。
そして、その笑顔を取り戻すために。




