ブラック企業はこちらからお断り!3
「もうこうなったら、地方で探すべきかしら」
実家に一度戻って……は止めておこう。
うん、あの家族のことだ、間違いなく叩き出される。
私は一応貴族の生まれなのだが、この実家、アルストロメリア家というのがなかなかにクセがある。
子沢山の家系で、そのひとりひとりも個性的。
興味を持つことも全く別々の分野という、なんとも纏まりのない家庭なのだ。
その上実力主義で、私のようなジョブスキルを持つ者は十五歳を過ぎた頃から修行だといって家から放り出される。
社交界を相手に生き残れるタイプの子は、家に残って自領を守る手伝いをしている。
獅子は我が子を……というが、解雇にされてのこのこ帰って来た私を温かく迎え入れてくれるような、生優しい家族ではない。
「……やっぱり戻らずにそのまま地方で職探ししましょう。うん、それがいいわ」
女性は慎ましやかなのが美徳とされているこの国で、アルストロメリア家の女性達はとても気が強いことで有名だ。
その中で、なんの突然変異か大人しい娘が現れた。
それが私、マリアンナだった。
「ところがどっこい、記憶を取り戻したらやっぱり気が強い女……って、家族が知ったら大笑いしそうね」
娘が別人になってしまったと戸惑うような繊細な心の持ち主はいないだろう。
むしろやっぱりアルストロメリア家の血筋だな!と笑い飛ばされる気しかしない。
まあ以前のマリアンナに戻ってと悲しまれても困るので、それはそれで気楽なのだが。
それぞれの分野で活躍する者も多いので、私も一族の一員としてスキルを活かした仕事ができると良いのだけれど……。
「待ち時間も惜しいし、とりあえずステータスの確認をしておこうかしら」
なんとこの世界、魔法も使えるが、RPGのようなステータス確認機能までついているのだ。
まずはこれを見て自分のスキルを再確認しておこう。
「ステータス・オープン」
そう唱えると、目の前に小さい液晶テレビのようなウインドゥが現れた。
*****
マリアンナ・アルストロメリア
ジョブ:薬師
HP:600/650
MP:1015/1520
スキル:調合LV.9
調剤LV.1
薬草採取LV.10
*****
「“調合”と“調剤”ねぇ……」
“調合”はまだ分かる。
二種類、もしくはそれ以上のものを混ぜ合わせて特定の効果を持つ物質を作るスキルだ。
これはポーション作りにも役立つスキルで、ほぼ誰でも獲得することができる。
まあ、だからこそ薬師というジョブは低く見られがちなのだが。
私がそのスキルを持っていることはなんら不思議なことではない。
「今までは全然活用できてなかったけど……。スキルのLV.9って、最高レベルの一歩手前ってことなのよね」
スキルのレベルは、10が最高だ。
この薬剤室ではレシピ通りにポーションばかり作っていたから、自分のレベルのすごさがいまいち分からない。
そして“調剤”に関しても。
「うーん、前世では医師から発行された処方箋を確認して、薬剤を計数・計量することを指していたけど……。そのスキルってよく分かんないわね」
まず処方箋というものが存在しないのだ、どうやって使えば良いのだろう。
記憶を取り戻す前は、調剤の意味すらよく分からなくて使ったことがなかった。
先程も言ったが、調剤という言葉すらないのだから、仕方がない。
「とりあえず今日までのお給金だけもらって、こんな所さっさとおさらばしましょ。それからスキルについては色々試せば良いわよね」
自分で一から研究するというのも良いかもしれない。
せっかく今世も薬に関わるスキルをもらえたのだ、前世の知識を活かしつつ、この世界ならではの新しい発見を楽しむのも悪くない。
そんなことを考えていると、タイミングよく扉が開いて室長が現れた。
「ほら、今日までの給金だ。受け取ったらさっさと出て行け」
「まあそう焦らないで下さいよ。中身と明細、ちゃんと確認させて下さいね。……ん?これ、計算合ってませんよね?」
にっこりと笑って、給金と一緒に渡された明細を室長の目の前に突き出す。
少しくらいちょろまかしても世間知らずの小娘には分からないだろうと思ったんでしょうけど、考えが甘いわよ!
「仮にも王宮の薬剤室なんですから、こういうことはきっちりやって頂きませんと、信用に関わりますよ?」
眼鏡の前でぴらぴらと領収書を見せつけてやると、室長は計算し直してくる!とそれをひったくって扉を思い切り閉めたのだった。