ダイアンサス領地改革、はじめました3
その日の夕方、借家に帰った私は、早速ルークにアガーの原料となりそうな植物がないか聞いてみた。
「ああ、確かに種子にそんな成分のある植物、知ってるよ」
なーんだそんなこと?とでも言いたげな様子でルークが答えてくれた。
よし!
やっぱりあるんじゃん!
「すぐに必要? なら、今から森までちょっとひとっ走り行ってこようか?」
え。なにそのちょっとすぐそこのコンビニ行ってくるみたいな言い方。
一応外は暗いし、森までは結構かかると思うんだけど。
私が心配そうな目をしたのが不本意だったのか、はあっとルークがため息をついた。
「あのさ、僕一応精霊だからね? しかも上位の。森でマメ取って帰ってくるくらい、ほんの数分で終わるから」
「えっ⁉ そんな短時間なの? じゃ、じゃあ……お願いしようかな」
そうか、小さいモフモフの外見をしているから忘れがちなのだが、ルークは上位の精霊だった。
しかも森なんてルークの庭みたいなものだもの。
暗かろうがちょっと遠かろうが、ルークにとってはなんてことのない話よね。
「でも、気を付けてね。魔物が出たらすぐに逃げて帰って来るのよ。マメなんて明日以降に取りに行ったって良いんだから」
「……マリアンナの中で僕って、どんだけ弱い存在なのさ……。まあ良いや。行ってくるね」
そう言うとルークはさっと姿を消してしまった。
行っちゃった。
本当に無事に帰って来てくれると良いんだけど……。
そんな私の心配をよそに、その五分後、ルークはマメがたくさん入った袋を持ち帰ってくれたのだった。
「……できちゃった」
「さすがマリアンナ! すごい、これがゼリー?」
昨夜ルークが取ってきてくれたマメだが、夕食の後に種子の成分を抽出してみた。これがルークの力を借りながら緑魔法を使えば、それほど難しくはなかった。
そうしてできたアガーっぽいものを今朝搾りたてのフルーツジュースに混ぜてみた。ゼラチンに比べてしっかり食感になるので少量にして。
するとまあ簡単、フルーツゼリーのできあがり~というわけだ。
「なんかちょっとこんなに簡単で良いのかと思わなくもないけれど……」
ちらりときらきらの目をしたルークを見る。
やったー僕のおかげ?褒めて褒めて~という幻聴が聞こえる。
「気にしたら負けね。ラッキー!くらいに思っておきましょ」
いちいち驚いていたら身がもたない。
異世界を相手に前世の常識は通用しないのだ。
まあとりあえずできたゼリーをヨーゼフ先生に見てもらおう。
あと、昨日のお客様、また今日も来るって言ってたし、おとなりのご夫婦に渡してもらおうかしら。
これを入れるのになにか持ち運びしやすい容器はないかとキッチンの扉の中を探し回り、私はゼリーを持って出勤するのだった。
結論から言って、ゼリーは大変好評だった。
件の老夫婦からは味も美味しいしつるりと飲み込みやすいと大絶賛。
それだけでなく、診療所でも試しに配ってみたら、薬の苦手な子供もこのゼリーと一緒なら素直に飲んでくれるとお母様方から感謝の嵐。
「おまえ、本当に次から次へと仕事を増やしてくれるな」
「まあまあ、閣下。これ本当に便利だと思いますし、すぐにでも領内全域に広めましょうよ。そのアガーってやつだけマリアンナ嬢が作ってくれれば、ゼリーとやらは簡単に作れるんですから」
ゼリーを開発して数日後の昼過ぎ。
視察に来ていたらしいフリード様に、いきなりちょっと来いと捕まった。
どうやらここに来る前にゼリーの話を聞いていたらしい。
「まあ領主としては嬉しい悲鳴というやつではあるのだがな。しかしこうもホイホイ便利なものを開発して、それに必要な物の手配は丸投げ。文句のひとつやふたつ、言ってもバチは当たらんと思うのだが」
先ほどのグレイさんのフォローにはなんの効果もなかったようだ。
確かにゼリーを売る際、ある程度保存できる容器に入れなくてはならず、その手筈を整えてくれたのはフリード様だった。
仕事を増やしてしまったことは認める。
「このところ忙しくてな。少しくらいおまえに当たっても良いだろうと判断した」
「私に許可はとらないんですか!」
そんなもの必要ないとバッサリと切られた。
くっ、疲れていても口の悪さは通常運転ね!
「さて閣下、八つ当たりはそのあたりにして。視察でもないのにわざわざワシらを訪ねて来たということは、なにか大切な用事でもあるのでございましょう?」
微笑ましいものを見るように私とフリード様に視線を送っていたヨーゼフ先生が口を開いた。
え?今回は視察じゃなかったの?
「……実は、おまえ達ふたりに頼みたいことがあってな。今はまだ、急を要するというほどではないらしいが、恐らく時間の問題だ」
そう硬い表情でフリード様が話しはじめた。




