ダイアンサス領地改革、はじめました2
* * *
「……という感じじゃの。今まで自然治癒に任せるしかなかった病気にも対応でき、マリアンナちゃんの薬は本当に良く効くと患者から大絶賛ですじゃ」
「ポーション屋での評判もうなぎ上りですよ。それだけの才能を持ちながら、同僚やお客様とも気さくに接してくれますし」
「おまえ達、すっかり絆されたな……」
定期的に行なわれているウィルフリードへの報告会。
ヨーゼフとエリックはのほほんとお茶を飲みながら、マリアンナについてそう評していた。
実際彼女はとても良く働き、その才能を余すことなく発揮してくれている。
実はまだ能力を隠しているのだが、それを知らない彼らは、ただただマリアンナの働きぶりに感心していた。
「マリアンナ嬢から指導を受けた五人に広めてもらっている薬についても、予想以上の成果を出していますからね。このままいけば、今年の病死率はぐっと下がるでしょう」
ウィルフリードの護衛であるグレイもまた、マリアンナの功績を告げた。
実はダイアンサス領は病で亡くなる人が他領に比べて多い。
それは他国と接しているがために伝染病が入ってきやすく、医療が一番進んでいる王都から離れているという理由もあった。
「……新しいスキル、か」
ぽつりと呟いたウィルフリードに、三人はひと月前のマリアンナの言葉を思い出す。
『実は私、新しいスキルが使えるようになったんです。“製薬検索”といって、作りたい薬の効果を入れると、その作り方を教えてくれるんです』
そして患者の細かい情報を知ることができれば、どんな薬が必要となるのかも分かるのだと告白した。
その時はまさかと思ったのだが、実際にヨーゼフは共に診療所で患者を相手にして、ポンポンと新しい薬が出てくることに驚いた。
しかもその薬の効果は抜群。
そしてどうやら以前から獲得していたものも併用して、その新しいスキルを上手く利用しているようだ。
彼女がそんな未知のスキルをすぐに使いこなしていることに疑問を持ちつつも、先日の話が本当なのだと信じるには十分だった。
そこでちらりと三人の視線がウィルフリードに注がれる。
幼い頃、武術系のスキルを持っていないからと前当主から嘆かれていた彼が、どんな能力を持っているのかを知っていたから。
「……閣下。マリアンナちゃんはとても良い子ですじゃ。しかしワシは、あなたのこともそう思っております」
しばしの静寂の後、ヨーゼフが静かに声をかけた。
「今の時代、力だけで領地を支えようなんて古いですよ。今はあなたが領主なんですから、あなたの得意なことで盛り立てたら良いんです。側で支えてくれる人間だっていますしね。かわいい女の子も仲間入りしたことですし」
人好きのする笑顔でエリックもそう言った。
“かわいい女の子”が誰のことを指すのか、説明など必要なかった。
「いつまでもうじうじされても困りますしね。もういい年の大人なんですから、いい加減女性への対応も五歳児レベルでは困りますよ」
「ほっとけ!うじうじとか言うな!」
最後のグレイの台詞に反射的に突っ込むウィルフリードに、ヨーゼフとエリックは笑みをこぼした。
こんな風にウィルフリードに声をかけることができたのは、きっと彼女のおかげなのだろう。
「やはりワシの思った通り、ダイアンサスの聖女になりそうじゃの」
「女神かもしれませんよ。彼女がそう呼ばれるようになるのも、そう遠くない未来でしょうね」
未だに言い合いを続けるウィルフリードとグレイを放置し、ヨーゼフとエリックはお茶のおかわりを楽しむのであった。
* * *
「へっくしゅーん!」
「やだマリアンナ、風邪でもひいた?」
「や、大丈夫。誰かが噂してるのかも」
ポーション屋での勤務中、突然鼻がムズムズしてくしゃみをしてしまった。
アーニャがティッシュを差し出してくれたのをありがたく受け取る。
「おやおや、器量良しのマリアンナちゃんだからねぇ。噂をしているのは、どこぞのイイ男かもしれないよ?」
子連れのお客様があははと笑った。
そうですね、どこかのイケメンに見初められて〜なんて少女漫画展開には憧れます。
「ところでなんの話でしたっけ?」
「ああ、おとなりのご夫婦のことなんだがね。年をとって、このところ薬が上手く飲み込めなくて困っているらしいんだよ。マリアンナちゃんならなにか良い考えが浮かぶんじゃないかと思ってね」
ああ、高齢になると嚥下機能が低下して、大きな粒のものが飲み込みにくくなったり、粉薬でむせてしまったりするのよね。
前世では服薬用のゼリーが売ってたけれど……。
ゼリーなんてこの世界にはないもんね。
ゼラチン的なものがあれば良いのだけど……。
あ。
「ちょっと考えてみますね。そういう患者さんの困り感を聞くことができるのはとても貴重なので、助かります。ありがとうございました」
お買い求めのポーションを手渡しお見送りをすると、アーニャが顔を覗き込んできた。
「考えてみるって、なにか思い当たることでもあるの?」
「うーん。確証はないんだけど、ひょっとしてあるんじゃないかなぁって思って」
ゼラチンの代用品として前世でちょっとだけ聞いたことのあるアガー。
あれは海藻から作られることが多いが、確かマメ科の種子の抽出物からも作れたはず。
とすると、森の精霊であるルークなら、それに似た植物を知っている可能性がある。
「相変わらずなんでもよく思いつくのねぇ。でも確かにどんなに良く効く薬でも、飲めなきゃ意味がないもの。そのご夫婦のためにも、頑張ってね」
雑務くらいなら代わりにやるからさと言ってくれるアーニャの優しさが嬉しくて、今度は私がおごるねと約束するのだった。




