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ブラック企業はこちらからお断り!2

「は?ちょ、もう一度言ってくれます?」


「だからね、そんなこといちいち気にしてたら仕事が進まないんだよ。患者ひとりひとりに合った薬?そんなことしたら、時間がかかって仕方ないじゃないか」


それはずっと思っていたことだった。


私がいるこの薬剤室では、とにかく大量のポーションを作っている。


ポーションとは、まあいわゆる万能薬だ。


疲労回復にも使えるし、風邪にも効く。


戦いで消耗した体力だって回復できてしまうし、傷にかければたちまち塞がる。


私もなんて便利な薬なんだろうって思った。


でも、その効果は、広く浅く。


確かにあらゆる怪我や病に効くけれど、重いものへの効果は微々たるもの。


そして腹痛薬や頭痛薬、鎮痛剤に咳止めなど、薬局に売っている既製品のような薬はあれど、病院に行っても診断を受けてこの薬とこの薬を飲みなさいと言われるだけで、前世のように調剤された薬はもらえない。


というか、そもそもこの世界に“調剤”という概念がないのだ。


体重によって薬の量を調整したり、患者さんの体質や症状に合わせて薬を選んだり、そういうことは一切行われていない。


薬歴管理なんて、もってのほかだ。


前世の記憶を取り戻して数日経ったが、はっきり言ってありえない。


だから私は提案した。


前世でいう市販薬のようなポーションや腹痛薬ばかりでなく、きちんと医師の診断を受けて薬を処方するのはどうだろうかと。


「医師による診断と処方、してるじゃないか。食べ過ぎによる腹痛だから、腹痛薬を薬剤室でもらうように、ってさ」


「だからそれは、誰にでも渡せる薬じゃないですか!腹痛ひとつでも原因が色々あるんです、食べ過ぎ、冷え、菌が入ったなど!」


私がそう返すと、上司である薬剤室長は面倒くさそうにため息をついた。


「急にどうしたんだ?今までは大人しく言われた通りにポーション作って、なんの文句も言ってこなかったのに。正直言って、君の提案を通そうとすると、医師から睨まれることになるよ」


トレードマークである眼鏡をくいっと直す仕草が、なぜだか腹立たしい。


室長の言うことも分からなくはない。


確かにひとりひとりの病状や怪我の具合を細かく診るのは時間がかかるし、薬を処方するとなると、知識を深めなくてはいけない。


薬だって、今ある“腹痛薬”だなんてアバウトなものだけじゃなくて、もっと細かく症状によって選べるよう、研究して種類を増やすべきだ。


そしてそれは、とても大がかりなことになる。


「ただでさえ忙しくて医師達もストレス溜まってるっていうのに、そんなこと言って目をつけられたらどうするんだ?」


いやいや、あなた医師の先生方とよく酒場に飲みに行ってますよね?


しかも綺麗なお姉さんのいる店の常連だって、知ってるんだから。


公休日の前日には、ちゃっかり薬師(私達)より早く帰ってストレス解消してるじゃないのよ!


「でも!それでひとりでも多くの苦しんでいる人が救えるかもしれないんですよ?国の中心にある王宮に勤める私達だからこそ、挑戦してみるべきじゃないですか!?」


国の医学を進歩させるなら、まず自分達が取り組み始めないと。


研究するのにも膨大なお金と時間と、人手がいる。


それができるのは、お金持ちの領地か、もしくは国の中心部くらいだ。


医療に従事するものとしての誇りがあるなら、この提案に耳を傾けてくれるはずだ。


そんな期待を込めて室長を見つめると、思っていた反応とは違う言葉が返ってきた。


「話にならないな。我々はただ既存のポーションや薬を絶やさないように努めるだけだ。レシピさえ覚えれば誰にでも作れるポーションを、少しばかり人より多く作れるからといって、図に乗るな。――――君はもういらない」


一瞬、なにを言われたのか理解できなかった。


「聞こえなかったのか?出て行けと言っている。君の代わりなど、掃いて捨てるほどいるからな」


室長の眼鏡に光が反射して、キラリと光った。


確かに私は人よりちょっとばかり魔力が多いらしくて、ポーションの大量生産ができることが取り柄だった。


でも、図に乗ったことも、調子に乗ったこともない。


「な……っ!それじゃあ、重い病にかかった人をなんとかして治そうと力を尽くすことはしないんですか!?」


「診断を受けて薬を飲んでも治らないのなら、その者の寿命だったのだろう、仕方のないことだ」


なんてことを言うのだろう。


それが、国の中心で働く医療従事者の発言なのか!


「もし王族の方が倒れられても、同じことを言うのですか?」


「ふむ、我々は王宮専属として雇われているからな。力は尽くすさ」


「……あなたのご家族が苦しんでいても?」


「王宮専属医師に診て頂いても無理なら、諦めるしかないだろうね」


そうか、そういう考え方なんですね。


「……分かりました。私だってこんな薄給だわ、サービス残業当たり前だわ、話を聞いてくれない上に薬師を大切にもしないクソみたいな職場、こっちから願い下げですよ!!」


バン!と勢いよく机に手を叩きつけて吐いた私の暴言に、室長は眼鏡の奥で目を丸くした。


汚い言葉遣いに呆れたのかもしれないが、そんなこともうどうだっていい。


「私は私でやらせて頂きます!言っておきますけど、今日まで仕事してきた分は、きっちりお給料頂きますからね!」


踏み倒しなんてさせない。


出て行ってほしいならさっさと用意しなさいよ!と目を鋭くさせると、さすがの室長も少しだけ怯んだ様子だ。


「くっ……大人しくて従順そうだから雇ったのに、随分と分厚い猫を被っていたようだな。そんなにかわいげのない性格では結婚などできないだろうに、職まで失ってどうするつもりなのだか」


「ええ!心の冷えた人間を相手にしていて寒々しかったですから、とぉっても温かかったですわ、猫。ご心配なく、あなたのような冷え切った人間は相手に選びませんから。こんな私のことも温かく包んでくれる方と一緒になりたいと思っていますのでね!」


捨て台詞を吐いて部屋を出て行く室長の背中に、べーっと舌を出す。


ふん、人間関係の色々ある病院勤務で鍛えられてきた私に口で勝とうなんて思わないでよね。


……まあ、結婚うんぬんについては少しばかり胸に刺さるものもあったけれど。


しかしあれだけ怒らせてしまったのだ、王都で仕事を見つけるのは難しいだろう。


あの眼鏡、陰険そうだしきっと王都内の病院や薬屋、ポーション屋に根回しするはずだ。

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