再会--のち、挑戦3
「おお、戻ったかの」
「マリアンナちゃん、お疲れ様」
診療所の中に戻ると、そこには診察がひと段落したヨーゼフ先生とオーナーがお茶休憩をする姿があった。
ほのぼのという言葉がとても良く似合う光景である。
ところでどうしてオーナーがここに?
「マリアンナちゃんがウィルフリード様にいじめられてないかと思ってね。その様子だと大丈夫そうだね」
オーナーがほっとしたようにそう言ってくれる。
それって、わざわざ私の様子を見に来てくれたってこと?
やだ、オーナーったらすっごく優しい!
「ふん、こいつがいじめられるだけの女に見えるか? やられても倍、いや三倍くらいにしてやり返すだろうさ」
私がキラキラした目でオーナーを見つめていると、辺境伯が鼻で笑って意地悪にそう言った。
「はぁ⁉ ちょっと、そんなの偏見ですよ。私だって傷つく時は傷つくんですから! 結構繊細なところもあるんですよ!?」
「ほお。それはそれは。ちなみに俺はよく口が悪いと言われ、繊細なご令嬢を何度か泣かせてきた。そんな俺の嫌味に負けずに言い返してくる女は、おまえくらいなものなのだが、それでも繊細だと?」
「なにご令嬢泣かしてんのよ! そしてそれを自慢気に話す貴族がどこにいるんですか!?」
ぎゃーぎゃーと言い合いを始めた私達に、ヨーゼフ先生がほっほっと笑う。
しまった。先生とオーナーの前で、はしたなかった。
「それにしてもウィルフリード様、以前おまえ呼びは失礼だと言われたはずでは……?」
あ、オーナーからの指摘に、辺境伯がぎくりと後ずさりしている。
オーナーは一見笑顔だけれど、なんとなくうしろに黒いものが見える気がする。
「ああ、マリアンナ嬢なんてかしこまった言い方せずに、マリアンナで良いですよ。辺境伯にそんな風に言われると鳥肌が立ちそうになるっていうか……」
「おま……い、いや。分かった。これからはマリアンナと呼ばせてもらう」
せっかく私が助け舟を出したのに、また懲りずにおまえと言いかけてオーナーに黒い笑顔を向けられている。
ぷっ、ちょっといい気味だわ。
そしてそんな私達を見ていたヨーゼフ先生が再び声をあげて笑った。
「相変わらずじゃのぅ。それにしても閣下がそんなに女性の前で自然体になれるなんて、珍しいことですじゃ」
「……そんなこともないさ。ただマリアンナが俺に負けず劣らず口が悪いだけだろう」
素っ気ない辺境伯の言葉にも、先生は笑う。
うーん、さすが年の功って感じ。
辺境伯をまるで息子のように扱うあたり、先生のほうが上手だわね。
そんな私のにやにやとした笑みに気付き、辺境伯はこほんと咳払いをした。
きっと分が悪いと思ったのだろう、思い切り話題を変えてきた。
「さて、本題に入ろう。大体のことは今見学してきて分かったが、それらを纏めてこの二ヶ月あまりでの取り組みの内容と現在の状況を説明してほしい」
真面目な顔になった辺境伯に、私もお仕事モードに切り替える。
急にプレゼンしろなんて無茶を言う。
でも不思議とやってやろうじゃないという気持ちになる。
「分かりました」
挑戦的に笑って、見学しながら伝えた内容を踏まえて説明していく。
一回分ずつ薬を包むやり方から、お薬手帳の中身やそのメリット、患者ひとりひとりの体型や年齢に合わせた調剤方法、そして今まで開発してきた新薬のレシピ本。
先程説明したことと重複することは簡潔に、それでいて丁寧に内容を伝える。
「──とまあ、こんな感じです。この診療所に勤めている薬師さんにも私のレシピ本を元に薬を作ってもらっていますが、きちんと効果があることが分かっていますし、恐らくある程度の調合スキルのある方なら、同じように作ることができるかと」
「ふん……ヨーゼフじいさんからの報告と概ね合っているな。それにしても、この短期間でよくこれだけ開発できたものだ」
説明終了後、辺境伯は薬のレシピ本をぱらぱらとめくりながらそう言った。
お、これは褒めているのかしら。
まあそれはスキルとルークのおかげだから、私の実力よ!とか努力の結果です!とは言い難いんだけれど。
当たり障りなく、お礼を言うに留めると、それまで静かに聞いているだけだったオーナーが、徐ろに口を開いた。
「それでね、僕達はマリアンナちゃんの患者さんに寄り添った薬を、領地全体に広められないかと思っているんだ」
「え……?」
予想外の言葉に、目を丸くする。
そう言ってもらえることは嬉しいけれど……。
あれ? 僕達って……。
「……確かに、マリアンナが今まで考えてくれたことは、俺が望んでいたものに合っている。まさかこんな小娘に任せることになるなんて、露ほども思わなかったがな」
小娘って……。
少しカチンとはきたけれど、とりあえず辺境伯の話を黙って聞くことにする。




