再会ーーのち、挑戦2
その日の午後、私は予定通り診療所に向かっていた。
「わうん!」
「おっ!おまえあまり大きくなっていないな。ご主人様にちゃんとエサをもらっているのか?」
犬語のルークと、辺境伯(グレイさん付き)と一緒に。
実はルークは精霊でこれは仮の姿なんですよ~と言って、誰が信じるだろう。
いや、誰も信じないはずだ。
というか、精霊と契約してるなんてそんな話、誰にでも言いふらせるわけがない。
ということで、ルークは今まで通り私の飼い犬として過ごしている。
精霊の仮の姿なんだから、普通の犬みたいに成長するわけないじゃない!
私がエサを与えていないみたいなこと言うのは止めてよ!
と反論したいところだが、そんなことが言えるわけもなく、ただ口を噤むだけだった。
「全く……。それにしても前回といい今回といい、辺境伯爵のお仕事ってそんなに大変じゃないのかしら?普通そうそう自分の屋敷を留守にできないわよね?しかも数日間に渡って」
「そんなわけないじゃないですか。前回呼び出されて帰った時は、秘書官が目の下にそれはそれは濃いクマを作っていましたよ。そして泣いて帰りを喜んでいました」
私の呟きに答えたのは、グレイさんだ。
やっぱりそうよね、辺境伯爵の仕事が楽だなんて、聞いたことないもの。
「今回は秘書官の目の下にクマさんができる前にお帰りになれると良いですね」
「ええ、本当に……」
こんなやんちゃなご主人様の護衛はさぞ大変だろう。
グレイさんには後で栄養ドリンクでも作ってあげようかしら?
私達がこそこそとそんな会話を行っている少し前方では、相変わらず辺境伯がルークに触りたそうにしていた。
そんな辺境伯の視線に、ルークもちょっと寛容になってきたようで、以前より距離が近くなっている。
あ、とうとう抱っこさせてもらえた。
そして頭も撫でている。
良かったですね、ルークは犬のようで犬じゃないから、噛みついたりしませんよ。
生温かい視線を注ぎながら歩いていくと、診療所に到着した。
ルークにはしばらく外で待っててねと声をかける。
それを聞いて名残惜しそうにルークを地面に置く辺境伯がちょっと面白かった。
まるで拾った犬猫を母親に捨てて来なさい!と言われた子どものようで。
それはともかく、さあお仕事お仕事!
中に入ったらまずヨーゼフ先生との挨拶を済ませ、早速薬のレシピ本を見せる。
新しい薬がどのくらい開発できたか、そしてそれを診療所の薬師も作れるように教えていることを伝えた。
そしてお薬手帳についての説明もした。
実際の患者のものをご本人の許可を取って辺境伯に見せる。
現代日本の記憶を持つ私は、個人情報の取り扱いには敏感なのである。
「なるほど、人によって薬の合う合わないがあるのか。それと薬の飲み合わせもあるから、ここに記入して、飲み合わせの悪いものを処方しないようにするということだな」
意外にも辺境伯は私の説明をすぐに理解してくれた。
なにこの人、頭も良いの?
あーいや、これも努力して身に付けたものかもしれないから、そんな風に思っては駄目ね。
こっそり胸の中で反省する。
「次は診療所の外です。こちらにどうぞ」
最後に裏の薬草園に案内する。
今のところは順調に驚いてもらっているわね。
裏の薬草を見たら、なんて言うかしら。
少し前は一緒に森まで薬草採取に出かけたのに、この二か月でそんな手間がなくなったのだと知ったら、きっと驚くだろう。
まるでドッキリの仕掛け人のような気持ちで案内する。
「さぁ、これが私達の作った薬草園です」
「!これは……」
予想通り、感嘆の声を上げる辺境伯の隣に並ぶ。
ふふん!
そうでしょ、すごいでしょ!
まあ半分以上はルークのおかげだけどね!と、表で待っていてくれているルークを称える。
そして三割ほどはラムザさんのおかげだ。
「一体どうやったんだ⁉前回来たときはこんなものはなかった」
「あ、森から薬草の株を運んで植え替えたんです。一応この近くの森にある薬草、大体の種類がここにあると思います」
というかルークが教えてくれたから、間違いなく全種類ある。
……とはさすがに言えないので、曖昧にしておこう。
さすがに自然に増えました~は不自然すぎるので、そこは正直に緑魔法を使ったことを告げる。
「おまえ、ポーションや薬作りだけでなく、緑魔法まで得意だったのか」
「えっと、まぁ」
得意になったのを知ったのは、つい最近ですけど。
心の中でそんな返答をしつつ、薬草のことも少しだけ説明した。
そんなに興味のある分野とも思えないが、辺境伯は真剣に話を聞いてくれたし、時々質問もしてくれた。
これって、ちゃんと考えてくれているってことよね。どうでも良い話なら、適当に相槌を打てば良いだけの話だもの。
そういうところは仕事熱心なのねと、ちょっとだけ見直した。




