森の精霊3
その日の夜、私は借家でひとり、尻尾を振るルークと向き合っていた。
「……まずはステータスを見てみましょうか」
とりあえずこちらを確認してからだと、ステータスをオープンさせた。
*****
マリアンナ・アルストロメリア
ジョブ:薬師
HP:605/730
MP:1085/2030
スキル:調合LV.9
調剤LV.3
薬草採取LV.10
魔法:火魔法LV.3
水魔法LV.5
地魔法LV.5
風魔法LV.4
緑魔法LV.10
光魔法LV.4
闇魔法LV.2
*****
「はい、おかしい!ぜぇーったいおかしい!なによ緑魔法LV.10って!?少し前は、せいぜい4か5だったはずよ!?」
薙ぎ払うようにしてステータスのウィンドウを消す。
わぅ?とルークが首を傾げた。
うん、かわいい。
かわいいよその仕草。
でもね、私は誤魔化されないわよ!
「ルークあなた……ひょっとして、精霊なの?」
「わぅっ!」
喜びの表情で跳び上がるルーク。
でも……うん、なにも起きない。
きょろきょろ周りを見てもなんの変化もない。
ふうっと息をつき、やっぱり勘違いだったかしらと思いかけた、その瞬間。
「正解!やっと気付いてくれたね、ご主人!」
「……は?」
しゃべった。
今までわぅっ!とか、わうーんとか犬みたいな啼き声しか出さなかったルークが。
「しゃべったーーーー!?!?」
そのほわほわの体を掴んで、大声で叫ぶ。
近所迷惑だとかそんなことを考える余裕なんてない。
もふもふの毛が乱れて、ちらりと額の石が見えた。
先程光っていたそれは、今は普通の石のようだ。
「ごっ、ご主人、落ち着いて……!」
はっ!いけない、ついルークを掴む手に力が入りすぎてしまった。
ごめんねと謝りながら放してやると、ぷるぷると顔を振った。
……見た目はなんの変哲もないかわいい子犬なのよね。
夢? 夢なのかしら?
「はぁ……。驚く気持ちは分かるけど、ご主人だってなんとなく気付いてたでしょ?言っておくけど、夢なんかじゃないからね?」
いや、もしかしてとは思ったのよ!?
精霊はその額に魔力を宿す魔法石を持っているっていう話だったから、出会った時にこれはと一瞬思ったの。
でもやっぱりそんなわけないわよねとも思い直した。
だって精霊って存在があることは知っていたけれど、そう簡単に人間に姿は見せないって話だったし、まさか自分がその精霊に出会うなんて思ってもみないじゃない!?
それに、その“ご主人”っていうのは一体……。
出会った時、僕を助けてくれたでしょ?それで、一緒に来る?って言ってくれた。僕もそれを了承して名前をつけることを受け入れた。だから君は僕の契約者、ご主人様なんだ!」
くらりと目眩がする。
け、契約!?
「改めまして、僕は森の上位精霊、ルーク。ご主人の緑魔法のレベルが上がったのは、僕と契約したからなんだ。ちなみに森で薬草の多い場所に案内したのはもちろん、魔物に遭遇しないようにしたのも僕だよ。ご主人の考えを読み取って動くのも、契約精霊の仕事だからね!」
えっへん!と得意げにルークが鼻先を上げる。
薬草の匂いが分かる犬なのかなぁ〜と思っていたんだけど……森の精霊ならそりゃ、どこに薬草がたくさん生えているかなんてすぐに分かるわよね。
「ええと、精霊が人間と契約するのはすごく珍しいことなんでしょう?助けてもらったからとはいえ、そんなに簡単に私と契約なんてしちゃって大丈夫なの?」
「うん?まあ下位の精霊なら問題かもね。でもこう見えて僕、結構偉いんだよ?文句言う精霊なんていないから大丈夫!」
今度はふふん!と胸まで反っている。
結構偉い精霊が契約って、それはそれで良いのかと聞きたくなるのだが。
でも偉い人……じゃなくて精霊に怒られたりはしないみたい。
「ええと、契約ってなにか制約みたいなものはないの?例えば私が死んだらルークも消えちゃうとか、力を借りる代わりに魔力を与えないといけないとか……」
「いや、特にご主人のしがらみになるようなことは特にないよ。ただ僕は、ご主人を死んでも守りきるし、絶対に裏切ったりしない。覚えておいてね、僕は必ずご主人の味方だから」
「ルーク……」
すごい、なんて男前な台詞なんだろう。
こんなにかわいらしい見た目なのに、すごくキュンときた。
そういえば精霊って、みんなこんなにかわいらしい姿をしているものなのかしら?
前世のイメージだと、羽が生えた人型の姿なんかが思い浮かぶけれど。
と思っていたら、これは人間界に溶け込むための仮の姿なんだって。
鳥とか小動物なんかに姿を変えている精霊が多いそうな。
じゃあ本来の姿はどんななの?と聞いてみると、ちょっとここでは狭くて無理だと言われてしまった。
どうやらイメージにある小さなかわいらしい精霊ではなく、大型のなにからしい。
「まぁ良いわ。ルークはルークだし、これまでも私の知らないところでたくさん助けてくれていたのよね。ありがとう」
もうこうなったら難しいことは考えないでおこう。
楽観的だと言われるかもしれないが、心強い味方ができてラッキー!くらいな気持ちでいよう。
実際、なにがあっても私の味方だと言ってくれたし。
「これからもよろしくね。薬草を増やすのにルークの力を借りれたら、ものすごく助かるわ」
「任せて!なんなら森にある全種類の薬草が採取できるように案内するよ!」
なにそれ素敵!
私の目がキラリと輝いたのが分かったのか、ルークがあはは!と笑った。
「本当にご主人は欲がないねぇ。まあそんなところが気に入ってるんだけど」
そう言うとルークは私の胸にぴょんと飛びついてきた。
「さあ明日からまた忙しくなるよ。ご主人、早く休もう」
そしていつものように胸に顔を擦り寄せてきた。
あぁもふもふ、あったかい。
最初は精霊だって聞いてびっくりしたけれど、こうしてルークと意思疎通ができるのは楽しい。
「そうね。改めましてルーク、これからもよろしくね」
「わぅん!」
尻尾を振って元気に返事をするルークの頭を何度も撫でて、とりあえずご主人というのは恥ずかしいので、名前で呼んでもらうようにお願いしたのだった。




