意外と良いやつ?いや、やっぱり嫌なやつ!5
文句を言ってやろうと思ったのに、そんな顔をされたら黙るしかないじゃない。
ルークを連れて辺境伯の隣に並び、ちらりとその表情を窺うと、ぱっと見はもういつも通りの彼だった。
うしろからついてくるグレイさんはなにも言わない。
もしかして、辺境伯はスキルのことでなにか嫌な思いをしたことがあるのだろうか。
――――でも、今の言葉はなんだかもやもやする。
「……確かに、私は幸せなのかもしれませんね」
ちょっと個性的な家族に囲まれて、自分の力でやってみろ!と追い出されたけど。
それで就職した先はブラック企業だったけど。
「だけど、このスキルを持っているから薬師の仕事が好きなわけじゃないです。実際に、自分でやってみて、失敗も成功もして、それでも好きだって思えたんです」
前世にはスキルなんてないからね。
自分で努力して薬剤師になって、失敗も挫折も経験して、それでも辞めずに続けてきた。
生まれ変わって薬師という仕事に就いていたのは偶然だけど、このまま続けようと決心したのは私。
「スキルなんて関係ない!なんてカッコいいことは言えませんけど。スキルはすごく便利だし、助かってますから。確かに役立つスキルを持っている分、他の薬師よりも得かもしれませんね」
「……まあ、そうだな」
辺境伯が少しだけ反応した。
今の私になる前の話だが、薬師として働いているのは元はといえば家族がスキル欄を見て薬師になれ!と決めたからだ。
記憶が戻る前の大人しかった私は、それに素直に頷いた。
そして実際こうしてスキルをフル活用している。
だからまあ、スキルの恩恵を受けていることに対して否定はできないよね。
けれど。
「私は、スキルがなくても、自分の努力で身につけたものや積み上げてきたものの方が、もっと素敵なものだと思いますけどね」
前世には、もちろんスキルなんてものはなかった。
自分で勉強して、努力して、薬剤師になった。
そんなに楽な道じゃなかったし、薬剤師になってからも辛いことや辞めたくなることもたくさんあった。
それでも努力することを止めなかった自分を、私は誇らしく思っている。
時には、『薬剤師は気楽で良いよな』と医師から言われたり、『あなたはさほど苦労せずに資格取れたものね』なんて同僚に妬まれたりすることもあった。
あんたたちが私のなにを知っているの?どれだけ努力をして、どんな思いでやってきたかを知っているの?と言いたかった。
私は、そんな風に人を羨んだり、妬んだりすることはしたくない。
「それに、一見関係ないようなスキルだって、別の角度から考えてみると役立つこともあるかもしれませんし。あとは自分が魅力を感じなくても、他の誰かからしたら喉から手が出る程ほしいスキルかもしれません。このスキルを持っているから幸せとか、このスキルを持っていないから役立たずだとか、そういう考えは私はあまり好きじゃないですね」
幸せかそうでないかは、自分が決める。
他人に勝手に判断されたくない。
――――と、そこではっと気がついた。
まずい、彼はそんなつもりで言ったんじゃないだろうに。
「っ!ご、ごめんなさい!私ったら、捻くれたことを言っちゃって!」
色々と考えてしまったが、ただ仕事を頑張れと励ましてくれただけかもしれないのに。
いくら苦手な人だと思っていても、これはない。
怒ってはいないだろうかと辺境伯の顔を見上げる。
あれ?
なんだか思っていた表情とは違う気がする。
その表情から見えたのは、ただ純粋な、驚き。
「あの、辺境伯?」
「あっ、ああ、すまない。いや、別におまえが謝る必要はない」
驚く意味が分からなくて恐る恐る声をかけてみたのだが、慌ててそっぽを向いてしまった。
あれ?
絶対生意気だとか小娘のくせにとか言われると思ったのに。
それに、頬に朱がさしているようにも見えるし、ちょっと嬉しそうな顔をしている気も……?
「なんだ。こちらを見るな!それによそ見をしていて転んでも助けないからな」
じろじろ見ていたのが癇に障ったのか、嫌な顔をされた。
うわ、眉間の皺、深っ!
「な、なんですか!そんなこと言って良いんですか?辺境伯にまたおまえ呼びされた~ってオーナーに言いつけますよ!」
「なんでそこでエリックが出てくるんだ!やめろ!あいつには言うな!」
「はぁ……主が珍しく女性と仲良くなってきたなと思ったら、またコレですか」
「わぅん……」
その日の帰り道は、私と辺境伯がぎゃーぎゃー言い合ううしろから、グレイさんとルークのため息が何度も聞こえたような気がした。
「これ、良かったらどうぞ」
「? なんだ、薬か?」
診療所に着く直前。
渡そうか迷ったが、荷物持ちや薬草採取を手伝ってくれたのだからと、ふたつの容器を辺境伯に向かって差し出す。
「血止めと火傷の薬です。討伐に参加することも多いんですよね? 火を扱う魔物は多いし、怪我をした時の応急処置としてくらいには使えますから」
「……助かる。ありがとう」
恥ずかしさから視線を逸らし、ぶっきらぼうな言い方しかできなかったけれど、ちゃんと辺境伯は受け取ってくれた。
ちらりと見たその顔には、驚きと喜びが混じっていて。
つられて私も、ちょっとだけ笑った。