意外と良いやつ?いや、やっぱり嫌なやつ!2
「マリアンナちゃん?どうしたんじゃ?」
「なんでもありませーん!あ、結果が出た。ええっと、ツキノハの腹痛薬が10グラムね」
なんとこのスキル、こうしてどの薬がどれだけ必要なのかを教えてくれるのだ。
ただし、適した薬が作ったことのあるものだった場合のみだ。
作ったことがない場合は“???”と表示される。症状によっては複数の薬が表示されたり、この薬かまたはこの薬といったように、いくつかの選択肢が出たりする。
結果の出たウインドゥをしまい、作り溜めてあったツキノハの粉末状の薬を取り出す。
それを慎重に10グラムずつ、六回計る。
「なぜそんな少量ずつ計っとるんじゃ?」
「これがこの患者さんに適した一回分なんです。六回分紙に包めば、一日三回の服用で二日分。患者さんにとってはこの方が飲みやすいですよね」
普段はどーんと渡して、一回分はこれくらいですと計量スプーンで確認しながら飲んでもらう。
でもそれって結構面倒なのよね。
それに、これなら小さい子どもや手元のふらつくお年寄りも、間違いなく適した量を飲める。
これはポーション屋で働いていた時に気付いたことだ。
旦那が体調を崩して看病をしているのだが、薬を計るのが面倒だ、私は家事に育児に忙しいのに。
自分でやれば良いのに、男はちょっと辛いくらいで甘えて……という世間話。
あれ、病院で処方される薬は一包ずつじゃないの?と初めて知った。
なにしろ私は一応貴族だ。
そういうことは侍女がやってくれる。
そして実家を巣立ってからは病気知らず。
不思議よね、あんなブラック企業に勤めていたのに、体調が悪くなることなんて一度もなかった。
無遅刻無欠席、社畜の鑑である。
「患者に優しい小さな親切というやつじゃな。ワシは良いと思う、これからはここの薬師にもそうするように伝えておこう」
良いことを聞いたとヨーゼフ先生が頷いてくれる。
そうよね、ちょっと面倒かもしれないけれど、それが薬師の仕事だ。
この診療所の薬師は、長年ヨーゼフ先生と一緒に仕事をしているだけあって、とても穏やかな人だし仕事も丁寧。
こんな小娘にそんなこと言われたくないとかなんとか言わずに、良いことは良いと取り入れてくれそうだ。
前の職場ではねー……言われたことあるのよねぇ。
ちょっと意見すると、おまえみたいな無知な小娘になにが分かる!?ってね。
辞めてから少し経ったけれど、私がいなくなって他の薬師のみんなはどうかしら。
また無理難題言われて困ってないと良いけどなぁ。
上の人間には腹立つことが多かったが、同僚達はみんな結構良くしてくれていたのよね。
人見知りだった頃の私にも、ある程度の距離を置きつつ優しくしてくれていたし。
「マリアンナちゃん?どうしたんだい?」
「あ、ごめんなさい先生。ちょっと前の職場のことを思い出していて……」
つい物思いに耽っちゃったわ。
私なんかの代わりなんていくらでもいると言われたし、まあなんとかやってるでしょ。
それよりも目の前の仕事だ。
「あとですね、前に人によって薬の効く効かないがあるって言ってましたよね?」
薬の種類が増えてどれが効くのかを試すことができるようになったら、これがあると便利だと思ったのだ。
「じゃーん!」
「なんだいそれは?ノートかい?」
私が取り出したのは、手帳サイズのノート。
「これ、“お薬手帳”っていうんです」
そう、ここで前世の物を使わせてもらうことにしたのだ。
お薬手帳とは、処方された薬の名称や飲む量、飲むタイミング、回数などをアレルギーや副作用の経験と併せて記録しておくためのものである。
かかりつけ医はもちろん、他の医療機関でもこれを見せれば、患者の既往歴や常時薬がすぐに分かる。
大地震が起こったときに、これを持ち歩いていた人は常時薬を取り揃えるのがかなり容易だったという話もある。
そりゃそうよね、薬の名称って覚えにくいし、医療従事者でもなければどの薬をどれだけ飲んでいたかなんて患者本人も覚えていないもの。
話は少し逸れたが、とにかくこの手帳でこの薬が効いたとか、この薬はアレルギーがあるとかを記録していくことで、自分に合う薬が何なのかがはっきりしていく。
「なるほどのぅ……。そうすることで、かかりつけの診療所でなくても、患者に合う薬がすぐに出せるようにもなるのぅ」
「その通りです!さすがヨーゼフ先生、理解が早い!」
ぱちぱちと拍手を贈れば、先生が照れたように頭を掻いた。
「まあそれを広めようと思ったら、まずはワシら医師と薬師の知識を深めていかなくてはならんがの」
「うっ!そ、それも正解です……」
そう、これを広めるためには、この手帳に書かれている薬のことを医療従事者がよく知らないといけないし、そもそもその薬を広めないといけない。
薬のことを知らないのに処方などできないのだから。
「なぁに、まずはワシの診療所内でやってみよう。千里の道も一歩からじゃ。そのうちマリアンナちゃんには、薬作りの指導に領内を飛び回ってもらわねばならなくなるかもしれんがのぅ」
「またまた〜。私、自慢じゃないですけど、人に教えるの上手くないと思うんですよね」
指導係に向いてないねと言われた前世の私を思い出す。
杏奈、あなたは頑張っていたんだけどね……。
ちょっぴり嫌なことを思い出して気持ちが下向きになってしまったが、それを無理矢理記憶の底に押し込め、上を向く。
「とりあえずこの調子で患者さんの薬、包んでいきますね。あと患者さんに了承を得たら、お薬手帳に書き込んでいきます」
いきなりよく分からないノートを毎回持ってきて下さいはハードルが高いかもしれないから、これはカルテのように診療所で保管するようにしよう。