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失礼な男の正体は⁉4

* * *


――――王宮、薬剤室。


「くそ!どういうことだ!?」


「で、ですから、私達だけではこの量を作るのが精一杯で……」


マリアンナの元上司であった男が、下っ端薬師の女性を叱責していた。


理由はポーションの生産量が激減したこと。


マリアンナが辞職した後、薬剤室長は薬師を新しく三人雇った。


生意気な女だったが、魔力量が多く、確かに人より多くのポーションを作っていることは知っていたため、念のためにと人員を増やしておいたのだ。


しかし、生産量が半分近く減った。


それでポーションの需要が高い騎士団から苦情が入ったのだ。


「馬鹿を言うな!人員は増えているんだぞ?しかも以前よりもポーションの効果が低いものが多いとの苦情まで来ている。質が悪くなり量も減るなど、お前達の職務怠慢としか思えん!」


この上司の男は、自分でポーションを作ることがほとんどない。


薬師達を管理することを主な仕事としていた。


そのため、ポーション作りについての知識はあまりなかった。


「そ、そんな!私達は精一杯やっています!その、マリアンナさんがいなくなってすごく大変になってしまったから……」


「その名前を出すな!室長の耳に入ったら……あっ!」


焦る上司の目に映ったのは、その室長の姿だった。


「……今、とても不愉快な名を聞いた気がするのだが?」


間違いなく眼鏡の奥の目が怒っている。


それはそうだろう。


あの態度が急変した薬師の女に、随分とやり込められたのだから。


「まあいい。ところで最近他の部署からの苦情が多いのだが、それについての対処はどうなっているんだ?」


まあいいと言いながらもその怒りを隠し切れてはいない。


「そ、その……薬師達が言うには、これ以上は無理だと……」


「なぜだ!?あの女ひとりいなくなったくらいで!」


上司のおずおずとした言い分に、室長は苛立ちをぶつけた。


なぜだ、確かにあの女は魔力が多く、人よりも多くのポーションを作っていた。


しかし多いと言っても通常の倍くらいだろう。


「そ、そうは言いますが、マリアンナさんは少なくともおひとりで一日に三百本は作っていました。普通の薬師の十倍、いえ下手したら十五倍の量です」


「三百本だと!?そんな馬鹿な……!」


女性の言葉に、室長はわなわなと震える。


そんなわけがない。あんな女の代わりなど、いくらでもいるはずだ。


「な、ならば質で勝負すれば良い。そんな尋常でないスピードで作ったポーションなど劣化品のはずだ。ここ最近量をこなせと言ってきたが、この際速さと量は置いておいて、以前のように質の高いものを作れ!」


評価の高かったポーションはおまえ達が時間と魔力をかけて作っていたのだろう!?と室長は焦ったように指示する。


しかしそれに対しても女性は首を横に振った。


「……それも、私達ではなく、マリアンナさんの作ったポーションのことです。ムラはありますが、回復量が一般のポーションの一.五倍くらいではないかと言われていました」


そんな、まさかと室長と上司は言葉を失う。


なにも知らなかったのは彼らくらいなもので、薬師の同僚達はみなマリアンナの仕事ぶりを知っていたし認めていた。


少し前まではおどおどしていて、自分達が話しかけても辿々しい会話しかしてくれなかった。


人見知りなのだろうからとあまり積極的に仲良くなろうとはしなかったのだが、突然彼女は変わった。


その勤勉な仕事はそのままだったが、会話の際しっかりと目を見るようになった。挨拶もしてくれるようになった。


今の彼女なら。


ずっと仲良くなりたいと思っていた同僚達は、声をかけるタイミングを見計らっていた。


しかし彼女は、ある日突然辞めてしまった。


上の方針に逆らう薬師はいらないという、なんとも一方的な理由で解雇されたのだ。


「そんなことも知らなかったんですか?本当に優秀な人のクビを切って、私達の負担を増やした上に職務怠慢だなんて、よくそんなことが言えますね」


勝手にマリアンナを辞めさせておいて無茶ばかり言う室長や上司に、さすがの薬師も苦言を呈した。


「もう良いです。そんなに私達の仕事に不満があるなら、私も辞めさせて頂きます。ご自分たちでどうにかしたら良いのではないですか?」


「ま、待て!」


室長は反射的に引き止めようとしたが、薬師はもう話は終わったとばかりに、振り返ることなく退室していった。


「くそ。こうなったのもみんな、あの女のせいだ……!」


室長のその怨めしい呟きを聞いていた上司は、隣で冷や汗をかきながら無言でその場に立ち尽くすのであった――――。






同時刻、街の診療所にて、ウィルフリードはヨーゼフを訪ねていた。


「どうだ?あのおん……いや、マリアンナ嬢が作ったポーションの鑑定結果は」


「ふぅむ……確かに閣下のおっしゃる通り、他の者が作るポーションよりも効果が高いようです」


興味深げにポーションを眺めるヨーゼフの言葉に、やはりなと零す。


ウィルフリードは、辺境伯爵という地位にいながら領地の魔物討伐にも率先して参加していた。


ダイアンサス家が編成している討伐隊も、この男が作ったものである。


先日エリックの店に大量注文したポーション。


あれを発注して出向いた討伐にも参加しており、そのポーションに何度も助けられた。


その時に感じたのだ。


いつもよりも回復量が多いと。


「そういえば、先日一緒に薬草の採取に行ったのですが、その際手作りの虫よけ薬なるものを試しに塗らせてもらいまして。これもまた、よく効きましたよ。すこしも虫に刺されませんでした」


それは年をとって刺されにくくなっているからではないか?と言いかけたが、口をつぐんだ。


この医師が年齢のことを言われるのを嫌がると知っているからだ。


「それにしても、今までにない様々な薬を作ることができるのだな……。それにポーションの回復量も多ければ、生産量も人並外れている。一体彼女は何者なんだ?それに、それだけの腕を持つ彼女を王宮薬剤室が手放すなど理解できん。なにか人間的に問題でもあるのか?」


確かに、辺境伯爵を相手にしても物怖じしないあの強さは、生意気ともいえるかもしれない。


けれど、それ以上にその能力は高い。


ウィルフリードが眉根を寄せて考え込む姿に、ヨーゼフはほっほっと笑った。


「そうですのぅ……この領地を救う聖女……いや、女神になるかもしれませんぞ」


「はぁ?聖女に女神は言いすぎではないか?」


即座にそう言って否定するウィルフリードを、目を細めて見やる。


「あなたの心のしがらみも、断ち切ってくれるやもしれませんなぁ……」


「なんだ?よく聞こえなかった。もう一度言ってくれ」


自分の前ではまだまだ少年のような顔を見せる年若い辺境伯を、ヨーゼフは温かい目で見つめ、黙って微笑んだのだった。

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