新薬の開発はまず薬草採取から2
「わ、薬草がたくさんあるわ! すごいルーク、ありがとう!」
「わぅーん♪」
森の中を案内してくれたルークの頭や首元を撫でると、ルークは気持ち良さそうにぐるぐると喉を鳴らした。
ああ……もふもふ最高。
初めての森だったのに、ルークは迷う素振りも見せずに薬草が群生している場所に連れて来てくれた。
そりゃ存分に褒め褒めしちゃうわよ!
そんな中、興味深そうにルークを覗き見る人がひとり。
「へえ、本当に大したものだね。こんな場所、僕も知らなかったよ」
この方はラムザさん。
ヨーゼフ先生のお孫さんで、サラサラの栗毛にグレーの瞳、失礼ながら先生とは違って身長も結構ある。
ラムザさんはこの領地の騎士を務めていて、魔物討伐隊に加わることもある実力者なのだとか。
今日は非番だったので、護衛がてら採取の手伝いにと先生が呼んでくれたのだ。
「魔物に遭遇することもなかったしのぅ。確かにここは安全区域内ではあるのじゃが、なかなか優秀な助手だのぅ」
「あうっ!」
ほっほっと笑い、ヨーゼフ先生もルークを撫でて褒めてくれた。
お仕事中はいつも留守番させてしまっているけれど、今日は森の中のお散歩にもなって嬉しいみたい。
「では薬草を採取しようかの。この辺りを見た感じ、マリアンナちゃんが知っている薬草はどれくらいあるかの?」
そう聞かれて、ぴたりと動きを止める。
そうだ、まだ薬草採取のスキルの話をしていなかった。
「あ、えっと、先生。私一応薬草採取のスキルを持っていまして。先生の鑑定まではいかないのですが、ある程度のものならば名前や毒性の有無、効能など知ることが出来るんです」
例えば、ここには王都の森で採取していた薬草とは違った薬草もたくさんある。
私のこのスキルは、前世で見たことのあるようなものからまるで初めて見るものまで、その全てについて知ることができるのだ。
気になって少し調べてみたのだが、他の薬草採取のスキルを持っている人の中に、こんなことができる人はいないらしい。
少なくともレベル七未満の人には。
となると私のスキルを公表するべきなのだが……。
ヨーゼフ先生ならきっと、こんな私のスキルのことを知っても、悪用しようとは思わないだろう。
ポーションの効果期限については秘しておこうと思っているが、一緒に研究して、ひとりでも多くの病に苦しむ人を救おうと約束した先生にだけは、きちんと伝えておきたい。
どんな反応をされるだろうかと、半ばびくびくしながら先生の反応を待つ。
伏し目がちだった目を少し上げると、ヨーゼフ先生はぽかんと口を開けていた。
あ、もしかして信じてない?
そう思った私は、試しにいくつかの薬草について、スキルで見た効能などを読み上げていく。
「なんと、ワシの知らない効能がいくつも出てきたぞ……! ううむ、それが本当ならば、先程マリアンナちゃんが言っていた“薬草採取ならちょっとすごい”とは、このことだったんじゃな。いや、これはちょっとどころではないぞ」
驚きを隠すことなく、先生が唸った。
信じてもらえただろうかと先生の様子を窺うと、驚きの後に好奇心を抑えられないといった表情が見えた。
まるで新しい発見をした少年のように、目を輝かせて薬草を見つめている。
「えっと、ちなみにいくつか実用的な薬を作ってみておりまして。確かこのポーチの中にいくつか……」
「見せてくれ!」
即座にそう言って迫られた。
これは本気の目だ。
どうやら鑑定をかけているらしく、なにかを読んでいるかのように目が動いている。きっと、私の薬草採取のスキルと同じように本人にしか見えないウィンドウが現れているのだろう。
「確かにこの薬は血止めの効果があるし、そっちのは化膿止めの効果があるようじゃ。それと……虫除け? ほう、害虫が嫌う成分が入っているのか」
ほうほうと薬の蓋を開けてヨーゼフ先生が匂いを確かめている。
全て塗布するタイプの薬なので、使ってみて良いかと聞かれた。
どうぞと答えると、虫除けの薬を自分の腕に塗り始めた。
「ふむ、実際に効果があるか確かめてみよう! 薬草の葉につく虫もおるし、季節柄人を刺す虫も出てくるからな」
先生ってばすごく楽しそう。
研究職向きなのね、こういう実験が好きみたい。
「あ、なら僕も使いたいな、虫除け薬」
その時かけられた声に、そういえばラムザさんもいたのだということに気付いた。
しまった、スキルのこと、聞いてたよね?
「いや、おまえは薬なしでいろ。その方がワシとの違いで薬の効き目が分かる」
「なんでだよ! 僕だって刺されるの嫌だし! それにじーさんは歳だから元々刺されにくいじゃないか!」
「騎士のくせに軟弱なことを言うでない! それにワシを年寄り扱いするな!」
……親子喧嘩ならぬ、祖父孫喧嘩が始まってしまった。
わぅん……と私の腕の中のルークも戸惑っている。
まあ大した喧嘩じゃないが、どうしたものかと思っていると、ラムザさんがそんな私達に気付いてくれた。
「あ、すみません人前でお恥ずかしい。ほら、じーさんも謝って!」
「はっ! す、すまんのマリアンナちゃん。ワシとしたことが……」
しょぼんとするふたりに、慌てて大丈夫ですよと両手を振る。
「おふたりは仲良しなんですね。なんだか微笑ましいです」
うちの一族はそんな生優しい喧嘩などしない。
真剣のやつだけだ。
だから家族らしい言い合いを見て、ちょっぴり和んだのも事実。
私の言葉におふたりも、まあ仲悪くはないけど……と満更でもない様子だ。
なんとなくみんながほっこりしたところで、おずおずとラムザさんに話しかける。
「あの、私のスキルについてなんですけど……」
「ああ安心して。変に言いふらしたりしないから」
みなまで言う前に、ラムザさんがあっさり黙っていてくれると言った。
「こんな歳になってもまだ医学の進歩を追いかけている祖父を信じて、力を貸してくれようとしている人にそんなことしないよ」
先生に似た優しい笑顔。
たぶんこの人も大丈夫。
「……ありがとうございます。私も、先生の足を引っ張らないように頑張りますね」
よろしくお願いしますとお互いに挨拶を交わし、そのまま薬草採取を始めた。