新薬の開発はまず薬草採取から1
本日二話目の投稿です。
前のお話を読んでない方はひとつ戻って下さい(*^^*)
「ではマリアンナちゃん、今日からよろしく頼むよ」
「はい!ヨーゼフ先生、よろしくお願いします」
大量のポーション作りを終えた翌日、私は近くの診療所で働くヨーゼフ先生の元を訪ねていた。
ちなみに昨日、私は百六十本のポーションを作った。
アーニャが三日間で六十本程を作ることになっているし、余裕のある同僚達も何本か手伝うと言ってくれたので、合わせて二百本以上は納品できることになる。
それだけあれば、依頼主の討伐隊にも満足してもらえるだろう。
アーニャの依頼が無事に完了できそうだということで、こうして遠慮なく出てくることができた。
「普通医師と薬師が話し合うことはないのじゃが、時々薬がよく効かない患者がいてのぅ。新しい薬の開発など進めてみたいと領主様に申し出てみたのじゃ。君が来てくれて嬉しいよ」
確かにあの募集の依頼書はダイアンサス辺境伯からのものだった。
どうやらヨーゼフ先生の要望を聞き入れた辺境伯が募集を出したらしい。
そんなヨーゼフ先生は、小柄で白髪頭をしていて、優しいおじいちゃんという感じの医師だ。
領民からもとても信頼されている。
腕も確かで、若い頃は大きい街の偉いお医者さんだったらしいよとアーニャが言っていた。
このお年になってもこうやって患者さんのために新薬の開発をしようと考えるあたり、あの陰険眼鏡とは格が違う。
……って、私ったらここに来てから室長と比べてばかりだ。
いくら嫌な人だったからって、そんなことしちゃ駄目よね。
ひとりそんなことを反省していると、ヨーゼフ先生が悩んだ顔をした。
「人によって薬の効き目が違うのは、やはり体質だと思うのだがのぅ。腹痛薬は効くのに頭痛薬は効かないなんて人もおるようだし。あとは風邪の際に以前は効いた薬が今回は効かないなんてこともあったのぅ」
「あ、そうですね。薬との相性っていうのはあると思います。同じような効果のある薬草というのがいくつかあるので、どれが効くのかを一人一人確かめてみると良いですね。体型や年齢によって薬の量を調節したり、使う薬草を変えたりすると、その人に合う薬をお渡しできるかと。それと、風邪はその時々によって鼻にくるもの、のどにくるもの、様々ですからね」
まさに私が室長に提案した話題を振られて、思わずべらべら答えてしまった。
それを聞いたヨーゼフ先生は目を見開いて固まっている。
ま、まずい。
急にまくし立てるようにしゃべって、医師相手に上から目線で失礼だと思われてしまったのかもしれない。
「あの、ごめ――――」
「素晴らしい!」
私の謝罪を遮って、ヨーゼフ先生はキラキラとした目で私の両肩を叩いた。
「ワシの話を聞いて即座に意見を言ってくれたのは、マリアンナちゃんだけじゃ! 大体の者は馬鹿にしたり、自分には分からないと考えることを放棄したりするのじゃが。ううむ、これはひょっとして磨けば光る才能かもしれん!」
……なんだか盛り上がってしまった。
どうしよう、そんな才能はありません、ただの前世の知識ですなんて言える?
いや、言えない。
私と同じ考えを持って一緒に薬の開発を進めていけるのはとても嬉しいが、過度な期待は荷が重い。
『それじゃあ、重い病にかかった人をなんとかして治そうと力を尽くすことはしないんですか!?』
その時、室長を相手に言い放った言葉が脳裏をよぎった。
――――いや、しり込みなんてしていては駄目だ。
あんなことを言ったくせに、逃げるなんてありえない。
「……ご期待に添えるかどうかは分かりませんが、精一杯やらせて頂きます」
ぺこりと頭を下げると、頭上からふっと微笑んだ気配がした。
「ふむ。任せて下さいという言葉は頼もしいが、慢心とも受け取れる。しかし、自分にそんな力は……との謙遜は、逃げ道を残しているとも言える。そのどちらでもない、君の精一杯やれるだけやるという素直な気持ちには、とても好感が持てたよ」
その優しい声に頭を上げると、ヨーゼフ先生の瞳の中の強い光が目に入った。
――――ああ、この人はまだまだ現役の、立派な医師だ。
この人とならきっと、一緒に考えて、悩んで、喜び合って仕事ができる。
「まだまだ未熟者ですが、どうぞよろしくお願い致します」
私の言葉にヨーゼフ先生は満足げに頷き、では早速とお仕事の話を始めた。
「まずは色々な薬草を採取して、調合して試していくことから始めるかの。実はワシは鑑定スキル持ちでな、その薬がどんな効果を持つのか一目で分かるのじゃ!」
「え、すごいですね!」
えっへんと胸を張るヨーゼフ先生の姿は、失礼だけれどちょっとかわいい。
鑑定スキルかぁ……すごく便利そう。
「それって、薬以外のどんなものでもステータスが分かるってことですよね!?」
わくわくしながらそう聞いてみたのだが、なぜだかヨーゼフ先生はちょっぴり苦い顔をした。
「……残念ながら、人や動物、植物など命があるものには使えんのだ。物体限定の鑑定ということじゃな」
そうか、そんなに万能じゃないということか。
確かに同じスキルでも使用者によって内容に偏りがあると聞いたことがある。
けれど、物体限定の鑑定だとしても十分すごいと思うのだが。
「……医師じゃからな。人の体の悪いところが分かれば良いのにと思ったことは、二度や三度ではないよ。ワシのスキルでできたのは、幾度となく自作の薬を作り、その効果を鑑定して確かめることだけじゃ」
それでも薬師のように薬作りに専念することはできないため、今までに発見した薬の調合は僅かだという。
その寂しそうな表情からするに、助けられなかった命が少なくはなかったのだろうと思われる。
それは、医療従事者には避けられない葛藤。
自分の治療はあれで良かったのだろうか。
もっと自分に知識や技術があったら。
もしもう少し早く決断していたら。
前世では、そんな思いと戦いながらみんな患者と向き合っていた。
「……でも、最後の最後まで力を尽くしてくれた先生に感謝している患者さんやご家族も、たくさんいらっしゃると思いますよ」
悲しい思いをする人がひとりでも減るように。
私達が努力するのは、そのためだ。
「これから先生と一緒に色々研究して、病気で苦しんでいる人をひとりでも多く救えたらと思っています。私では病気の診断はできませんから、その点は先生に頼り切ってしまいますけど」
あははと頭を掻けば、ヨーゼフ先生が眩しいものを見るかのように、目を眇めた。
「さ、じゃあ早速薬草採取に出かけましょう! そんなこともあろうかと、とっても有能な助手を連れて来たんですよ」
その助手とは、もちろんルークのことだ。
私も最近知ったのだが、ただの犬だと侮るなかれ、薬草のたくさん生えているところに案内してくれる、とても優秀な薬草犬なのだ。
薬草採取の流れになるかもしれないと思い、今日はルークも一緒に来ていた。
さすがに診療所の中に入れるわけにはいかないから、今は表で待っていてくれている。
「薬草採取なら、私ちょっとすごいんですよ? 期待していて下さい!」
わざとそんな風に茶化して言ってみれば、ヨーゼフ先生も笑ってくれた。
「マリアンナちゃんは良い子じゃな」
少しでも元気づけることができたなら良かった。
「じゃあ私、外で待っていますね。ゆっくり準備して下さい」
そう言って診療所から外に出る。
あの子ならひょっとして、――――様を……」
このあたりの森にはどんな薬草があるんだろう。
そうウキウキしていたから、そんなヨーゼフ先生の呟きにはちっとも気付かなかった