大量生産は得意分野です!2
だが、実はこれは真実ではない。
ほとんどの薬師は、自分の作るポーションの効果期限がどれくらいなのかを、自分で定期的に調べている。
レベルが上がれば効果期限も変化するからだ。
前世の記憶を取り戻す前の私は、五年前、つまり実家を追い出されるようにして独り立ちした時に調べたきり、一度も調べなかった。
……ズボラだったわけではない。
どうせ私なんかがレベルを上げても、大して変わらないだろうと思っていただけで。
だから、記憶を取り戻してからとりあえず確かめてみましょうと、多量のポーションを作って毎日効果があるのか確認しているのだが……。
「早一ヶ月。まだ効果が切れないのよねぇ」
「ん?マリアンナ、なにか言った?」
ぼそりとした呟きをアーニャに拾われたが、なんでもないと笑顔を返す。
あまりこのことを公言するのは良くない気がする。
人間とは、人と違うことやものに対して敏感になりがちだ。
面倒なことに巻き込まれても困るし、あの陰険眼鏡のような人間に利用されるのも嫌だ。
幸い効果期限なんて自己申告みたいなものだし、どうとでも誤魔化せる。
ここの人達が私をどうこうすることはないと思うが、念のため。人の口には戸が建てられないものだから。
「とにかく今日から作っても大丈夫ってことね。なら早速やっちゃいましょう!」
「さすが、頼りにしてるわぁ。神様女神様マリアンナ様!!」
調子の良いアーニャが私をおだてる。
なんだかんだいったが、私だって頼られて悪い気はしない。
「ところで先方の希望する納品数はいくつなんだい?」
仲良いねぇと温かい目で見ていたオーナーの言葉に、アーニャがぎくりと肩を跳ねさせた。
「あ、えーっと。最低百本、できれば二百本、かな?」
え、そのとんでもない数って……。
「最初からマリアンナちゃんをあてにしていたね?」
じーっとオーナーと私に見つめられて、アーニャがしどろもどろになる。
「だ、だってダイアンサス家の魔物討伐隊からの依頼だったんですもん!ひとつでも多くのポーションを集めてるって言ってて、そりゃ力になりたいと思うじゃないですか!」
この領地では、領主であるダイアンサス辺境伯はとても慕われている。
無理な税徴収もないし、辺境伯自ら領地をまわることもしているらしい。
領民から魔物討伐の依頼があれば、辺境伯家で編成している討伐隊の派遣もしてくれる。
私腹を肥やす馬鹿貴族が少なくない中、とても良くできた、領民にとっては理想的な領主様といえよう。
「まあアーニャちゃんの気持ちも分かるけどね。でもちゃんとマリアンナちゃん本人に確認を取らないといけないよ。もし依頼分のポーションを用意できなかったら、店の信用にも関わるし、その数をあてにしている討伐隊の方々も困るんだから」
「……はい。ごめんね、マリアンナ」
しょぼんとした顔でアーニャが頭を下げるのに、慌てて両手を振る。
「そんな!良いのよ。アーニャの気持ち、すごくよく分かるから!」
ポーション作りを私に押し付けて手柄だけを自分のものにしようとしたなら私も怒るが、アーニャの行動は討伐隊の力になりたいと思ってのものだ。
手伝ってほしいと言っていたし、自分でもできるだけの量を作ろうとしていたはず。
「理由を聞いて、やる気も出たし。領地を守ってくれている討伐隊の人のためにも、頑張るから」
「……ありがとう、マリアンナ」
涙ぐんだアーニャに、おごってももらえるしねと軽口を叩けば、あははと笑われた。
うん、やっぱりアーニャはそうやって笑っている方が良い。
「じゃ、先に作業場で準備してるね。その仕事が終わったらお願い」
その背中を見送り、ふうっと息をつくと、オーナーがすみませんと謝ってきた。
「アーニャちゃんは昔魔物に襲われて妹さんを亡くしていまして……。少しでも同じ思いをする人が減ってほしいからと、討伐隊からの依頼が来ると少々無理をしてしまうんです。あなたが来る前にも、許容以上のポーションを作ろうとして、魔力枯渇で倒れたことがありますし」
「そう、だったんですね……」
あんなに明るいアーニャに、そんな過去があったなんて。
そりゃ、そんなことがあれば魔物討伐への思いも人一倍あるだろう。
「大丈夫です。私、数をこなすのが取り柄なので。人を助けることになるのなら、それくらい喜んでやりますよ」
ぐっと力こぶを作るポーズをオーナーに向ければ、優しく微笑まれた。
「ありがとうございます。マリアンナさんが来てくれて、本当に良かった。ではよろしくお願い致します。ああそれと、もうひとつのお仕事も、明日からお願いします」
オーナーの言葉に、ぱっと表情を明るくさせる。
「分かりました!どちらも頑張ります!」
手早く途中だった書類仕事を終わらせ、アーニャの待つ作業場へと向かう。
心ある同僚に、きちんと言うべきことを言ってくれる上司、それにやりがいのある仕事。
私、ここに来て良かった!
そう呟きながら、大量のポーション作りへと精を出すのであった。