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銀河戦國史 (連邦エージェント活動日誌)  作者: 歳超 宇宙(ときごえ そら)
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第8話 寝付けぬ夜 その4、朝食と鼎談 その4

 数日後のリカルドの寝室。今夜の彼は、眠れないどころかギラリと目を見開き、天井のひとすみをに睨み据えていた。

(俺としたことが、何という見落としを・・・・)

 領主を交代させる、などという決定を下す前に、グルサリルラリルを説得するという活動の前に、当然やっておくべきことに気がついていなかった。自分のことでありながら、信じられない、神経を疑いたくなるようなミスだった。

(危ないところだった。このまま話を進めていたら、とんでもない事態に・・・。多くの領民にも不幸を招いていたかも知れなかった。エージェント失格だ・・・。)

 数日に及ぶ説得の甲斐あって、グルサリルラリルは領主権の放棄への同意を示し始めていた。父親のやり方をただ継承するだけでは、領民をやしなってはいけない。一つのやり方に固執していては、変化に対応できない。そのあたりのことが、数日の説得を経て、ようやく理解されてきたところだった。

「やはり私は、領主を務めるには未熟だったのか。リカルド殿の言うとおり、別の領主のもとで研鑽をつみ直した方が良いのかもしれぬ・・・」

 眼の奥には、悔し気な色が残っている。今でも、心のどこかでは領主の座に留まれる可能性がないかと探っているような気配が、たっぷりと宿っていた。それでも、言葉に出してはそうつぶやいて見せた。

「御寛容、感謝いたします。あなたには苦渋の判断でしょう。お父上から譲り受けた、かけがえのない領主権を手放すというのは。初代領主殿が、命懸けで手に入れたものであり、歴代領主たちも、苦心を重ねて守り抜いて来たものでもあるわけですから。それでも、今は身を引くということの必要性をご理解して下さったあなたの御心の広さは、立派な領主へのポテンシャルを示すものと言えましょう。

 なに、再び領主の座に就くのも、そう遠い話ではありますまい。あなたに十分な素養のあることは、この私も確かに見届けましたからな。」

 慰めだけの言葉ではなく、リカルドは本気で、グルサリルラリルをそう評価していた。本質的には善良で、頭脳も明晰な青年なのだ。ほんの少しの間違った思いこみで、今回のような事態にいたってしまったのだと。

 時間をかけた説得が実を結び、引き受けた案件を丸く治められる見込みができたことへの安堵から出た言葉であったのも事実だが、彼への好意や、彼の背中を押してあげたい気持ちには、偽りはなかった。

「・・・・そうか、一人前の領主として立つのは、今しばらくは、あきらめねばならぬか。所領の知行は、今しばらくは、家臣の筆頭に預けるしかないのだな。そして、恋慕の情も断ち切らねばならぬのか。ソフィアのことを・・・・」

「・・・・?はて、ソフィア?」

「許嫁だ、私の。近隣領主の娘で、そこを治めるファミリーとの友好の証とするための政略結婚ではあるのだが、幼いころから何度も一緒に楽しくすごせる時間を持ち、心から愛し合っていた女なのだ。しかし、領主の座を継げぬのであれば、彼女との結婚も・・・」

「いやいや、それとこれとは、話が違うでありましょう。いったい、なぜ、領主を諦めることと結婚を諦めることが・・・」

「近隣領主との友好の証とするのであれば、領主の座をひき継ぐ者が彼女と結ばれねばならぬでしょう。家臣どもは、そう言っておりました。我が家臣が領主の座に就くのであれば、あいつが、私に成り代わって、筆頭のあいつが・・・・あいつめが、ソフィアを・・・・う、くっ・・・・ソフィアを・・・・」

 口に出すと、途端に悔しさが倍増したものか、グルサリルラリルは言葉を詰まらせた。

「そんなこと・・・・。近隣領主との友好など、他に方法はいくらでもあるでしょう。領主の座とソフィア殿の件が連動するなど、看過できる話ではありませんな。この国の歴史の中にも、私の知る限りそんな前例は、見かけた覚えがありませぬ。領主の座と婚約相手が、連動するなど・・・・。」

「しかし、ズゼーのやつは・・・我が家臣の筆頭の座にあるもので、領主権を継ぐとすればそやつとなるはずの男ですが、ズゼーが言うには、領主権もソフィアも、自分がもらい受けるのが領民のためだと・・・」

「何と身勝手な言い草、そんなことを言っていたのですか。わたしが事情を聞きにいった際には、誰もソフィア殿の名など、ひと言も口にしませんでしたぞ。それはきっと、主君の許嫁に横恋慕した家臣が、領民からの怨嗟や他の家臣の不満を悪用して、反乱のどさくさにまぎれての横取りを企てたのでしょう。確証はありませんが、そう考えるのが自然です。そしてそんなことは、決して認めるわけにはいかない。」

 その話が出て、リカルドは初めて、領主権を受け継ぐはずの家臣筆頭の適性や素行などについて、全く調べていなかったことに気がついた。グルサリルラリルが領主としてどうか、領民や家臣たちが彼をどう考えているか、といったことにばかり気が向いていた。現領主が能力不足で、領民が新たな領主を望んでいるからと言って、適性も素行も不明な家臣筆頭に任せきりにしてしまうなど、暴挙でしかなかった。

(今まで、それに気がつかなかったとは、なんて愚かなんだ。どこまで浅慮なのだ、わたしという者は・・・)

 横恋慕から主君の許嫁を横取りするような者なら、領主にふさわし徳などありそうにもない。リカルドは、筆頭であるズゼーを含め、家臣たちの適性や素行などについての徹底的な調査の必要があると痛感し、それの実施をグルサリルラリルにも約束したのだった。

(あの時、あの青年領主がソフィアの名を口にしていなかったら、どうなっていたのだろう。とんでもない男に領主権をひき継がせ、領民たちをより劣悪な苛政のもとにおき去りにしてしまっていたかもしれない。)

 そう思うと目がさえてしまって、眠る気になど全くなれない。天井のすみをにらみ続ける。そこに過去の、愚かな自分がしゃがみこんででもいるかのように、糾弾と軽蔑の視線を射込みつづけた。

(やはりダメだ、俺は。出来そこないだ。メイファーならこんなみっともない間違いは、ぜったいにやらないだろう。やはり、足元にも及ばないのだ、俺は、彼女の。彼女に憧れ、彼女を追いかけて連邦エージェントになったのだって、身の程知らずの軽挙でしかなかったのかもしれないな。)

「間違えないなんて、無理よ、人間なんだから。間違えたと分かった後に、どれだけ誠実に、どれだけ素早く動けるかが、大切なのだと思うわ。」

 メイファーのことを、かすかに思いうかべたとたん、いつか彼女にそんな言葉をかけられた記憶も、おまけのように一緒にうかび上がってきた。

 宇宙船の共同購入を引きうけ、不良品をつかまされるという失敗を犯した彼が、出資してくれた友人たちに申し訳ないと深く落ち込んでいた時、メイファーは言葉をかけてくれたのだ。

 元連邦軍の士官だった男をオーナーとする交易用のものであり、運用には多くの宇宙孤児を受け入れ、数千光年に渡る広大な宙域を巡り、何百もの星間勢力との通商に従事したのが、彼の買った宇宙商船だった。商業だけでなく、強武装を活かして有事においては、連邦軍指揮下の臨時戦闘艦を宣言して作戦行動に参加したこともあるという稀有な実績を聞いて、興味津々のあまり有頂天になって購入した船だったが、老朽化という基本的な注意事項に目が行き届いていなかった。

 超光速移動に耐えられないようなオンボロ船を買ってしまったのでは、広い宇宙においては事実上使い道がなく、友人たちの出資に報いることなどできない。購入した星系の外に運び出すこともできないのだから、話にもならない。

 取り繕いようもない初歩的な間違いをしでかしたリカルドだったのだが、メイファーは優しく慰めてくれた。彼女だって、決して軽くはない損失を被った一人であったにもかかわらず。

(ああいうときのメイファーの笑顔は、なぜあんなにも奥深くて、温かくて、愛くるしかったのだろう。いつも見ている笑顔から、いつもは感じないくらいの大きな包容力があふれていたんだ。)

 そしてその、いつのことかも分からない記憶の中のメイファーの笑顔が、今夜のリカルドの自責もやわらげてくれた。

 ギラギラと天井を見つめていたリカルドの眼が、いつしか力みから解放され、じわじわと焦点をぼやけさせていき、気がつくと穏やかに閉じられていた。まぶたの裏側のメイファーを、ぼんやりと眺めるかのように。

(そうだ。これからの行動が大事だ。ここから、誠実に、素早く、そうすれば・・・)

 過去のメイファーに慰められながら、癒されながら、今夜もリカルドは、眠りの海に漂っていくことができた。



「とにかく、今日にもまた、現地への調査にでかけるよ。どうにか宇宙船の手配もついたから、朝食を終え次第出発だ。」

 反省と自己否定を多分に含んだ報告の締めくくりとして、そう言いおえるやリカルドは、マルゲリータピザを口に押しこんだ。

「そうか。領主権をひき継ぐ側の見極めが不十分だったか。何回もその話を君から聞きながら、そのことを指摘できなかった私たちもふがいないな。何のために、互いの案件について報告し合っているのだか。済まないリカルド、頼りない同僚で・・・」

「いや、そんなことないさ、コボス。君たちだって難しい案件を抱えているんだし、君たちとの意見交換があったからこそ、ここまでたどり着けたのだから。」

「そう言ってもらえると助かるが、俺の方も、解決に向かっていると楽観していた案件において、思わぬ落し穴にはまってしまったからな。」

「領民を背後から動かしていた盗賊を制圧すれば、解決すると思っていた案件だったけど、そうもいかなくなったのだってな、トニー。」

「そうなのだ、リカルド。領民の間でも階級とか貧富の格差が大きくなっていて、反目し合っていたらしいんだ。それが盗賊に付けこむ余地を与えたし、領主への反発をエスカレートさせる原因にもなっていた。領民の間での反目も解消しなければ、根本的な解決にはならないことが、今頃になってようやく分かってきたんだ。俺も今すぐ、再度の現地調査に向かうことにしたよ。」

「そうか、よく宇宙船の都合をつけてもらえたな、俺も、トニーも。」

 リカルドは、胸をなでおろすような調子で言った。タキオントンネルを使って超光速での移動のできる宇宙船となれば、50人くらいの操船要員を集めなければいけない。2人が同時に緊急手配して、2人ともに確保できたというのは、奇跡というしかなかった。エージェントたちの活動をバックアップしている、この円筒形宙空建造物で営まれている連邦支部の機能やスタッフたちの能力に、リカルドはふかく感謝した。

「コボスの件も、まだまだ追加の措置が必要になったって聞いたぞ。」

 トニーが、これから吸いとるべきヨーグルトをスプーンの先端にすくいあげながら、質問を投げかけた。問われた方も、いくぶん覇気がなえた気配だ。朝食のとんこつラーメンをすすり上げる姿にも、勢いが足りない。

「ああ。タキオントンネルの無断使用という濡れ衣を着せられた集落民だが、過去に窃盗を犯して領主に損害を与えていたことが分かったんだ。今回の、領主が領民を使役したり濡れ衣を着せたりした事件も、それへの意趣返しの意味もあったらしいんだ。領主の側もほめられた行動ではなく、猛省してもらう必要があるが、領民の側にもそれなりのペナルティーがあって然るべきだろう。遠い過去とは言え、窃盗などという不誠実な行為が罰せられずに済んでいいはずがない。俺も調べが足りなかった。もっと早くに、領民の側にも罪があったのだという事実を、あぶり出せなくてはいけなかった。」

 頭をかいて話す彼に、リカルドが声を掛けた。

「必要なことすべてに目をいき届かせるというのは、やはり、難しいものだな。こういう失敗を糧に、さらにスキルを高めないといけないな、わたしたちは。」

「そういうことだな、リカルド。それで、コボスは領民の窃盗の件も、この国の政府に報告して適正な処分を依頼することになるのか。」

「そうだな。領民による窃盗についての詳細なデータは既に入手してあるから、それを関係する担当者に送った上で、具体的な対処法の策定は政府に任せようと思っている。今後、領主と領民の間に、良好な信頼関係が築かれていくような対処の仕方がなされていくように、こちらも監督の目を注ぎつづけながらな。」

 エージェント3人は、それぞれに解決しつつあった案件の思わぬ落とし穴に、足を取られた格好だ。そのことに動揺し、反省し、自責の思いをかみしめながらも、とにかくその失敗に対して誠実かつ迅速に対処しようと、決然とした眼の色をしていた。

 今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は、 2021/10/16  です。

 このシリーズの他の作品を多くお読み頂いている方がおられれば、なんとなく覚えがあるような言葉やシチュエーションが頭の片隅に出て来ているのではないか(出て来ていて欲しい)という場面が、本作中にいくつかあります。

 読んでいない方にも、作品の外側にも世界が広がっている感じを、持って頂いているのではないか(持っていて欲しい)と念じながら描いた場面でもあります。

 それに成功しているかどうかも疑わしいですが、それを意識するあまり、この作品自体を面白くする方がおろそかになっているのかも。

 二兎追う者は一兎も得ず、って結果になってしまっているでしょうか。

 しかし、二兎を追わなければ、描きたいと願っている世界を描けないとも思っています。これからも、二兎を追った作品を描き続けると思います。二兎を得るまで、追い続けようと思います。

 二兎を追っているっていう事実だけ、もしよろしければ、記憶の片隅に留めてやって頂きたいです。

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