第6話 朝食と鼎談 その2
「ああ、気が重いったらないよ。」
翌朝のリカルドは、やっぱりプレッシャーのただ中にいた。スクランブルエッグを口に運ぶ動きにも、勢いがない。
「そうだよな、分かるよ。」
コボス・レイヤーが、共感に満ちた目を向けてきた。「そのグルサリルラリル・ファタライスという青年は、わたしも映像では見たけど、表情の堅さといい、一点を見つめがちな視線といい、思いこみが強そうに見受けられたな。確信してきたことを否定されたら、自暴自棄にでもなってしまいそうな、もろくて危うい印象を受けたよ。薄氷に鉄球を乗せるようなものだな、彼への領主からの更迭宣告というのは。」
低い声が、リカルドとグルサリルラリルへの深い同情を示しているが、朝っぱらからエビフライにかぶりつく姿は、その声とは不釣り合いなものがあった。
「でも、不正行為については、動かぬ証拠が見つかっているのだろう?それを突きつけてみて、どういう反応を示すかだな。案外あっさり納得して、けろっとした態度で領主交代を受け入れるかもしれないぜ。自暴自棄が開き直りに直結した、みたいな感じでな。どうなるか分からないことを、あれこれ考えても仕方ないさ。ドンと構えて、ガツンと宣告してやることだな。気合が大事なんだ、こういうのは。気合が。」
分厚い胸板をそり返らせ、強めの鼻息を吹き荒れさせてそう言いはなった直後、背中を丸め口をすぼめて、トニー・クロコックはスプーンの上に小さく乗ったヨーグルトを、チュッと吸いとった。
「そうだな。宣告を受けて憤るとか絶望するとかっていうのは、こっちの勝手な想像でしかないものな。先入観をすてて、やるべきことを粛々とやらないとな。何にもやらないうちから気分を滅入らせるなんて、おかしな話だよな。」
気持ちを切り替えようとしてか、リカルドは水面のかがやいている小川に目を転じた。小魚が跳ねる光景と、それを狙っているのか、水鳥が水面をすべっていく姿が、リカルドの心をなごませた。生きて行くのに必須であり必死の活動を、何と優雅に和やかにやってのけていることだろう。
その水面をこえてきた風が、リカルドの前髪を小さく揺らす。ファンなどで人工的に作った風ではない。巨大な円筒形宙空建造物のなかでは、気温の偏りや変動によって、自然発生的な空気の流れが生じる。それを自然の風と呼んで良いのかどうかは分からないが、エージェント3人の朝をさわやかに演出する効果については、十分だった。
涼やかな風に、余分な熱を取り去ってもらった彼らの頭は、他の案件にも冷静な考察をかたむける余裕を得た。
「例のわがままな領民の件はどうなったんだ、トニー? 集落などの維持にかかる費用についての教育を進めているみたいだけど、ある程度の税負担は受け入れてくれっていう説得が通じそうなくらいに、領民たちの理解は深まったのか?」
ばかでかいエビにこんもりと衣がかぶさり、更にでかくなっていたエビフライを、それを上回るでかい口でひと口に飲み込んだ上での、コボスの問いかけだった。
「ああ、あの件は、軍隊の出撃を要請した。」
ヨーグルトを含んだ口が、物騒な言葉を紡いだ。
「おいおいおい、穏やかじゃないな、トニー。領民を、武力で制圧しなくちゃいけないような、逼迫した事態なのか?」
リカルドも、心配気に同僚を見やった。
「領民を制圧するわけじゃないさ。領民の集落のなかに、盗賊の一団がいつの間にか、こっそりと住み着いていたことが分かってな。領民のわがままも、そいつらに背後からそそのかされて、やっていたことだったのだ。残虐性で名高い盗賊に人質をとられた領民が、領主へのわがままを強要されたわけだから、説得に聞く耳を持たなかったのも無理もないところだったのさ。」
「盗賊を黒幕とした、領民のわがままだったのか。ずる賢いやり口だな。盗賊は数も減らないし、手口の巧妙化もすさまじく伸長していて厄介だな。こういう事態が明るみに出た以上は、軍を派してでも盗賊を始末しないと、解決は見込めないな。」
納得顔のリカルドに比して、コボスは疑問の表情を見せた。
「しかし、そのことに今まで気がつかないなんて、ちょっと鈍すぎはしないか、トニー? お前の先代から始まって、十年以上にわたって、その集落のわがままな領民に関する案件にかかわってきたんだろ。盗賊団なんてものの存在を、見落とし続けるなんて。」
「まあ、そう言ってくれるな、コボス。その集落というのが、星系の最外殻をまわっている惑星のL-4ラグランジュ点にあるものなのだ。領主の居館である人工惑星やタキオントンネルターミナルなどの主要施設から、50天文単位近くも離れているんだ。そんなところに、こっそり盗賊が入りこんでいても、そう簡単に気が付けるものじゃないさ。」
惑星の重力と、中心星の重力、そして遠心力、この3つの力がつりあうことで、惑星軌道上ではあっても惑星からずっと離れた位置に、物体を吸引し固定しておく作用をもった場所が作りだされる。何もないからっぽの宇宙空間が、物体を引き寄せ、補足し続けるのだ。大小無数の天体が、その空間の中に満ちている。惑星が1つあれば、その公転軌道上に3つのラグランジュ点が生じる。
主星から、もっとも遠いところにある惑星が作りだしているラグランジュ点が、今話題に上っているものだ。それの1つに作られた集落というのは、領主にとってもエージェントにとっても、目がいき届きにくいのは当然のことだ。
星系の外殻にある惑星は巨大でありがちで、それの生じさせるラグランジュ点も、点と呼ばれてはいても、おそろしく広大なものになる。そこにある無数の天体の1つをくり抜いて作った集落などというものは、常時監視など不可能だ。出入りや居住者の人数変化などを、把握しきれるものではない。
「そうだな。だからこそ盗賊も目をつけたのだろうな。」
コボスも納得したらしい。
「領民に被害の出ない形で、解決できることを切に願うぞ。残虐で名高い盗賊なら、追いつめられれば見境なく人を殺傷するだろうからな。余程うまくやらないと、領民の犠牲は防げないだろう。」
リカルドの目に憂慮がやどり、直ぐに同僚2人にも伝搬した。
「軍の出動を要請したからには、当面私たちには手は出せない。軍に任せるしかない。領民に犠牲の出ないことを祈りながら、成り行きを見守るだけさ。」
客観に徹した淡々とした言いまわしが、かえってトニーの憂慮も深いことを示している。派兵を要請した彼こそが、誰よりもこのことに気を揉んでいるはずだ。
連邦支部が保有している軍隊は、戦力的には申し分がないはずだ。派遣先のこの国より、連邦加盟国は科学技術の水準においてはずっと進んでいるので、それの持つ軍隊の能力においても圧倒している。数においては現地の国軍のほうが上だろうが、それを覆して余りある技術力の差がある。
ましてや相手は、ただの盗賊だ。国軍とでもまともに戦えばひとたまりもないのが、盗賊というものだ。組織力も装備のレベルも、国軍の足元にも及ばないどころか、まともに兵器と呼べるものすら持ち合わせていない場合だって多い。だから、連邦支部の保有する軍隊には、盗賊はどうあがいたってかなうはずがない。
といっても、相手は領民を人質にできる立場だ。勝つだけでなく、一人の犠牲者も出さないことが求められる軍隊の司令官たちは、さぞや慎重に戦術を検討していることだろう。
「この国の政府には、軍の出動への同意は取り付けてあるのか、トニー?」
「もちろんだとも、コボス。本来は政府の軍が取り締まるべきなのが、盗賊というものなのだ。だが、今の彼等には手が回らないらしいく、よろしく頼むとお願いされてしまったくらいさ。」
派遣先の統治者の承認がないとなると、色々と手続きが面倒になる。不可能というわけではないが、承認を得た方が話は単純になる。エージェントの活動には、色々な気遣いが求められるのだった。
「コボスの方の案件は、まだまだ様子見の状況がつづくのか?」
リカルドが話題を転じた。
「そうだな。」
考える目での、答えが返る。「領民を酷使したのに報酬も払わない上に、窃盗の濡れ衣まで着せるような領主なのだから、厳正な処分が下されるべきだ。できることなら、この国の政府に、それをしっかりやってもらいたい。盗賊を征伐するのは手が回らなくても、それくらいの裁定はやってもらわないとな。あれだけの証拠を、こちらでそろえておいてやったのだから、以降の裁定ができないはずはないんだ。」
「と言っても、この件の詳細情報を添付した上で政府に通報してから、ずいぶん時間が経っていないか?」
こんどはトニーがコボスに、疑問の顔を見せる番だった。
「そうなのだ。あと1日か2日待っても動きがないようなら、催促をしないといけないと考えている。客観的な証拠を十分すぎるくらいに並べてやったのにも関わらず、この程度の案件で催促なしに動いてもらえないとなると、政府への連邦からの技術支援なども見直しを迫られてしまう可能性があるのだがな。」
「そのことをちらつかせて脅しをかければ、動くのだろうが、そうなる前に動いてほしいものだな。自分たちが選んで任命した領主なのだ。責任を持つのは当然なのだからな。脅されなければ当然の責任すら果たさないような政府では、困るよな。」
「まったくだよ、トニー。政府内での権力闘争や予算の獲得合戦にばかりかまけていないで、もっと国全体の治政や庶民の生活などにも目を向けてもらわないとダメだよな、この国の上層部には。」
お互いの仕事の状況を確認し合う間にも、スクランブルエッグもエビフライもヨーグルトも、見る見る片付けられていった。今日も課題の山積している彼等には、朝食をゆっくり味わっているゆとりはなかった。優雅に水面を滑る水鳥も涼やかに吹きすぎる風も、かれらをスローダウンさせる効果は持っていないらしい。
数分後には、空になった彼らの着いていたオープンカフェのテーブルは、小川のせせらぎに洗われ、羽を休めたい小鳥の来訪をうけていた。
今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は、2021/10/2 です。
連邦エージェントの活動実態を描くために、3人のエージェントが抱える案件を平行的に記述しているのですが、少しこんがらがってややこしくなっているでしょうか?
リカルドが家臣の反乱の件、トニー・クロコックが我がままな領民の件、コボス・レイヤーが悪徳領主の件となっています。念のために整理しておきました。
政府・領主・家臣・領民・盗賊などのワードから、どんなイメージをお持ちでしょうか?日本のイメージか西欧のイメージのどちらかでしょうが、中世であるのは共通しているのでは?
中世のイメージだとすると、連邦エージェントとはどんな立場でしょうか?寺院-渡来僧-僧兵とか教会-牧師ー騎士でしょうか?
それらと共通点や類似点もあるでしょうが、決定的な差異というのも多いと思います。
歴史上の事実との共通点、類似点、相違点などを考えながら読んで頂けると、より楽しめる物語になっていると作者は身勝手に信じています。歴史にはあまり興味がない、という人にも楽しめる要素があるようにとも配慮しているつもりでいます。
作者の自己満足に終始していたら申し訳ないです。誰にでも楽しめるけど、歴史好きの人にはなお一層楽しめる、そんな物語を書けるように努力して行く所存なので、長い目でお付き合い頂けると有難いです。