第2話 寝付けぬ夜 その1-2
そんなわけだから、地球系人類が中心になって設立された銀河連邦は、宇宙系人類のうち立てた国に対して、技術や物資における支援を提供しつつ、一方でそれらの国を民主的な政治体制へと誘導する、という役割を担うことになったわけだ。
リカルドは、地球系人類が樹立した星系国家に含まれる惑星に生まれ育ったので、いま赴任している国のくらしぶりにも、封建的だったり独裁的だったりする政治体制にも、なじみが薄い。
岩石でできた惑星や衛星などの地上に居住の場を求めない、という宇宙系人類の価値観にも、リカルドは面食らった。
地球系人類にとっては、宇宙に植民するといっても、地球にできるだけ条件の近い惑星や衛星などを見つけ、広大な居住空間をもつ地上施設を作るか、もしくはテラフォーミングを実施するなどして、地球上と同様のくらし方が可能になってから移住を始める、というのが当たり前だった。
その点宇宙系人類は、ガス惑星の衛星軌道に宙空建造物を作ったり、重力も希薄な小惑星の内部にふわふわ浮かんで生活したりといった形で、岩石で出来た天体を大地として踏みしめることもなく生きるのが、一般的だった。長い宇宙放浪を経るうちに、“重力の底”に降りることに恐怖を感じるようにすらなっているという。リカルドには、大きなカルチャーショックだった。
そんな、彼には異質である文化をもつ国の、封建領主である青年が、通信モニターの中からリカルドを見つめているのだった。
「わたしは、銀河連邦エージェントのリカルド・ブロッカーです。何か、お困りですかな?」
できるだけ事務的に、と意識したリカルドの問いかけの声には、やや硬さが出てしまっていた。
この国の政治体制を民主的なものに誘導する、という彼らの目的からすれば、独裁的権利を有する領主というものには、否定的な気持ちを向けてしまいがちだった。民主制を強要することも最上最善だと決めつけることも銀河連邦の趣旨ではなく、あくまで民主制の利点を理解してもらった上で、自主的にそちらを目指してもらうように仕向けなくてはいけない。
現地での現状の政治体制やその国が選んだくらしぶりも、尊重しなければいけない。頭ごなしに何かを否定することは、認められていない。それが銀河連邦のエージェントだから、救援を求めてきた独裁領主にも、否定的な態度などとるべきではない。
そうは認識していてもリカルドは、独裁領主というものに柔和な話しぶりというのは、なかなかに致しがたいものがあるのだった。
どちらかといえば、独裁領主の横暴から領民を守る、ということこそ、彼らの任務であるように思えていた。千年以上にわたって独裁的な支配体制を敷いてきた国に、いきなり民主制を導入させるのも無理があるから、領民の権利を少しずつ拡大し、主権や自己責任への意識を領民に根付かせ、領民の側から民主体制を要求する運動を引き出し、銀河連邦がそれを後押しする形で領主や政府に要望していく。そんなシナリオを、彼らは描いている。
そして今この国においては、領民の権利を少しずつ拡大していく局面だ、と彼らは見立てている。領民から色々な訴えが出てくるのが、当然のところだ。領主の側から、独裁的支配者の側から救援を求められるというのは、何か筋違いなものを感じてしまうのだった。
だが、事情も聞かないうちから、頭ごなしに否定や拒絶など、銀河連邦のエージェントという立場では許されない。まずは真摯に、相手の話を聞かなければならない。
事務的な口調でその意志を示すのが優秀な銀河連邦エージェントというものなのだろうが、リカルドは、ややしくじったかもしれなかった。独裁領主という存在への反感が、声の硬さとして表に出てしまったかもしれない。
「うむ。我が一門の暴虐な家臣による身勝手な反乱で、食邑の経営が困難な状況に立ちいたった。即刻現状を回復して頂きたい。わが『ファタライス』ファミリーの知行の継続のために、銀河連邦の全力を即座に提供してくれたまえ。」
高圧的、ともとれる言いまわしだった。銀河連邦を、臣下の1つとでも思っているかのようだ。政府に認められている以上、自分たちに支配者としての権力があるのは当然で、自分たちが君臨してこそ領民にも平穏や幸福が訪れる。銀河連邦に良識や民衆のくらしを思う気持ちがあるのなら、自分たちの権力維持に協力するのは当たり前のことだ。そんな主張をにじませる青年領主――グルサリルラリル・ファタライスの発言だった。
だが、声はかすかに振るえ、眼もすこし泳いでいた。連邦が自分に協力するのは当然だと思いこんでいる、というよりは、そのはずだと自分に言い聞かせながら話している、とリカルドは見た。先代棟梁や周囲の大人から、そう言い聞かされて育ってきたのだろうし、そうでなければ困ってしまうのだろう。
それに絶対的な確信があるわけでもないが、そうでないと困るから、連邦の協力を得られるのは当然であるかのような言葉を、ことさらに高圧的な態度で言い放って見せているのだろう。棟梁となるべく育てられ、いわゆる“ 帝王学 ”的なしつけをうけた結果かもしれない。
「今おっしゃられた、『ダンゲレ』とかいう領域を食邑として経営する権利は、あなたの国の政府から与えられているものではありませんか?」
「そ・・・・そうだ。」
「ならば、それの回復も、あなたの国の政府に依頼すべき事柄で、我々のような銀河連邦のエージェントに協力を求めるのは、筋違いではないかと思いますが。」
「何を言う。銀河連邦は、我が国の安寧に協力するために、ここに支部をおいているのだろう。」
「ええ、その通りです。」
「ならば、わが一門の権力維持に協力するのは、必須のはずだ。我等が支配者として君臨することなしには、『ダンゲレ』領域に平穏など、訪れるはずはないのだから。協力しないなどという選択肢は、ないはずだ。」
そう教わってきたのだろう。そして、そうでなければ困るのだろう。だが、眼は泳ぎ、声は震えている。当然だと言いきかされて育ってきたことが、外の者には通じない可能性を彼は意識している。だが、権力の維持は当然であってもらわねば困るから、高圧的にそう言い切って見せて、押し通そうとしているのだろう。
「あなたがたの一門による独裁だけが、領民の安寧の、唯一の手段だとは思いません。他の領主をたてる道もあるでしょうし、領民が自主的にリーダーを選出し、その者を中心にして自分たちの責任において運営していくというのも、不可能ということはありますまい。」
「ま・・・・まさか、そんなこと。領民などというのは、無知で短慮で依存心のかたまりのような連中なのだぞ。そんな者どもに、自主的な運営など・・・」
「今は、そうかもしれませんが、しかるべき啓蒙を実施したり、外の世界の、自主的な運営のなされている集団などを見分する機会を与えたりすれば、あなたの所領の領民にも自主独立は可能なのではありませんか。」
「な・・・・なぜ、そんなことをするのだ?我がファミリーが『ダンゲレ』領域を支配するのは、政府によって認められた当然の権利なのだ。ここを支配しつづけてきた、何百年という歴史と伝統もあるのだ。なぜ、啓蒙や独立など・・・」
「あなたのおっしゃるように、あなたの一門の支配権は、あなたの国の政府によって与えられているものです。ですから、それの維持への助力は、あなたの国の政府に要請すべきであって、我々に要請すべきものではないでしょう。我々としては、領民による自主的な運営に近づけていきたと考えているのですから。」
「まさか、民主制などという遠い国の制度を、わが『ダンゲレ』領域に押し付けようとしているのか。」
「いいえ。銀河連邦は、民主制を強要するつもりはありません。ただ、法の支配と人権尊重の意識は、求めております。特定の人間の意思だけで、多くの者の利害に関わる物事が決められてしまうとか、一部の者がぜいたくをするために、他の者が貧苦にあえがなければならないとか、そういったことは許されないと考えています。
その為には、法の支配と人権尊重の意識は、何としても根付かせて行きたいと考えておりますし、それが浸透していった先には、必ず民主制というものが求められてくるはずだ、というのが銀河連邦のスタンスです。」
「ば・・・・バカな。民主制などが導入されては、我が『ファタライス』ファミリーが政府より与えられ、数百年のあいだ守りつづけてきた支配権限は、どうなるのだ。祖先代々受けついできた伝統を、予の代で絶やしてしまうようなことになったら、予は・・・」
「ですから、政府より与えられてきた権限や伝統に関しては、政府のほうに相談して頂くのが筋です、と申し上げておるのです。銀河連邦は、政府の出先機関ではございませんぞ。」
「う・・うう、しかし、政府に協力して、この国を安寧に導くために、銀河連邦はここに支部を・・・」
「そうです。そして、領主による独裁的支配が、この国を安寧に導く道であるとは考えていません。我々としては民主制の導入のほうがよいと考えてはおりますが、まずは法の支配と人権尊重の意識をこの国に根付かせ、その上でこの国の民衆から自発的に民主制の要求が起こるのを待つ、という形で進めます。強制したり押し付けたり、などはしないつもりですが、民主制に導くことでこの国に安寧をもたらす、というのが我々の方針であることは変えられません。少なくとも、あなたの一門の独裁権限の維持に積極的な協力をするのは、銀河連邦の仕事ではありません。家臣の反乱に関しては、政府のほうに相談されるべきだと考えますが、いかがですか?」
「う・・・・、そ・・・・それは・・・・。家臣の反乱を招いた、などということが政府に知られれば、領主としての力不足を指摘され、領有権を召しあげられてしまうかも・・・」
「つまり、家臣をしっかり掌握して反乱を起こさせない、というのが、政府が領主を選ぶうえでの条件になっているのでしょう?そしてあなたは、反乱を招いてしまった。今日まで何百年も領有権を守ってきたということは、先代までは反乱を起こさせなかったか、もしくは反乱の事実が表面化する前に鎮圧できた、ということでしょう。そしてあなたは、それに失敗した。だから、我々に反乱鎮圧の協力を求めてきたわけでしょう?」
「・・・だから、あきらめろ・・・と、言うのか?反乱を招いたのだから、領主失格だと・・・」
「それを判断するのは、あなたの政府です。失格と判断されることを覚悟してでも、この反乱については、政府に相談されるのが筋だと申し上げているわけです。」
今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は、 2021/9/4 です。
これまでの投稿作品の後書きでも書いた気がしますが、宇宙モノのSFにおいて、宇宙での人の暮らしの舞台がほとんど「惑星」の上に限定されている、特に地球そっくり惑星で地球同様の暮らしをしている、というのが大半を占めている(と作者は思い込んでいる)ことが不満でした。
現時点で地球そっくりの惑星なんてのは発見されていないし、一方で色んな天体が天文学の成果として見つかっている。それにもかかわらずSFの中では、現実には見つかってないような惑星の上というものばかりが物語の舞台になっている。それがダメだというわけじゃないが、もっと天文学が見つけ出したリアルな宇宙の姿を土台に、人の暮しが営まれ人類の歴史が展開して行く様子を描く作品があってもいいのじゃないか。
そんな気落ちが、作者がSFの執筆に挑戦する動機になっています。
「銀河戦國史」シリーズでは地球系人類は、地球っぽい天体に住みたがる傾向が有りますが(それでも「惑星」に限定しないようにはしてる)、宇宙系人類は色んな天体に住み着いています。慎重に安全確実に宇宙へと進出する地球系と、核戦争から逃れて拙速に宇宙へ進出した宇宙系の差です。
こういったリアリティーにこだわって書いているつもりなので、生活の舞台としての宇宙というものに注目して頂けると嬉しいです。