賭けの結末
窓を見ると、黒色の膜が張られている。
──膜には、呪い魔法の気配が感じられる。これは、サリアの魔法か。
弾かれる事以外に実害がないところを見るに、監禁用に特化した呪いだろうか……
「やったあ」
「悪いが、我々は君を舐めはしない。諦観なんてしてないと思っていたよ。今までNo.1勇者パーティの回復士を務めていた者を侮って不意を突かれるなんて馬鹿のすることだろう? 君の対策は十二分に打ってある。確かに、君の魔法は予想外だったが、それでも想定の範囲内だ。全ての出口はあらかじめ指示してサリアに塞がせてもらっている」
後ろを見ると、出入口の扉も黒い膜が張っている。あれも同質の魔法なのだろう。
「おい、セオドア。遊んでないでさっさと殺してくれ。他に策がないとも限らない」
「……ああ! やってやるよ!!! 殺してやる!!! この雑魚がああああああ!!!」
セオドアが僕の結界を割り、僕と距離を詰める。
「ちょっ……待っ──」
「調子乗ってんじゃねえ! 死ね!!!」
憤怒の表情でセオドアが僕に斬りかかる。僕も拘束がなくなったため自由に動けるが、勇者のセオドアと回復士の僕じゃ、あまりに彼我の身体能力の差が大きい。
一太刀も避ける事叶わず、僕は胴を横薙ぎに斬られた。
「ぐぇっ……はっ……」
僕の上半身と下半身が分かたれる。聖剣から燃え盛る炎に止血されて血こそ出ないが、焼き切られ、治らぬ痛みは筆舌に尽くしがたい。
「おらァ! 2度と足掻けねえようにバラバラにしてやるよ!」
手。肘。首。二の腕。足。指。ふくらはぎ。腿。脛。腹。胸。顔。
胴を分断された時点で致命傷だった僕の身体が、セオドアによってさらに小刻みに分割されていく。既に痛みはなくなってしまっていた。
万事休す。ここから逆転できる手段が何も思い浮かばない。
──奴らの方が僕より1枚上手だった。
もう、だめか……どうせ死ぬなら、最後にシラヴィア……様に会いたかっ……
僕の頭の記憶が巡る。
村から出て行って冒険者になる事を応援してくれた両親のこと。秘密を一回だけ破りシラヴィア様の事を話したら、一緒に探してくれた幼馴染のこと。優しかった村の皆のこと。そこでの思い出。冒険者として、慌ただしく雑多で大変だった日々……そして、シラヴィア様との出会い。
そんな走馬灯のようなものが流れた。僕はもうバラバラだ。どこで考えているのかも分からない。生きているのかも怪しい。思い出したところで何も出来ない僕には意味のない──
(「後は童の頑張り次第じゃ。頑張るのだぞ」)
──っ!? シラヴィア様!
それは、かつてシラヴィア様が僕に回復魔法を授けてくれた時の記憶。僕はその回復魔法を使い、生き永らえた。あの方のおかげで、今の自分がある。
刹那、脳裏にその時の光景と1つの仮説が思い浮かんだ。
仮説というには確証もなく突飛で馬鹿馬鹿しい。死の間際に見た妄想なのかもしれない。僕自身こんなこと考えた事もなかったし、今の今まで知らなかった。意識の外での出来事だったのかもしれないが、正直真実かどうかも怪しい。
──でも、シラヴィア様との邂逅の記憶が、一縷の望みを垣間見えさせた。
死ぬ直前、僕は最後の魔力を振り絞り、瞳の前に集める。
──その魔力は、何の魔法も発動させることは出来ずに……、
ライオは、完全に、息絶えた。