千載一遇のチャンス
後は、タイミングだ。頭の中で考えていてこちらを見ていないローガと、僕への興味を失っているサリアは、もう遠く離れているし問題ない。セオドアが油断したときに賭けに出よう。
僕は伏して機を待った。そして、僕の左腕が肩までなくなった時にチャンスは訪れた。
セオドアが僕の肩から流れる大量の血と、だんだんと鈍くなっていく僕の反応を見て、目を細める。
「おいおい、こんなに早く死ぬんじゃねえぞ。まだまだ足りねえ。片腕も足も胴も残ってるじゃねえか。全部斬り刻んでやるから、それまでは死なせねえ。止血してやるよ」
セオドアは皮肉を口にしながら、聖剣に魔力を流し込む。
すると、聖剣は勢いよく燃え上がった。
その炎で僕の止血をする気なのだろう。実に悪趣味だ。
しかし、セオドアが魔力を流した時、意識が僕から外れ、聖剣に向いた。
──ここしかない。
僕はその瞬間、あらかじめ構築していた2つの魔法を展開した。回復魔法ではない。僕が回復魔法以外で使えるたった2つの魔法。
『隠蔽魔法』と『結界魔法』だ。
『隠蔽魔法』は、対象を隠して発見されづらくする魔法で『結界魔法』は、透明なバリアを展開する魔法である。
使うのは、本当に久しぶりだ。
これは、勇者パーティに加入する前に覚えた魔法である。回復士としてまだまだ半人前だった頃に、戦闘の足手まといにならないような手法を模索した結果である。
結局、その後に常時回復し続ける魔法を習得したことで、隠れる必要もバリアする必要もなくなってしまった。
──例え、不意打ちだろうとまず殺しきられる事はないのだから。
でも、殺される事はなくても死んだら動きが止まってしまう。だから、その後は回復魔法を極め続けた。スムーズに回復できるよう、仲間が上手く戦えるように。
流石に今回のような事態は想定していなかったし、回復魔法の修行に集中したかったため、『隠蔽魔法』と『結界魔法』は極めず、使うこともなくなった。
──だからこそ、勇者パーティのメンバーの前でも使ってないし知られてもいない。確実に不意を突けるはずだ。
懸念点は2つあった。
1つ目、久しぶりだから失敗しないかどうか。
2つ目──これが1番の賭けだが──、サリアの『起動不可』の呪い魔法が回復魔法以外にまで効果が及んでいるのかどうか。
どちらかでも賭けが失敗すれば詰むこの状況で──
──運命は僕に味方した。
『隠蔽魔法』と『結界魔法』は、両方とも無事に発動した。
回復士としての修行中に半端に習得しただけなので、構築に時間がかかってしまった上に、2つとも精度はあまり高くないし効果時間も短いがこれで充分。
セオドアが目を離した隙に発動した『隠蔽魔法』により、一時的に視界から僕の事は完全に除外される。少しの間、意識が向けられるのを遅くできる。
そして『結界魔法』を僕とセオドア達の間に広く展開する。広い分強度は低めだが、戸惑いはするだろうし、時間は稼げるはず。
さらに、セオドアの聖剣を持つ方の腕を中心にもう1つ結界を張る。『結界魔法』は性質上、物体を貫通して発動することはできないが、だからこそ、結界はセオドアの腕を締め付ける様に拘束する形で展開された。
いくら怪力のセオドアと言えども、ゼロ距離の結界を壊すのには時間がかかるだろう。
『隠蔽魔法』と『結界魔法』によって強制的に作った隙──これだけの時間があれば、ここから10m程離れた魔王の玉座の斜め後ろ──戦闘の余波で割られた──窓から逃走することが出来る。幸い、僕が1番窓に近い。
ここは魔王城の3階だ。痛いだろうが、地面には草木が多いし生き残れない高さではない。落ちたら即また『隠蔽魔法』を使い、人里まで逃げる。魔王城の周りには森が広がっている。決して分が悪い賭けではない。
足を縛っていた縄をもう1つ展開した結界の端の鋭い部分に勢いよく当てて千切る。そして勢いよく立ち上がり、窓にめがけて全力で走る。
「……あっ! てめえ! 待ちやがれ!!!」
「「……っ!?」」
──残り5m、セオドアもローガもサリアも隠れて逃げ出した僕に気が付いた。
だけど、十分逃げ切れる。後1秒足らずで外に出られる。
セオドアの声に耳を貸さず、僕はダッシュで窓枠を越えて飛び込む。
よし!賭けに勝っ──
「サリア、やってくれ」
「はあい」
──声と同時に僕は大きく後ろに弾かれた。