裏切りと思惑
「は?」
一瞬の出来事に、何が起きたか理解できなかった。僕の体が、いや世界がグルグルと回っている。
──いや、回っているのは僕の首だ。くるくる、くるくる。
取り敢えず、あらかじめ僕に掛けられていた回復魔法が正常に発動し、身体が元通りに修復された。
「ちっ、やっぱこの程度じゃ死なねえか」
言いながら、セオドアは僕の身体を聖剣で斬る。回復魔法で治しているが、僕には、この状況が理解できない。
「ちょっと!? 何するんだ!? やめてくれ!」
「何するも何も、てめえをぶっ殺すに決まってんじゃねえか。やめるわけねえだろ」
にへら、と笑い、至極当然のように言うセオドアに僕の脳はさらに混乱する。
ワケガワカラナイ。ヤツハナニヲイッテイル?
何か精神に作用する魔法だろうか? セオドアに訴えても埒が明かない。
「ローガ! サリア! セオドアがおかしい! 助けてくれ!」
明らかにおかしくなったセオドアの暴挙を止めるべく、僕は2人に助けを求める。
すると、2人とも僕に近づいてきた。
そしてローガとサリアは僕に向けて、こう言い放った。
「ライオ君、死んでくれないか」
「ライオくん、殺させてくれないかなあ?」
…………。
「え……何……言って……?」
嘘だ。おかしい。何なんだこれは? 討伐した魔王の呪いなのか?
そう考えているうちにも、ローガとサリアが見ている中、セオドアによってずっと僕の身体は斬り続けられている。
元々、限界が近かった僕の残りの魔力が減っていくことに、恐怖を覚える。
こんなところで僕は死ぬのか……?
「……皆……正気じゃなくなったのか……」
折角、人類の悲願である魔王討伐を成し遂げたというのに……
絶望して、思わず出た言葉。それにセオドアが苛立たしげに反応する。
「あ゛――。勘違いすんなよ。てめえ。俺たちゃ別に狂っちゃいねえ。これは予定通りだ。変な勘違いされたままだとイラつくし、てめえを殺しても気持ちよくなれねえ。てめえを殺すこの計画はここに来る前から決まってたんだよ。なあ、ローガ」
「……は?」
僕を殺す『計画』? 何故、僕が勇者パーティの仲間に殺されようとしているんだ?
僕は、ローガに顔を振り向ける。
ローガは、真面目な男だ。No.1勇者パーティのタンクを任される強靭な肉体に、冷静な判断を下せる頭脳を併せ持つ。普段から僕らのパーティの戦術担当であり、魔王討伐の布陣を組んだのも彼だ。
普段から僕に何かと難癖をつけてくるセオドアは置いといて、彼がこんな事に加担するなんて信じられない。
彼は、頭が痛そうにこめかみを少し抑えると、
「ああ。僕らは正気で君を殺そうとしている。帝国の第一王女、グロリア様は知っているだろう? あの預言者に『世界最高の回復魔法使い』と呼ばれたお方だ。皇帝陛下から『魔王討伐の暁には、グロリアを勇者パーティに入れてくれないか』と打診を受けてね。次に行く予定の『瘴気のダンジョン』には、回復士としてグロリア様を連れていく事にしたんだ。回復士としての実力も世界最高。ライオ君も大概あり得ない回復士ではあるけど、グロリア様はライオ君よりも凄いのさ。分かるだろう? 同じパーティに2人の回復士が居るとどうなるか。そう、2人は実際の実力より低く評価される。もっと言えば半人前扱いされるのさ。グロリア様にそんな無礼あってはならない。No.1勇者パーティには、世界最高の回復士は1人でいい。皇帝陛下からも言われたよ。グロリア様を入れる場合は、君を外してくれって。それに、グロリア様と『瘴気のダンジョン』を攻略した暁には、最高の勇者パーティとして我々全員に『伯爵』の位を授けるという約束もしていただけた。最高の栄誉だろう? 2位以下の奴らとしのぎを削る必要もなくなる。我々は、世界を救った勇者パーティとして帝国貴族に迎え入れられる! ……だから、ライオ君の存在はもう邪魔なんだよ。君自身に特に恨みは無いが……我々の栄誉の為に死んでくれないか?」
早口で一気にローガは捲し立て、咳払いした。
なんて理不尽な理由なんだ。色々言ってたが、つまり僕が邪魔になったってだけなのか。そんな理由で、今まで一緒にやってきた仲間を殺すのか。いや、ローガは僕の事を仲間とも思っていなかったのかもしれない……。
僕は、ローガが露にした本性に息を飲む事しかできなかった。
その間に裏では、斬り続けも埒が明かないと思ったのか、セオドアが斬るのを中断し、僕の手足を縄で縛り、動けないようにしている。回復するための魔力がなくなる前に殺すのを中断してくれた事にホッとしたが、一般的な回復士程の身体能力しか持たない僕には、どのみち逃げ出す手段はない。
ローガの目を見るが、彼はこちらを見ているが僕を見ていない。彼の頭の中は、これからの策略でいっぱいのようだ。
いや、待てよ。ローガの目的が僕のクビなら──、
「じゃあ、街に戻ってからクビにすればいいんじゃないか!? そうだろ!? 何も僕を殺す必要ないじゃないか!? 帝国との話も聞かなかった事にするからさあ!」
恥も外聞もなく、大声で懇願する。
人々を助ける命を使い潰す覚悟はしていたつもりだった。だが、誰かの思惑のために嵌められて死ぬなんて、こんなふざけた死に方はしたくない。
生きる目があるなら賭けるしかない。
「おい、てめえ──」
「セオドア君。君はライオ君が動かないように気を付けておいてくれ。さて、君の質問に答えてあげよう。端的に言えば、君の提案にはノーを突きつけざるを得ない。というのも、それには2つ問題点があるからだ」
苛立つセオドアを抑えてから、ローガは指を2本立てる。
「1つ、君がこの話を広めない保証がないから。ある程度は情報統制できるが、市勢に広まってしまったらデメリットでしかない。2つ、君をクビにするのは不自然だから。そうだろう? 人類の脅威、魔王を倒したNo.1勇者パーティの回復士がクビになるって何事だろうね? それは、自ら申し出た場合も同じ。勘ぐる奴は多いだろう。なんで、彼は辞めたのだろう? ってね。その後、グロリア様が加入なんてしたら、君のクビと紐づける奴もいるだろう? No.1勇者パーティの足を引っ張りたいやつなんて無数にいるからね。ただでさえ、これは隣国の帝国との密約なんだ。万が一、露見してご破算になったりしたら困る。だからこそ、君には死んでもらわなきゃいけないんだ。世界最高のNo.1勇者パーティ。その回復士であるライオ君が、魔王との戦いで致命傷を負いながらも最後まで諦めず、仲間をサポートし続ける。そして、魔王討伐と引き換えにその命を落とした。皇帝陛下がその雄姿に感動し褒め称え、彼の安息を願い、それからの旅の供をグロリア様に命じた。そんなドラマチックなシナリオになるんだ。素晴らしいだろう?」
自己陶酔してるのか、ローガは芝居がかった風に語調を強める。
……絶句した。人間、欲が絡むとこうまで狂気に陥れるのか。口調こそ同じだが、今までのローガとはまるで別人、ローガの皮を被った悪魔なのではなかろうか。
……いや、これが彼の本性だったのだろう。長い間同じパーティの仲間として過ごして、信頼関係を築けていたとは思っていたが、彼の事を本当に知れた訳ではなかったらしい。