果実酒
時は少し遡り、宿屋2階、シラヴィアの部屋。
コトネからのパーティ申請の相談を受けて話に乗っている最中に、シラヴィアは宿屋前の広場が騒がしくなっている事に気が付いた。ベッドから身を起こし、窓から外を覗くと、宴会が催されていた。そして酒を飲み交わす大人達の中に、同じく酒を飲んでいるライオを見つけた。ライオは、その宴会の主役のような位置取りに座っている。
(……帰郷した者の無事を祝福する催しじゃな)
その存在に郷愁を感じる一方で、シラヴィアはある案を思いついた。
「のう。嬢、あの宴は嬢も参加できるのかの?」
「ん? ああ、広場の宴会の事? あたしもう17歳だから一応参加は出来るよ? まだ参加したことはないんだけどね。それがどうしたの?」
「なるほどのう。では嬢もあの宴に参加して、ついでに童にパーティの件を聞いてみたらどうじゃ? 酒が入れば、少しは言いやすかろうて」
「……え!? あの宴会にライオ居るの!?」
コトネは驚き、身体を窓に向け広場の方向に注視した。
「居るぞ。遠目でよくは見えぬが、ほら、中心辺りに居るのは、童じゃろう? どうやら今夜の主役のようじゃの」
「ホントだ……皆に囲まれてる……、そっか。ライオが帰って来たから……」
「うむ。そういう事じゃ。じゃから、嬢が童の下に行って酒を飲みながら話しても違和感はないじゃろ? 自然に相談を切り出す前振りとしても十分じゃと思うがのう。どちらにせよ、今回を逃したらまた次回があるとは限らないのじゃから、取り敢えず行ってみればどうじゃ?」
「そっか……。……うん。そうだね! 頑張る、行ってみるよ! ありがとうね! 師匠!」
少し押し黙った間に、頭の中でライオに相談するシミュレーションしていたのか、コトネの顔は早くも少し赤くなっていた。だがしかし、挑戦してみる勇気は湧いたようだ。
「うむ。健闘を祈るぞ」
「うん!」
そう元気に返事すると、コトネは部屋から出て、ライオの居る広場へと足を進めた。
シラヴィアはそんなコトネを窓から微笑ましく眺めていた。
────────
そして少し時が流れた。
シラヴィアは部屋に置かれた椅子に座り、窓の外を覗いている。
──広場では計画通りに、同じテーブルを囲むコトネとライオの姿が見えていた。
「……頑張るのじゃぞ。嬢」
先ほどの初々しく赤い顔をする彼女の姿を思い出し、シラヴィアは小さく声を出して応援する。
ライオがどういう返答をするのかは分からない。
だがコトネは、彼の事を想って今まで修行してきた。彼と共に歩めるように。足手まといにならないために。
その姿を師匠として見てきたシラヴィアとしては、コトネには報われてほしいと思う。それはライオの都合を無視した、シラヴィアの一方的な願望である事は理解しているが。
酒を飲む2人の姿を遠目に観察しながら、シラヴィアも1階のカウンターで買った果実ジュースを飲む。こんな人間的な飲み物を飲んだのも実に久しぶりだ。イチゴモドキの時もそうだったが、甘さが身体に染み渡り、幸せな気持ちになる。
そんな気分に浸っているタイミングで、シラヴィアの部屋の扉がコンコン、と2度ノックされた。
「こんばんは。話があるのだが、入っても良いか?」
「……」
声の主が分からない。宿泊を決める時に話した宿のオーナー──平たく言うとコトネの両親──の声ではない。そしてこの村には、ライオとコトネくらいしかシラヴィアの事を知る者は居ないはずなのだが。
魔王として培った勘が警鐘を鳴らす。シラヴィアは扉の向こうの相手に対して、警戒態勢をとる。シラヴィアとて、相当に戦いの心得はある。余程の手合いでない限り、不覚を取る事はないだろう。
仮に強盗の類でも対処できるよう、準備をしたシラヴィアは訪問者を招き入れる。
「……入るが良い」
「失礼するよ。実はさっき広場に行ったら宴会がやっていてね。果実酒を貰ったんだけど、俺はどうにも果実酒が苦手で飲めなくてね。君は確か甘いものが好きだっただろ? シラヴィア。だからあげようと思ったんだ」
「……っ! 主はっ……!」
ベラベラと話しながら、片手に果実酒のグラスを持って入って来た男は、シックな服装に身を包んでいた。コトネが言っていた特徴と合致する。イチゴモドキを買ってくれたという『旅人さん』だろう。
──だが、そんな事より。
問題なのはその人物の正体。この村のみで育った、言うなれば田舎者のコトネには分からなくても仕方ないが、シラヴィアは、そして恐らくはライオもこの人物の顔を知っている。
現代の世界で、1、2を争う超有名人。
1人で一国の王と対等なほどの権力者。
人類で唯一、完全なる不老不死を体現した者。
──神からの預言を受け、世界の行き先を見定める者。
その名は、
「この村に何をしに来たのじゃ……! 『預言者』──デイス!」
シラヴィアは、怒りの感情を込めて彼の名を吼えた。




