幼馴染
「うん。あたしはこの通り、元気だよ。だけど、ライオこそ5年も何してたのさ! 全然連絡もくれないし……、いや別にライオの自由なんだけどさぁ……皆、心配してたよ?」
5年前とほとんど変わらない、溌溂とした声に少し童顔な美少女。
コトネは怒ったような、拗ねたような口振りでライオにそう尋ねる。
5年も連絡できなかったのは自分の落ち度のため、ライオはバツが悪そうに頭を掻く。
「ごめん。冒険者が思ったより忙しくてさ……、心配かけて悪かったよ」
「んーん、あたしは別に構わないけど。帰って来たんなら皆にも顔見せてあげなよね。ライオのパパママなんて特に今、凄く心配してるんだから」
「分かった。すぐ行くことにするよ。……特に今?」
ずっと連絡も無いのに、今さら急に心配される事なんて……、
──まさか。
「知らない? 村でも結構噂になってるんだけど。最近、魔王がNo.1勇者パーティに討伐されたらしいの。でもその戦いでNo.1勇者パーティの回復士が死んじゃったんだって。ほら、No.1勇者パーティの回復士の名前って『ライオ』じゃん? まさかとは思うけど、名前が同じだからもしかしてってね。まぁ、あんたがそんな凄い奴な訳ないんだけど、杞憂で済んで良かったね」
「──はははは。そんな事があったんだね。最近、野宿ばかりで人と会ってなかったから、知らなかったよ。ねえ、シラヴィア様」
思わず、ライオの口から乾いた笑いが漏れる。
まさか、もう話がここまで出回っているとは。考えていた以上に早い。──もしくは、天災魔法が発動したタイミングが存外に遅かったのだろうか。
「そうじゃなあ。何日も森の中に居たからのう」
ライオから突然話を振られたシラヴィアも、魔王討伐の話が出て少し顔に冷や汗が流れているが、彼の話に合わせるよう頷く。
──まさに茶番だが、ここでバレるのは非常にマズい。
幸い、コトネが何かに感づく様子はなく、それからシラヴィアは彼女に話題を変えて繋いだ。
「それにしても嬢、空間魔法が上手くなったの。我も一瞬驚いたぞ」
「ありがとー! 師匠が教えてくれた事、毎日ちゃんとやってたおかげだね! 師匠を驚かせられるなんて嬉しいなぁ」
(さっきもコトネが言っていた気がするけど『師匠』って……? それに空間魔法って……)
「そう言えばコトネ、シラヴィア様の事知っていたのか?」
「うん。ライオが村を出てって暫くした頃に、森であたしも師匠に会ったんだよ。本当はすぐにでもライオに伝えたかったんだけど、ほら、何処にいるか分からなかったから。ライオと同じであたしにも才能があるらしかったから、師匠になってもらって色々教えてもらってたの」
「うむ。そうじゃな。童は時間魔法に優れておるが、嬢は空間魔法に優れておった」
「……なるほど」
ライオは溜息をつきたい気分になる。
シラヴィアの情報を探す+人助けのために、ライオは村を出たようなものなのに、シラヴィアが実はこの森にまた来ていたなんて。過去の自分の運の悪さが酷い。
それにしても、ライオが時間魔法なのに対して、コトネは空間魔法か。
時間魔法も大概チート級の強さに思えるが、空間魔法も飛びぬけて凄い魔法だった。
──ライオ、コトネ、言わずもがなシラヴィア。
今日会っただけでも自分を合わせて3人で。
仮にも『無手の勇者』の魔法と言われている魔法なのに、こんなに使い手が居てよいのだろうか?
もしかして知られていないだけで、実際には割と多く存在するのだろうか。
「時間魔法や空間魔法の使い手って僕ら以外にもたくさん居るんですか?」
「いや、少なくとも我が今までに会った事があるうち、この魔法を使える可能性を持つのは童と嬢の2人だけじゃ。世界は広いゆえ、我の見た範囲のみの確認ではあるがの……。扱える才能もそうじゃが、何よりその者の大量の魔力が必要なんじゃ。童達はそれを両方満たしておる。……しかし、幼馴染の童達2人ともが使えるというのは、何とも出来過ぎた話じゃのう……」
「……なるほど。ありがとうございます」
(つまり、ここに集まっている面子が例外なのか)
彼女の話を聞きライオは少し思案した。
それだったら尚更この状況は奇跡的だ。シラヴィアの言葉を借りるなら、とても「出来過ぎた話」だ。
ライオとコトネの2人の『無手の勇者』の魔法を使える幼馴染が揃うだけでも凄いが、さらにシラヴィアの存在もある。
ライオを助け、コトネを鍛えたシラヴィアが、逆にライオに助けられる。
そしてこの森に撤退し、シラヴィアが力を失って──、時間魔法を使えるライオと、空間魔法を使えるコトネと両方の元使い手のシラヴィアがこの場に集まった。
──これは単なる偶然だろうか?
何者かの作為の可能性すら感じられる。
だが、この結末に辿り着くためには、今回起きた件を含め、いくつもの奇跡を起こさなければ到達しえない。それこそ、No.1勇者パーティの元仲間達がライオを裏切らなければ──、極論シラヴィアは死んでいた。
こんな事を誘導する事が出来るのは、それこそ未来が見えている神のような存在だけだろう。
また、自分達にこの魔法が扱える理由もライオでは見当もつかない。生まれ持った資質か、それとも──、
そうこうしているうちに、かなり時間が経ってしまった。辺りはより暗くなってきた。
「……もう日が暮れるね。こんな森でこれ以上話すのもなんだから、そろそろ村に戻ろうよ。あ、師匠! 今日こそ師匠にも村に来てもらうよ! 今日の宿舎は1人しか泊ってないし、宿泊客絶賛募集中だよ!」
「んむ?」
「それは良い考えだね。シラヴィア様は僕のパーティの仲間だから、宿代は僕が出そう。さあ、行きましょう? シラヴィア様」
「ちょ、童も──、」
ライオとコトネの2人で強引にシラヴィアの手を引き、村へと連れて行こうとする。シラヴィアは最初抵抗していたが、2人の熱意に負けてしぶしぶ村にお邪魔する事となった。
村への道中でコトネが、
「あっ、そうだった! 2人とも少し待ってて!」
というと1本の木に近づき、振り揺らした。そして、その場でしゃがみ暫くしてから戻って来た。
「よし、これでオーケー!」
「何してたの?」
「そもそもあたし、この赤い果実──イチゴモドキを採るために来たんだ。今日村に泊る旅人さん、イチゴモドキが大好きらしくて、売ってくれたら1つ金貨1枚で買うってあたしに言ったんだよ! 凄く高いよね!? だから大急ぎで採りに来たんだ! たくさん取れたから、ライオと師匠にも1個ずつあげるよ!」
彼女の手には、なるほど赤い果実がいくつも握られている。ライオとシラヴィアは、コトネからイチゴモドキを1つずつ貰い口に入れた。噛めば甘みが溢れ出す。甘くておいしい。
だが、それにしてもイチゴモドキ1個に対して金貨1枚は高すぎる。その金があれば、正規ルートで買えるイチゴモドキ100個は買えるのではないだろうか。
その『旅人さん』とやらは、余程のイチゴモドキジャンキーか。酔狂な富豪か。いずれにしろ怪しさ満点だ。
まあ、村に行けば分かる事だろう。やばそうな奴だったら然るべき対処をすれば良い。
イチゴモドキの数を数えて幸せそうに微笑むコトネを眺めながら、ライオはそう結論付けた。3人の一行は、その後は特に何事も無く故郷の村へと歩いていった。




