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王の風格

「……」


 ライオの謝罪の後、部屋の中が静寂に包まれた。


 ライオは頭を下げているため、シラヴィアの表情を窺い知る事は出来ない。

 ──だが何より、シラヴィアの反応を見る事が怖かった。それが拒絶でも、怒りでも……、例え許しでも。


「……面を上げよ」


 彼女の声は変わらない。相変わらずの優しい声で、感情が分からない。

 ライオはおそるおそる頭を上げ、彼女を見た。


 ──そこには相変わらず慈愛に満ちた表情のシラヴィアが居た。


「童は何も気にする必要はない。童達は、我と戦い、そして勝った。ただ、それだけじゃ。それに後ろめたさを感じる必要はない。それにほら、我はこうして生きておる」


「ですが……っ!」


「それにの。我は童達に感謝しているんじゃよ」


「? ……か、んしゃ?」


「うむ。実はのう、今までは何とかしてきたんじゃが、1年くらい前に……遂に瘴気に意識を飲まれてしまってのう。身体の制御が出来なくなったんじゃよ。抑えていた魔獣や魔人にも命令が届かなくなったし、意識も朦朧としててなあ。童の魔法で起きるまで、ずっと夢の中に居るような気分じゃったわ。本当は、そうなる前に死ぬべきじゃったんじゃが……だからこそ我は童達に感謝こそすれど、恨む道理はない。故に──、


──誇れ。謝るな。これは、我の命令じゃ」


「……それ、は」


 意外な話にも驚いたが、一瞬覗かせた彼女の真剣な表情に、ライオは言葉を詰まらせる。

 そこには確かに、王の風格が存在した。


 ライオは、心臓を鷲掴みにされる気分を味わいながら、シラヴィアの言葉について考える。


 戦闘中の魔王には目の前にいるシラヴィアの面影はまるでなかった。それに、魔王から理性を感じなかった。ただ単に来た敵を迎撃するだけで、考えて行動しているようには見えなかった。それでも十二分に強かったが。


 そして実際に、シラヴィアの言葉と魔獣の現状はリンクしている。ここ1年、何故か魔獣の行動は凶暴性を増して、魔獣や魔人の襲撃が多発していた。そこまで緊急的な訳ではなかったが、魔王討伐が急がれていた理由の1つである。


 ──しかし、それなら。


「……承知しました。ですが1つ、聞きたいことがあります」


「ん? なんじゃ? 言ってみよ」


「シラヴィア様、貴方が人類を守る理由は何ですか?」




 ──魔王は人類の敵、そのはずだった。


 魔王、魔人、魔獣は皆、人を襲って殺し魔力を奪うのだ。そしてその魔力を喰らい瘴気を増幅させて、更なる力を得る。人間は、奴らにとって都合の良い餌で、故に奴らは常に人類を脅かし続けている。


 実際に瘴気に意識を奪われていた彼女は、人類にとって災害のような暴力の塊だった。ライオが出会った中でも間違いなく最強格で、理の通じない怪物だった。


 しかしシラヴィアの言葉によると、彼女は1年前まで他の魔獣や魔人の行動を抑制しようとしていた。瘴気を抑え込んで。人類の天敵である魔王のはずなのに、やっている事はまるで人類の味方だ。


 実際に当代の魔王が出現してから数十年、魔獣や魔人による大きな被害の発生は少なくなっていた。先代の魔王の時代は逆に酷かったらしいが、それと比較すると天と地ほどの差があった、と近代の歴史書には書いてあった。


 ──だが少なくとも歴史書には、シラヴィアのような動きを見せる魔王の記録は載っていなかった。人類への侵略を積極的に行わなかった当代の魔王については、戦闘力が低く魔王として魔人を支配できていないという説が有力視されていた。


 それも無理からぬ事。何故シラヴィアが正気を保ったまま魔王に成れたのかは不明だが、それは間違いなく普通ではない。


 魔王は、魔人を統べる王。


 魔人とは、言葉の通り人が成るモノだ。

 濃い瘴気を浴び続けた人間は、魔力を奪われ体調を崩し、最終的にはいずれ衰弱死する。しかし、そこには例外が存在する。適性がある者は、死なず魔人へと変貌する。魔人となった者は魔力を失い、代わりに瘴気で身体が満たされる。戦闘能力の飛躍的な向上と老いない肉体を得る反面、倫理観を失い、例え先刻まで隣人だった者でも殺し魔力を奪う。それは、魔王とて例外ではない。


 奴らは人類の敵なのだ。


 だが、彼女は意識を飲まれる寸前まで、魔人達を抑え続けた。ライオはシラヴィアが人類を守る、その理由が知りたい。


 何故、奴らを抑えてくれていたのか……、あの日、何故ライオを救ってくれたのか。


「それを話すと、ちと長くなるんじゃが────っ、っ!」


 その時、床に激震が走った。


「まずい! 奴が起きた! 童! 話は後じゃ! こっちに来い!」


「っ、はい!」


 何かが凄い速度で移動するような、そんな地響きがする。その音はこの部屋に向かい、一直線に近づいてくる。


 シラヴィアがすごい剣幕でライオを呼ぶ。彼も即座にシラヴィアの下に駆け寄った。


 ライオは正面の扉に向かい、シラヴィアを背後に守るように位置する。

 彼女の焦りから、相手が少なくとも友好的じゃない手合いだと分かった。


(魔力は少ない。体も小さくて動きにくいが……シラヴィア様だけは守り通してみせる)


 絶対に守り通す。2度と殺してなるものか。


 すると、シラヴィアの手がライオの肩に置かれた。


 訝しんだライオが振り向くと、その時部屋の中に変化が生じた。部屋中に散らばる瘴気の残滓が、うねりを上げてライオ達──いやシラヴィアの近くに集まって、


「いくぞ! 空間魔法『瞬転』。時間魔法『時進』」


「え? ──」


 その数瞬後に、地響きの主が部屋の扉を弾き飛ばした。しかし、


「……?」


 既にそこには誰も居なかった。


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