魔王
諸説あるが、これが現代にまで伝わる『無手の勇者』ルークの一般的な逸話である。
過去も含めた世界最強の人物として、彼の名は全人類に知れ渡っている。
(あの『無手の勇者』と僕が同じ魔法使い……?)
とてもじゃないが、信じられない。
(いや、シラヴィア様の言った事だから信じたいんだけど)
シラヴィアが何故知っているのかも含めて、分からない事が多すぎる。
だからライオは、率直に聞くことにした。
「何故、シラヴィア様が『無手の勇者』の魔法を知っているのですか?」
「……うむ。それを説明する前に、童に1つ話さねばならん事があるんじゃが……」
シラヴィアの言葉に歯切れの悪さが生じ、ギクシャクとしている。まるで後ろめたい事があるように。
それを見て、ライオの胸の奥が痛む。
(……僕が感じた悪い予想は……やっぱり当たってたんだな)
それはライオが少し前──元通りになっていた部屋を見回した時に感じた違和感。
当たってほしくはなかった。ライオは予感が的中した悲しみと、それを10倍にしたような罪悪感に襲われた。
(──それなら言うべきはシラヴィア様じゃない。僕が切り出さなきゃいけないんだ)
ライオの唇が小さく震える。
(これは、裏切りだ。シラヴィア様に対する、僕の。言いたくない。確認する事が怖い)
だが、言わなければならない。少しでも彼女に罪悪感を減らしたい。自己否定になろうとも。
そんな葛藤の最中、シラヴィアが切り出す。
「我は……実は──」
「──『癒しの女神』じゃなくて、僕らが殺したはずの『魔王』だったって事ですよね?」
彼女に言わせまいと、ライオが途中で割り込む。
シラヴィアは驚きで目を丸くして、
「……気づいておったのか。童」
「……はい」
(……やはり、そうだった)
ライオはかつての命の恩人を──神として崇拝していた彼女を──例え知らなかったとは言え、自分の手で殺めてしまっていたのであった。
5年前にライオが村を出て、冒険者として世界を巡るうちに、違和感は起き始めていた。
世界には神や宗教の存在が多くあるにも関わらず、彼女の名はどこにも存在し得なかった。まあ、世界中の全てを見て回ったと言える訳もなかったので、その時は気にしなかった。
だが天災魔法が発動した後に、更なる違和感が発生した。
そう、この部屋から魔王の死体が無くなった事だ。
魔人やその上位の魔王は、死んで瘴気が完全に抜けても、消えることはない。人間の死体となるだけだ。魔獣も同じく、瘴気が抜けてから素材として牙や皮を剥ぎ取られる。
この短時間で自然に消滅するなんて事はあり得ない。
とすれば、魔王も天災魔法により蘇ったという可能性がある。そしてシラヴィアがここに出現した。
戦闘中の魔王は全身を鎧で包んでいた上に、顔は濃い瘴気で見えなかった。僕らが戦いを仕掛けたから当たり前だが、問答無用で戦闘になったため声も聞いてない。男性か女性かすら分からなかった。
そのため、目の前の彼女がさっきまでライオ達が戦っていた魔王であるという仮説を否定できる要素がなかった。
しかし、そう考えれば色々と合点がいく。
シラヴィアが魔王ならば、魔獣を従わせる事も可能だろう。また、わざわざ神と偽証してまで内緒にしたのも自分の居場所が人間側にバレるとまずいからだろうし、2度と会えないと言っていたのも魔王ならば当然だ。リスクが大き過ぎる。
魔王は既に逃走していてライオの勘違いのケースや、魔王は天災魔法の影響で消滅したなどの仮説も考えられたが、彼女の態度が分かりやすく、言われる前にその事を把握した。
だが、分からない事もある。何故ライオの事を殺さないのか、とか。シラヴィアとは先ほどまで死闘を繰り広げた仲なのだから。また、何故か今の彼女からは瘴気を感じない。蘇生前は超大量の瘴気が溢れんばかりだったというのに。
幸い、彼女は時間があると言っていたし、敵意も感じないし、疑問は全て聞けばいいだろう。
それに、ここでその事実を話そうとしたという事は、『無手の勇者』ルークの魔法の事は、シラヴィアが魔王である事と関係があるのだろう。
(──だけど、その前に)
ライオはシラヴィアの前で、膝を地に着き頭を垂れた。
「本当に申し訳ございません。命の恩人である貴方を、私は、殺してしまった……!」
それは、懺悔。例え嘘をつかれていようと、シラヴィアが命の恩人であり、尊敬の対象である事に違いはない。例え蘇ったとて彼女を殺した事実は揺るがない。
彼の瞳から一筋の涙が流れる。ライオは身の擦り切れる思いで、彼女に誠心誠意、頭を下げた。




