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プロローグ 僕の神様

文字数が少ない部分同士を結合させました。

そのため、話数が減少しました。ご注意ください。

 毎日、朝起きた後と眠る前に、僕は自分の神様に祈る。


 10年前、僕は魔獣に襲われた。自業自得、入っちゃいけないと言われていた森の中に、村の皆に内緒で入ってしまったのだ。幼馴染が好きだって言っていた果実を採るために。次の日は、彼女の誕生日だったから。


 首尾よく手に入れた果実を出来るだけポケットに入れ、村に帰っている時、その魔獣に出会った。珍しくもない、ウィークウルフという名の魔獣だった。その名の通り野生の狼よりも弱いような魔獣だが、まだ齢10にも満たなかった僕には、抗いようもない脅威だった。


 ウィークウルフに見つかった僕は走った。ひたすら逃げた。焦りと恐怖がごちゃ混ぜになって、泣きながらでも走った。


 ──だが、逃げ切れなかった。


 追いかけてきた奴は、始めに走っている僕の足を爪で切った。


「うああああああああ! 助けてえええええええ!」


 痛みと絶望感で感情が決壊し、大声を上げて泣いた。誰にも聞かれないであろうその声は、森中に響いた。


 転び、盛大に泣いている僕に躊躇することなく、ウィークウルフは、そのまま僕の体を仰向けにして、腹に爪を立てた。1回だけでなく、腹を切り裂くために、何度も。


 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い──


 経験したこともない、人生最大級の痛みに声すら出ない。


 奴は腹を裂いた後、内臓を引きずり出そうと足を僕の身体に突っ込もうとする。


 た、食べようとしているのか。僕を。


 そこに考えが至った瞬間、意識が遠くなり、二度と目覚めない眠りへ──、


「人への危害を加えるなと、特にここでは厳命してたはずなのだがな……久々に、下劣なモノを見たな」


 僕の意識がなくなる直前に、底冷えするような気高い声が辺りに木霊した。

 パチン、と指を鳴らす音が聞こえ、ウィークウルフは消えた。文字通り、跡形もなく消滅した。


 どうやったかは分からないが、そんな芸当が出来る何かに対して本能的な恐怖で僕の顔が固まった。

 そんな僕の心情を知ってか知らずか、その人物は僕の方に近づいてきた。


 そして、その声の主が僕の頬に手を添える。


「童。童。息はあるか」


 さっきの怖い声とは違い、優しく静かな女性の声だった。

 彼女は自分の膝に僕の頭を乗せる。上に見えた彼女は真っ黒いローブを着ていた。頭には目深にフードを被っていて、顔がよく見えない。


 その優しい声に聞き覚えはないが、何故か安心する声であった。


 返答しようと口を開ける。

 しかし、呼びかけに答えたくても声が出ない。身体が、死へ、向かっている。


 痛みを堪えて、必死に声を出そうとパクパクと動かす僕に、


「まだ、間に合うかもしれんな。それっ」


 彼女の掛け声を皮切りに、身体の痛みがどんどん引いていく。


「後は童の頑張り次第じゃ。頑張るのだぞ」


 それから、僕の身体を中心に、徐々に温かみが帯びてくる。身体に良く分からない力が溢れ、傷口に集まる。傷が少しずつ、少しずつ治っているのが分かる。


 数分は経っただろうか。身体の傷が治ったように思える。


 身体を起こすと、痛みがほとんど引いた事が理解できた。足を動かしても痛くないし、お腹が切り裂かれた跡も残ってない。


 そんな僕を見た彼女が、


「よくやった。頑張ったな。童」


「…………ありがとう……」


 彼女がもし居なかったら僕はもう駄目だった。


 お礼を言うと、彼女は少し嬉しそうな声音で、


「なに。気にするでない。我は童にきっかけを作っただけにすぎん。生きるために動いたのは童自身じゃ。童の生きたい気持ちが、童を生かしたのじゃよ」


 その時、一陣の風がその場に吹いた。彼女のフードが風に煽られて、遮られていた彼女の顔が露になる。


 黒い長髪を風になびかせる、綺麗な女性だった。切れ長の瞳に、滑らかで美しい相貌を持つ彼女の顔は、慈愛に満ちた表情をしていた。


 だがその顔はすぐに驚きの表情に変わった。彼女は慌てて、


「童、ここに我が居た事は内緒にしてほしいんじゃが……」


 と、歯切れ悪く僕に言った。だが、


「お姉さんは……誰なの?」


 特に彼女の正体に心当たりが無かった僕は、そう純粋に尋ねた。


 その返事に、目をパチクリとさせて考え込む彼女の顔はちょっと面白かった。

 その後、彼女は少しだけ悲しそうに微笑む。


「もう、そんなに時が経ったのじゃな……」


 聞こえない程の小さな声で呟いた後に、


「……我の名はシラヴィア。癒しを司る女神じゃ」


 彼女は、そう名乗った。


「我達は人の世に関われない掟があるでの。我がここに居る事がバレると厄介な事になるのじゃ」


「神様……なの?」


「そうじゃ」


「…………!!」


 驚きだった。神様に会ったのは初めてだった。神様なんて、物語の中にしかいないと思っていた。都会には宗教という神様を崇めるものがあると聞いた事があったが、本当にいるものなのか。うちの村にはそういうのはなかった。


 驚きと興奮で目を輝かせる僕に、彼女は苦笑して、


「だから、分かったかの? この事は秘密にしてほしいんじゃ。くれぐれも他言するでないぞ?」


「分かった!」


 僕の元気な返事に、彼女は満足そうに頷く。


「よろしい。ならば最後に、女神として話しておくことがある」


「話?」


「そうじゃ。さっき童は1つの力を手に入れた。童の傷を治した魔法じゃ。童にはこの魔法の才能がある。もっと修行すればきっと色々なことが出来る様になるじゃろう。その力をどう使うかは童の自由じゃ。私利私欲のために使うのでも、2度と使わないようにするのでも、我は止めはせぬ」


 そこで言葉を切り、続ける。


「じゃが、もしさっきの童のように、助けを求める人が居て、童に助けられる力があったら……、少しでいい、手を伸ばしてやってはくれぬか?」


「助ければいいの?」


「そうじゃ。無論、無理はしなくていい。さっきも言ったが少しでいいんじゃ。困っている人を助けられるような優しい人に、我が助けた童がなってくれたら、これほど嬉しいことはない」


 その声は、穏やかでとても安心する声だった。


「……うん! 分かった! 頑張る!」


 元気に約束する僕を見て彼女は優しい笑みを浮かべた。


 それから、数分間僕らは話した後、


「もう元気そうじゃの。我はもう行くが、聞き残したことはないか?」


 もう行ってしまう………神様だから忙しいのかな。

 …………寂しいな。


「……女神様とまた会える?」


 その言葉に、彼女は何事か思案する。


「……多分、無理じゃろう。我も会えれば嬉しいが、そうも言っていられないんじゃ。……すまんの」


 僕の泣きそうな顔を見て、彼女は先に謝る。

 その後に続けて、


「じゃが、人生、何が起こるかは分からん。どこかで、また会えるかもしれん。もし、童と再会することが出来たら、また話をしよう。我も久々に人と話せて楽しかったのじゃ。次会った時の童の成長を楽しみにしているぞ」


 彼女の言葉は目に見えて厳しかった。


 ただの気休めなのは分かっていた。だが、これ以上神様を困らせたくはなかった。


 僕は出来るだけ自然な笑顔を作ろうとする。


「うん! 僕、頑張るね! シラヴィア様!」


 最後に彼女の名を呼ぶと、彼女は少し悲しそうに頷く。そして、フードを被り直すと、サッと消えた様に居なくなってしまった。


「……人助けか…………」


 僕の呟きは宙に溶けて、誰にも聞かれることはなかった。



────────



 それが、僕の神様との出会いだった。


 10年の歳月を経てもその信仰心に翳りはない。村から出て、いくら探そうとも彼女の名は見つからなかったために、自己流なのだが。毎朝、毎晩、祈りを捧げている。


 ──今の自分があるのも、シラヴィア様のおかげなのだから。


 シラヴィア様と会えた日から、僕は回復魔法が使えるようになった。


 そう、シラヴィア様からいただいた、傷を癒す力だ。回復魔法に分類されるそれはしかし、長年の修練とシラヴィア様への信仰の末、一般の回復魔法と一線を画す程の効果となった。


 回復士として世界でもトップクラスと言っても過言じゃない。


 あの方からいただいたこの力で、僕は冒険者となり、人々を助け続けた。かつての僕と同じく危険な目に合っている人を助けることが、シラヴィア様に助けていただいた僕が頂いた使命だ。


 そうして生きていくうちに、ここまで辿り着いた。ここ数十年、誰も成しえなかった悲願。人類に対する脅威の一角、魔王を討伐する一歩手前。魔王を倒せば、魔族、延いては奴らが操っていると言われている魔獣に人々が襲われる事も減るだろう。


 人類への脅威は、魔王だけではない。だが、僕らが魔王討伐を成すことで、少しでも人々が助かるならば嬉しい。


 明日は遂に決戦だ。この戦いに勝ち、少しでも人々に平穏を。


 ──シラヴィア様の加護がありますように。


 僕は、天に向かって一頻り祈りを捧げると、自分のパーティ──No.1勇者パーティの仲間の居る宿舎に向かって、歩を進めた。


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