第3話 雛罌粟と異国の少女
「ど、どうしよう……」
朱根町の森の奥、大木の幹にもたれ掛かる異国の少女を発見した雛罌粟は酷く困惑していた。
見れば少女の顔は青白く、眉は苦しげに寄せられて呼吸は浅い。
Tシャツにジーンズというシンプルな服装なのだが、西洋人形の様な少女にその装いはとてもアンバランスに見えた。幼いながらも気品を感じさせる様な雰囲気と相まって、何処かちぐはぐな印象を受ける。
雛罌粟はまだ少女に息があることにほんの少しだけ安堵するが、当然このままにしておく事など出来ない。
しかし、まだ幼い雛罌粟だ。出来ることなど一つしか無い。
「ーーだ、誰か大人を呼んでこないと……っ!!」
そう言って森の外へと駆け出そうとした雛罌粟だったが、突如後方に引かれる感覚を覚え、その場に踏み留まる。
金髪の少女が肩で息をしながら、戸惑う雛罌粟のTシャツの裾を強い力で掴んでいる。
一人ではろくに立つことすら出来なさそうな有り様でありながら、少女の緑の瞳には強い意思が宿っている。
雛罌粟は反射的に口を開いた。
「は、はろー。はうあーゆー……?」
「ーー誰も呼ばないで、お願い……」
「ーーえっ!?」
少女の返答に雛罌粟は二重の意味で衝撃を受ける。
(に、日本語喋ってる……。ううん、そうじゃなくて……)
「人を呼んじゃ駄目ってどういう事? あなたを助けたいんだけど、私一人じゃ何も出来ないんだよ」
そう告げるも、少女は何も言わない。又しても大木に背中を預け、苦しげに目を閉じてしまう。
(ど、どうしよう……)
途方に暮れる雛罌粟だが、此処に少女を置いていく事も出来ない。
そんな中、無意識に少女がもたれ掛かる大木の奥に視線を向けると、奇妙なものが視界に写り込んだ。
(え……っ!? 何、あれ……!?)
ぎょっとした雛罌粟は思わず目を擦り、もう一度同じ場所へと視線を向ける。
そこには幾つもの黄色い光が浮かび、まるで何かを探すように漂っている。
(ーー何だろう。凄く嫌な感じがする……)
早くこの場を離れなければ。その為にも現状の解決策を探さなければいけない。
(人を呼んじゃ駄目っていうことは、何か人には言えない理由があるってことだよね。理由を聞かずにこの子を匿ってくれる様な場所、この近くに何処か……)
何か良い案は無いかと必死に知恵を絞る。
(ーーそうだ、あそこだったらもしかしたら……!!)
閃いた雛罌粟は少女に背を向けてかがみ、後ろにやった手で手招く様な仕草をして見せる。
「この近くに知り合いのお兄さんがいるんだ。凄く良い人だから、きっと話を聞いてくれると思う。そこまで私が背負って行くから、一緒に行こう!」
「……」
薄く目を開いて雛罌粟の言葉を聞いていた少女は、幾らか考える素振りを見せた後、よろよろと立ち上がると覚束ない足取りで雛罌粟の背に自身の身体を預けた。
*****
入り口に自転車を残したまま森を後にした雛罌粟は、少女を背負い只ひたすらに目的地に向けて足を動かした。
「もう少しだから、我慢してね」
それは少女への言葉であると同時に自分に言い聞かせる為の言葉でもあった。
(お、重い……。誰かをおぶって歩くのは真凛で慣れてたつもりだったけど、長い距離を歩くのはこんなに大変なんだなぁ……)
少々、考えが甘かったらしい。
幸いにも目的地は森から徒歩で十五分程度の場所なのだが、この状態だといかんせん時間が掛かる。
「暑いねー。夏だから当たり前なんだけどね」
半ば独り言の様な雛罌粟の呟きに、当然ながら少女の返答はない。心配だが、時折もぞもぞ動いているので大丈夫だと思いたい。
やがて、日頃の倍近い時間を掛けて歩き続けた雛罌粟は前方に現れた古ぼけた鳥居を見て破顔した。
鳥居には勾玉を思わせる四つの巴紋と五芒星を組み合わせた紋章が刻まれている。
「もうすぐ着くよ! ほら、あそこ!」
雛罌粟に釣られるように、少女も視線を前方に向ける。
生い茂る木々の合間に立つ古ぼけた鳥居と石段。背負われる少女の脳裏に日本の伝統的な祭祀施設が浮かぶ。
「永石神社だよ」
弾む声音で雛罌粟が言う。
実はこの永石神社、チラシ配りの最後の場所であったので雛罌粟としては本日二度目の参拝である。
疲労を滲ませながらも何処と無く浮き足立つ雛罌粟と、その背の少女は静かに鳥居をくぐった。
本当は森の中に子供が一人で入るなんてとんでもなく危ないですよね……。