第21話 エピローグ それぞれの思惑
マギア・グランデ中央部に聳え立つミストレ山は同島最高峰の霊山である。
雲海を臨む山頂に本部を置く世界魔術機構。
その名が示す通り、世界中の魔術士達を守護し、魔術によってより良い世界の実現を目指す事を目的に設立された組織である。
山頂には会議塔、事務局塔、図書館塔を始めとした多くの関連施設が建ち並び、職員寮塔もその一つである。
その職員寮塔の一室。
場所柄、本来ならば凍える程に冷える筈の室内は科学と魔術の合わせ技によって人が生活するに問題ない状態に保たれている。
一人で暮らすには十分な広さの室内に、湯を注いだカップ麺の食欲を刺激する香りが漂う。
「ーーいやいや、やっぱり定番の醤油が一番だよなぁ~。この前の「味噌&チョコレート」は食えたもんじゃ無かったし、あれはヴィクターの奴に渡して正解だったぜ」
「話題性目的つっても限度があるだろーよ」とメーカーへの愚痴を零しつつ、カップ麺を片手に低いテーブルの前に腰を下ろす。
焦げ茶色の癖毛の東洋人の青年である。年の頃はおそらく十代後半といった所か。髪色と同色の瞳は垂れ目気味で、左目の下の泣き黒子が特徴的だ。
仕事終わりの彼は制服のままだ。日中はトラブル対応に追われ同僚共々昼食を逃した為、空腹は最高潮に達している。生真面目な同僚は食事は着替えてからにしろだのと言いそうだが、そんな事は知ったことではない。
蓋の上に割り箸を乗せた青年はおもむろに制服の内ポケットから封筒を取り出した。
「ーーさーて、ラーメンの待ち時間でお手紙タイムといきますかね」
手早く封筒を開封し、手紙に目を通し始めた青年は「ふんふん」やら「へぇー」やら言いながら便箋五枚はありそうなそれを読み進める。
やがて、手紙の後半でそれまで滑べらかに流れていた青年の視線が止まる。
「ーーマジで? マギア・グランデに来んの……?」
思わず、という様に青年は呟く。
そこから一気に手紙を読み切った青年は大きく息をつくとその場で仰向けになり天井の一点を見つめた。
青年の脳裏に次から次へと思考が浮かぶ。
「ーーそうか。これでようやく事が動き始める……」
目を閉じて思う存分思索に耽った後、カップ麺の存在を思い出した青年は伸び切ったそれを慌てて片付けた。
*****
同時刻、とある研究施設の一室。
ゆったりと椅子に腰掛け、此処にもまた手紙に目を通す人影があった。
仕立ての良いスーツに白衣を羽織った長身の男である。腰まであろうかという髪は癖のない赤毛で、柔和な雰囲気の男には良く似合っていた。
一通り手紙を読み終えた男は金茶の瞳を閉じた。
「ーーそうか、ついに……」
呟いた男は自然な動作で椅子から立ち上がると、壁際の書棚から書類の束を取り出した。この研究施設で扱う被験者達の資料である。男はぱらぱらと資料を捲ると、やがてある人物の資料で紙を捲る指を止めた。
資料に貼られた写真には金糸の髪の少女が写っている。
男が金茶の瞳を細める。
「ーーだが、残された時間は余り多くはない。懸念材料は一つではなく、それぞれタイムリミットが迫っている。果たして間に合うかどうか。お手並み拝見と行くとしようか」
男は書類の束を元あった場所に戻すと、口元にうっすらと笑みを浮かべた。
これにて第一章が終了になります。ここまでお読み頂き本当に有り難うございます。
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次回からは第二章として学園編に突入します。また、暫く作者多忙の為、更新ペースを週1とさせて頂きます。宜しくお願い致します




