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賢者様を探して!! ~少女と眠れる湖の女神~  作者: オカメインコ
第1章 萌黄町の雛罌粟
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第1話 チラシ配りの少女 前編

極東の島国、日本。


 ここは萌黄町。関東は郊外に位置し、都市部からは少々離れた、森林や田畑が目立つ緑豊かな町である。夏真っ盛りの今は何処もかしこも蝉達の鳴き声で五月蝿いほどだ。


 そんな萌黄町の町外れにぽつんと建つ店が一軒。看板にプリントされた「花咲弁当」の文字は一部が剥げて年季が感じられ、店の奥からは唐揚げの香ばしい香りが漂っていた。


 一階で弁当屋を営む花咲家は二階が居住スペースとなっている。


 家族団欒の場所である花咲家の居間では、少女が二人、方や真剣な面持ちで、方や不満げな面持ちでちゃぶ台に向かっている。


 ちゃぶ台の上には大量の紙束と色鉛筆が置かれ、少女達は一心不乱に白黒の紙に色付けをしていた。


 「ーーよし、こっちは全部終わったよ!」


 そう言って額の汗を拭ったのは、栗色の髪と同色の瞳の可愛らしい少女。名前を常磐(ときわ)雛罌粟(ひなげし)といい、年は10才である。

 色塗りを終えた手製のチラシを纏めた雛罌粟は、トレードマークのポニーテールを揺らして対面に座る妹に声を掛けた。


 「真凛の方はどんな感じ?」


 雛罌粟の問い掛けに、玉子焼きの黄色を塗り終えた真凛が顔を上げた。

 花咲真凛は花咲家の長女、7才だ。ツインテールに纏められた癖のある黒髪とつり目気味の瞳がチャームポイントである。


 「こっちも出来上がり!」


 「有り難う! 真凛に手伝って貰えて助かっちゃった」


 雛罌粟から感謝された真凛だが、その顔にはすぐに不満が滲む。最もその不満の理由は雛罌粟のせいではないのだが。


 「ーーもうっ! 折角の夏休みなのに何処にも旅行に行けないなんて、夏休みに対するボートクよ」


 「そうは言っても、お休み中でもお店は毎日開けなくちゃいけないし、うちに旅行は難しいよ」


 雛罌粟の最も過ぎる言葉に真凛は頬を膨らませる。


 「まーた、げし姉はお利口ぶるんだから。小学1年生の夏休みは今しかないのよ! この夏休みにこの田舎に閉じ籠ってる事で、発生してたかもしれないときめきイベントを逃しちゃってるかもしれないんだから!」


 「と、ときめきイベント……?」


 マシンガンさながら、早口で捲し立てる真凛に、雛罌粟は頭上にクエスチョンマークを浮かべるしかない。そんな雛罌粟に、真凛は何処から取り出したのか旅行雑誌を突き出す。


 そこには『今年の夏休みは此処!! 恋愛運アゲアゲ真夏のリゾート特集』とでかでかと印字されている。


 「ほら見て、げし姉!!最近は沖縄よりも近場の南瑞穂島辺りでバカンスするのが流行ってるんだって!」


 「南瑞穂島(みなみみずほしま)かぁー。そう言えば、この前テレビで離島グルメって紹介されてたなぁー。新鮮なお魚たっぷりの海鮮丼、凄く美味しそうだった」


 南瑞穂島は伊豆諸島に属し、最も東京から近い場所にある離島である。

 離島といっても伊豆大島の3倍程度の大きさがあり、人口も5万人を越え、経済活動も活発である。


 まさに豊かな大自然と都会の便利さを兼ね備えた夢の島である。


 「もぉー。げし姉ってば、今は食べ物じゃなくて真夏のロマンスの話だよ。ほらほら、げし姉も夏の恋を想像してみてよ」


 「えぇ……。小学生に夏の恋なんてレベルが高過ぎるよ」


 おませな真凛に頭を悩ませる雛罌粟だが、真凛の夏ロマ論は益々ヒートアップし、「そう、真凛のひと夏の恋は例えばこんな風に始まるの……」と勝手に語り始める。


 「ーー浜辺を一人散歩していた真凛は、偶然ナマコを踏んでしまうの。そうして真凛は驚いて腰を抜かしてしまうんだけど、偶然そこを通り掛かった素敵なお兄さんに助けて貰うのよ」


 ナマコが引き合わせる恋の話なのか。その場面を想像してみたものの、余りのシュールさに雛罌粟は思わず吹き出しそうになってしまう。


 「そこでお互いビビッと来るものを感じるんだけど、お兄さんはお友達との用事か何かですぐにお別れしてしまうのよ。そこから真凛はお兄さんを思って眠れない日を過ごすの」


 「うーん。私はお兄さんよりも踏んづけたナマコがその後どうなったのかの方が気になるけど……。高級食材らしいよね、ナマコ」


 「もう、ナマコはどうでも良いの! ここは真凛とお兄さんの恋の行方に注目する所なんだから!」


 そこからも「真凛とお兄さんの数年後の再開」から「周囲の反対を押しきっての駆け落ち」まで真凛の妄想ストーリー展開は続く。


 「ーーと、いう訳で恋のイベントを発生させるためには先ず旅行に行くことが不可欠なのよ!!」


 鼻息あらく立ち上がった真凛に、雛罌粟はうーんと唸る。


 「真凛の気持ちは分かるけど、やっぱり無理だよ。さっきも言ったけど、お店のこともあるし、そもそも旅行出来る程のお金ないよ」


 「うち、貧乏だもん」と雛罌粟にバッサリと切られ、真凛は膝から崩れ落ちた。


 身も蓋も無い話であるが、残念ながら花咲家は裕福な家庭では無く、もやしと豆腐が朝夕問わず献立のスタメン選手になる位には貧しい家庭であった。


 「うぅ……。分かってるわよ、でも夢くらい見たって良いじゃない」と今度は膝を抱えた真凛の頭を雛罌粟がぽんぽんと軽く叩く。


 「今年は無理でも、来年は旅行に行ける様に真凛も一緒に頑張ろうよ!」


 「頑張るって、何よ……」


 ぐずつく真凛に雛罌粟は、先程まで真凛と仕上げていた紙束……花咲弁当の手製チラシを見せる。


 「このチラシで花咲弁当のお客さんが今よりも沢山来てくれるようになったら、来年はもしかしたら旅行にも行けて、真凛の恋のイベントも本当になるかもしれないよ!」


 そう雛罌粟が笑い掛ければ、その笑顔に当てられた真凛の表情にも微かに明るさが戻る。

 そうして真凛も先程まで自分が色塗りしていたチラシの束を手に取り、ニッと強気な笑顔を見せた。


 「よーし、真凛も来年のラブロマンスの為にチラシ配り、頑張る!!」


 何はともあれ、真凛もチラシ配りを手伝う気になってくれた様で雛罌粟としては頼もしい限りだ。


 「良かった! それじゃあ、この後は予定通りチラシ配りに行けるね!」


 色鉛筆を片付けながら、雛罌粟は満足げに笑った。

ここから主人公の登場です

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