第18話 出立前夜
萌木町の夜。雛罌粟の出立を明日に控えた花咲家では、お別れ会が催されていた。
テーブルの上には悦子特製のガトーショコラに花咲弁当自慢の唐揚げ。その他にもだし巻き卵や鮭のおにぎりなど雛罌粟の好物が所狭しと並べられた。
「えへへ、やっぱり悦子おばさんのお料理は世界一だね!! あーあ、暫くこの唐揚げが食べられなくなると思うと辛いなぁ」
本日8個目の唐揚げを平らげて、雛罌粟が言う。そんな雛罌粟に対して真凜と凛太郎は呆れ顔だ。
「げし姉は本当にうちの唐揚げ好きだよな」
「唐揚げなんて何処で食べてもそんなに変わらないと思うけどね」
「いえいえ、雛罌粟さんの気持ちはよく分かりますよ。私もこちらの唐揚げを一週間口に出来ないと禁断症状が出ますから」
そう言ったのはこのお別れ会に家族以外で唯一招かれた永石神社の宮司、千代田志月である。花咲弁当の唐揚げの大ファンである彼には雛罌粟の気持ちが痛いほど分かるらしい。
そこへ「大袈裟ねぇ」と笑いながら、更に追加の皿を運んで来た悦子が加わる。
盛大とはとても言い難いが、和やかで心暖まる、雛罌粟の大好きな人達とのお別れ会だった。
「ーーなるほど、では雛罌粟さんはティアラーゼさんと同じ学校に通える事になったのですか」
「うん、そうだよ。ティアと同じ中等部の一年生として入学する事になるみたい」
「良かったですね、雛罌粟さんはティアラーゼさんとは本当に仲良しでしたから。それにしても驚きです。魔術士の学校とは……そんなものが本当に実在しているのですね」
ティラーゼを思い浮かべて笑い合う雛罌粟と志月に、凛太郎は少し不満げだ。
「良いよなぁ、げし姉だけ。魔術士の学校なんてめっちゃ楽しそうじゃん。それに……ティ、ティアラーゼさんと同じ学校とか羨ましいぜ」
ほんのり頬を染める凛太郎に、すかさず真凜が食い付く。
「やだ、凛太郎ったら!! ティアラーゼさんみたいな人が好みなんだーー。でも正直、凛太郎とティアラーゼさんじゃ全然釣り合ってないね」
「馬鹿、そんなんじゃねーし……っ!!」
「でも、魔術士の学校かぁーー。金髪碧眼の王子様みたいな人が沢山いるんだろうなぁーー。げし姉、良い人がいたら紹介してよね!!」
「全くもう。真凜は相変わらずおませだね」
乙女の妄想モードに移行した真凜に、雛罌粟はたじたじである。毎度思う事だが、小学校一年生にはとても思えない。
そんな雛罌粟に悦子が更なる自慢の逸品を勧める。
「ほら、雛罌粟。この海苔巻きハンバーグも食べな。中にチーズも入ってるからね」
「ーーわぁ、食べる食べる……っ!!」
美味しい食事を堪能しながら、雛罌粟はふと自分の隣を見る。
そこには多くの餞別の品があった。
色とりどりの折紙で作られた千羽鶴は悦子と真凜と凛太郎から。数にすると百羽ほどだろうが、花咲家の愛が沢山詰まっている。
寄せ書き入りの画用紙はクラスメイト達から。特に仲の良かった由美香ちゃんは雛罌粟の似顔絵まで描いてくれた。
四つ巴と五芒星の印が縫われた御守りは志月から。これから新天地へと旅立つ雛罌粟への開運除災の御守りらしい。
(ーー私って本当に幸せものだなぁ……)
心の籠った品々に雛罌粟はしみじみと思った。新たな場所で辛い事や悲しい事があった時にはこれらを見れば前を向けそうだ。
雛罌粟のお別れ会は始まりから終わりまで終始穏やかな空気に包まれ、やがて夜は更けていった。
*****
大西洋に浮かぶ島、マギア・グランデ。その最北端にある学園都市の中等部にある一室。
多くの書類が納められた書棚に、重厚感のある木製の机と革張りの椅子。中等部校長室である。
「ーー明日、先日お話しした通り常磐雛罌粟を正式に迎えに行って参ります」
背筋を正してそう言ったのは黒髪の女教師、アマーリエだ。
アマーリエが対峙するのは、くすんだ銀糸の髪をオールバックにした筋骨隆々の大男。この部屋の主であるコンラート・フォン・ベッセルだ。
「そうねぇ……今回の貴女のやり方はちょっと強引が過ぎるけれど、常識外れの魔力量は間違いなく希少だし、何より場所が場所だしねぇ……。学園で保護出来るに越したことは無いわ」
筋骨逞しい外見に女性らしい口調という様は余りにもアンバランスだが、彼とそれなりに長い付き合いになるアマーリエは特に気にする事もない。
「ーー申し訳ございません。少々気が急いておりました」
「全く……。貴女はあの方が絡むとすぐにそうなるわねぇ……」
図星だったのか、アマーリエは決まり悪げに視線を泳がせる。
そんなアマーリエを見てコンラートは苦笑した。
「まぁ、貴女がそうなってしまうのも無理は無いと理解はしているつもりよ。それにしても貴女の話ではその常磐雛罌粟さんってあの方にそっくりだって話よねぇ……。ワタシもその子に会うのが楽しみだわ」
そう言うと、コンラートは窓の外を見る。
「ーー風が吹きそうね」
*****
ーーそう、これはあの子との別れの日の記憶。
「ーーほら、泣くのはもうおやめ。君はそんなに泣き虫じゃ無かったでしょう」
苦笑しながら、自分に抱き付いたままわんわんと泣きじゃくる子供の頭をぽんぽんと軽く叩く。
きっと自分の着物と帯は今頃この子の涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっている事だろう。
「ーーだ、だって……私やっぱり貴女と離れたくないんだもん……っ。ずっと一緒が良い……っ」
出会った当初は警戒心剥き出しの子猫の様だったのに、ここまで別れを惜しんで貰えるとは感慨深いものだ。
「ーー鳥の雛は何時かは巣立つものだよ。君の成長を間近で見られた事は本当に幸せだった。私と一緒に居て、見て、感じた事をこれからもどうか忘れないでいてね」
一向に泣き止む気配の無い子供の頭を撫でながら、更に言葉を重ねた。
「それに、君は自分のやりたい事を見付けたんでしょう。それなら次の一歩を踏み出さなくちゃ」
「ーー分かってる。分かってるけど……」
「君の夢はとても素敵な夢だよ。君が私と一緒に過ごして以前よりも広い世界を知った様に、君と関わる多くの人々の悩みや辛さを軽くしてあげられるかもしれないんだからね」
漸く泣き止み沈黙する少女は何を考えているのだろう。きっと私と出会ってから今この時までの自身の変遷を思っているのかもしれなかった。
「ーーそれに、どんなに離れていても私は君の味方でいるよ。君の身に何かあった時にはすぐに駆け付けて絶対助けてあげるから」
しゃがみこんで少女と目線を合わせると、少女は泣き笑いの様な顔をして、頷いた。
私の大切な友人の君。どうか健やかに。




