第13話 女教師襲来(後編)
アマーリエに連れられた雛罌粟は、先日と同じ様に都内に向かう電車に揺られていた。
「ーーへぇ、げしちゃんのご実家はお弁当屋さんをされているの」
「うん! うちの唐揚げは絶品なんだよ! 一口食べたら絶対ファンになるんだから!」
「あら、素敵。それなら私も今度行くときには試してみなくちゃいけないわね」
アマーリエに花咲弁当の宣伝をしながら、雛罌粟は次々と移り変わっていく車窓を眺めた。
1ヶ月の内に二度も都内に行くなんて。雛罌粟自身ビックリだったが、実際にはそれよりも更にビックリな事の連続だった。
(ーーティアは大丈夫かな。早く会いたいな)
やがて車掌のアナウンスがアマーリエから教えられていた目的地の駅名を告げた。
『ーー次は新宝出町~、新宝出町~。お降りのお客様はーー』
「ーーさぁ。げしちゃん、降りるわよ」
アマーリエに手を引かれて、雛罌粟は電車を降りる。新宝出町、当然初めて降りる町だった。
*****
アマーリエに連れられて、雛罌粟は初めての町を歩く。
同じ都内でも先日の城鐘台とはだいぶ雰囲気が異なる様で、あちらが高級住宅街ならばこちらは高級商店街といった様相であった。
大きなデパートやブランドショップが幾つも建ち並び、多くの人々が買い物を楽しんでいる。
(うわ~、あのお店の鞄凄い高そう。あ、あっちのお店のマネキンが着てる服は凄いデザインだ……。あんなの着こなせる人いるのかなぁ……)
此処でもお上りさん全開で辺りをキョロキョロ見回す雛罌粟。そんな雛罌粟の手を引くアマーリエは行き交う人々の間を確かな足取りで先導していく。
角を幾つも曲がり、先を進む度に道行く人の数が少なくなる。
(ーー何処まで行くんだろう……)
雛罌粟が疑問に思った時、アマーリエが足を止めた。大通りの喧騒から離れた静かな通りに建つ、大きな建物ーー
「ーー着いたわ。此処よ」
「ーーえ、此処?」
目の前の建物をまじまじと見た雛罌粟の頭にクエスチョンマークが浮かぶ。
ーーメイフィールド私立図書館。
丸い木製の看板には、確かにそう文字が刻まれていた。
*****
(ーー外国に行くのに、何で図書館?)
(そもそも外国に行くなら飛行機か船を使わないと駄目だよね。でも普通に行くなら絶対今日の夕方までに家に帰るなんて無理だし……)
(ううん、そもそもアマーリエ先生はティアと同じで魔術士なんだろうから、きっと普通の行き方はしないんだ。でも、だからって図書館……?)
雛罌粟なりに考えを巡らせても答えは出なかった。
二重の自動ドアを通ると、すぐに受付があった。天井から「貸出」「返却」と書かれたプレートが下がっている。
この図書館は中央の受付を境目に右側が書棚エリア、左側が借りた本を読むための読書エリアとなっている様だった。
受付の後方には地下に続く階段があるが、「関係者以外立ち入り禁止」の札が立てられているのを見ると、図書館として利用できるのはこの階だけらしい。
(ふ、普通の図書館に見える……)
拍子抜けで思わず気の抜けた雛罌粟の頭をアマーリエが撫でる。
「普通の図書館で拍子抜けしちゃったかしら? でも、がっかりするのはまだ早いわよ」
そう言って笑って見せたアマーリエはすたすたと受付の元に歩いて行く。雛罌粟もそれを追う。
「あ、先生待って……っ!」
受付の前に立ったアマーリエに司書と思わしき女性がにこやかに応対する。
「ーーメイフィールド私立図書館へようこそ。本館は初めてでいらっしゃいますか?」
「いいえ、初めてではないわ。 ーーこれをお願い出来るかしら?」
館内の案内パンフレットを手渡そうとしていた司書は、アマーリエがクラッチバッグから取り出した物を見ると、その手を止めた。
(ーー何だろう、カードかな?)
アマーリエが提示したそれは黒いカードに見えた。金色の蔦模様と杖の絵が特徴的だ。
雛罌粟には少し格好良いカードにしか見えないそれは、しかし司書にとっては特別な意味を持つ物であったようだ。
「ーーかしこまりました。あちらへどうぞ」
静かに立ち上がった司書が、受付の後方を示す。
(地下に続く階段……)
そこには「関係者以外立ち入り禁止」と立て札が立てられた地下に降りる階段がある。
「ーー有り難う。さぁ、げしちゃん。行くわよ」
「はい!」
立て札を避けて地下へと降りるアマーリエの後ろに雛罌粟も続く。
降りた先にあったのは紺色の絨毯が敷かれた一本道の廊下だった。
(何だか、空気が上とは少し違う気がする……)
廊下の突き当たりにはアンティーク調の木製ドアがあるが、他にドアは無い。
そして、今この廊下にいるのは上階から降りて来た雛罌粟とアマーリエの他には、突き当たりの扉の前に佇む司書らしき男性が一人いるのみだった。
雛罌粟とアマーリエが男性の側まで歩み寄ると、アマーリエの顔に気付いたらしい男性は苦い顔をした。
「ーーベッセルさん。本当、今日限りの特別だからな。次は出来ないぞ」
「あらやだ、柏原さんったら。そんな風にルールに囚われていないで、時には臨機応変に柔軟な思考が出来ないと、女の子にもてないわよ」
「勘弁してくれ……」
「分かってるわよ。まぁ、今日のお返しに今度お菓子でも差し入れするから」
雛罌粟の目の前では大人二人が怪しい話を展開する。しかも聞く限りではアマーリエの方に非がありそうだ。
(アマーリエ先生と司書のお兄さん、何だか凄い怪しい話をしてる気がする……何だか不安になってきた……)
今更ながら自分の状況を不安に思い始めた雛罌粟だったが、男性の守るドアに興味を惹かれるのも事実だった。
(きっとこのドアの向こうにティアの所に行く為の秘密があるんだ……。一体何があるんだろう……)
一方で大人達の方は話がついたらしい。
雛罌粟の目の前で木製のドアが静かに開かれようとしていた。
*****
「ーーなっ、何これ!?」
ドアの向こうに広がる光景に雛罌粟は腰を抜かす程に驚愕していた。
「うふふ、どう? 凄いでしょう?」
「凄いよ! どうなってるの!?」
雛罌粟の反応にアマーリエも得意げだ。
そこは20畳はありそうな高低差のある薄暗い部屋で、驚くべき事に部屋全体がうっすらと発光する液体で満たされていた。
部屋の中央には菱形の台座があり、雛罌粟とアマーリエの立つ場所から台座まで足場が続いている。
(外から見た時はどう見ても只の図書館だったのに、地下にこんな場所があるなんて……。何だか一気に魔術っぽい雰囲気になってきちゃった)
期待と不安を込めて、雛罌粟はアマーリエに問い掛ける。
「アマーリエ先生、この部屋に外国に行く秘密があるの?」
「えぇ、そうよ。部屋の中央に台座が見えるでしょう。まずはあそこまで行きましょうか。足場を踏み外さないように気を付けてね」
「は、はい!」
アマーリエの言葉を守り、雛罌粟は謎の液体に濡れない様に慎重に足場の上を移動する。
そうして辿り着いた台座には杖を掲げるライオンの絵が刻まれていた。
「げしちゃん、手を」
アマーリエの言葉に頷いた雛罌粟が手を差し出す。
雛罌粟の手を取ったアマーリエは空いているもう一方の手で先程上階の受付で提示していた黒いカードを取り出した。
目を閉じるアマーリエ。
次の瞬間にはアマーリエから光が迸り、その光はあっという間に部屋全体を満たした。
(ーーうわぁ……っ!! ティアみたいにアマーリエ先生からも光が……っ!! まるで真夏の青空みたい……っ!!)
目を丸くする雛罌粟の横で、アマーリエが詠唱する。
『慈悲深く高潔。遥か古に地に降りし魔術士達の庇護者よ。迷える我らを楽土へと誘え』
流れる様に言葉が紡がれた時、発光する液体とアマーリエの青い魔力光がまるで共鳴するかの様により強い光を発した。
「ーーわぁ……っ!?」
足元の台座が振動し、雛罌粟は思わず握っていたアマーリエの手に力を込める。
「ーーいざ、マギア・グランデへ!!」
アマーリエの言葉を聞きながら、雛罌粟は自分の体が何か不思議な力により強く引っ張られるのを感じ、そしてーー。




