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賢者様を探して!! ~少女と眠れる湖の女神~  作者: オカメインコ
第1章 萌黄町の雛罌粟
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第11話 裏山のお兄さん

 気付けば、雛罌粟はその場所に一人立ち尽くしていた。


 (ーーここは、)


 まるで樹木の様に林立する水晶。

そして水晶の木々に囲まれた広大な湖。

天から降り注ぐ光を受けて煌めくそれらは、此の世のものとは思えない程に美しい。


 湖の水面からは白銀の光が幾筋も立ち上ぼり、その光は時折、まるで虹の欠片でも散りばめられているかのように七色に煌めく。


 光に満ちた幻想世界とでも言うべきか。


 (ーー凄く綺麗なのに、)


 湖の畔に立ち尽くしていた雛罌粟は無意識に自分の胸を押さえた。

胸がうるさいくらいに早鐘を打つ。


 (ーーどうしてこんなにも不安な気持ちになるんだろう)


 足元に広がる瑞々しい青草を踏みしめ、一歩、また一歩と後ずさる。


 やがて、耳鳴りがし、眩暈を覚えーー





****


 雛罌粟は飛び起きた。


 パジャマは寝汗でびっしょりで、肌に張り付く髪の毛も気持ち悪い。


 周りを見れば、隣では真凜と凛太郎が健やかな寝息を立てている。見慣れた花咲家の子供部屋だった。


 暗い室内で壁に掛けられた時計を見れば時刻は午前三時を示している。


 (ーー夢か。そうだよね……)


 雛罌粟は額の汗を拭うと、安堵の溜め息をついた。夢の中の不安を引きずっているのか、心臓は未だに煩く脈を刻んでいる。


 (ーーあの夢。暫くの間見ていなかったのに、随分久し振りに見た気がする)


 あの不思議な湖の夢。


 幼い時分に花咲家に引き取られた雛罌粟であるが、当時はあの夢を連日の様に見たものだ。


 当然、幼い雛罌粟は不安と恐怖から泣きじゃくり、源治郎や悦子を困らせていた。夫婦はその度に雛罌粟を寝室に招いてくれ、雛罌粟は夫婦に挟まれて川の字で横になったものだ。


 (ーーおじさんとおばさんの間で寝ると凄くぐっすり眠れたんだよね)


 源治郎はその大きな手のひらで雛罌粟の頭を撫でてくれ、悦子は優しい声で子守り唄を歌ってくれた。


 (ーー私ばっかり二人の部屋で眠るから、凛太郎と真凜には凄く焼きもち妬かれてたっけ……)


 懐かしい日々を思い出すと、安心感からか再び眠気が戻って来た。昨日は慣れない電車での大移動やら何やらで非常に疲れて、まだまだ眠り足りない位だ。


 雛罌粟は再び横になると、目を閉じた。

そうするとやがて深い眠りに落ちて、今度は夢を見る事も無かった。




****


 翌日、朝も早くに家を出た雛罌粟は花咲家の裏手にある小高い山を登っていた。


 元々夏休みに入ってからは早朝に此処に来るのが日課だったのだが、ティアラーゼの事もあり暫く来られていなかったのだ。


 (ーーそれに、今朝見た夢のせいなのかな。何となく胸がもやもやするんだよね)


 裏山の散歩でもしたら良い気分転換になるかもしれない、そういう思いもあった。


 家を出る際に真凜と凛太郎に呼び止められたが、雛罌粟が行き先を告げると二人は興味を無くしたように引っ込んでしまった。


 (ーー山の空気は健康にも良いってこの前テレビでもやってたし、二人も来れば良かったのに)


 花咲家の裏手にある小高い山は山とはいっても人の手によってきちんと舗装され、所々に休憩用のベンチや自動販売機まで設置されている。近所のお年寄りや犬の散歩をする人達に人気のコースだ。


 勿論、雛罌粟もこの裏山が大好きで、ここで知り合い仲良くなった人が何人もいる。


 (ーーお散歩中の犬を触らせて貰ったり、たまにジュースも奢って貰ったり良いことだらけなのになぁ)


 鼻唄を唄いながら、雛罌粟は山を登った。途中で知り合いのお年寄りと出会い、少しばかり世間話をした後、また山を登る。


 そうして頂上にまで登りきった雛罌粟は、見晴らし台のベンチに見知った顔を見付けて顔を輝かせた。


 「ーー赤槻(あかつき)さん!!」


 ベンチに座り本を読んでいた眼鏡の青年は雛罌粟の声に気付いたらしく本から顔を上げた。


 「おや、雛罌粟さんではありませんか。おはようございます」


 「おはようございます!」


 元気に挨拶する雛罌粟に赤槻は笑顔を見せる。


 眼鏡の青年、赤槻は癖のある青みがかった黒髪を後ろで一つに纏め、服装は紺色のポロシャツにベージュのチノパンという小綺麗な出で立ちだった。


 年齢を聞いたことはないが、見た感じでは三十歳前後くらいに見える。彼もまた雛罌粟の裏山の散歩仲間であり、朝早くに此処に来た際に遭遇することが多い人物だった。ちなみに、何度かジュースも奢って貰っている。


 いつもにこにこと人好きのする笑顔を浮かべる彼だが、特筆すべきはその瞳だろう。眼鏡の向こうにあるその瞳は、まるで白銀に七色の光を織り込んだかの様な形容し難い美しい色合いをしていた。


 (ーー凄く綺麗な目なんだけど、何だろう。何処かで見覚えがーー)


 「ーーどうかしましたか?流石にそんなに見詰められると穴が空いてしまいますよ」


 赤槻が困った様に頬を掻く。


 「ーーあっ、ごめんなさい。赤槻さんの目の色って凄く綺麗だから、ついつい」


 いつの間にか穴が空くほど赤槻の目を凝視していたらしい雛罌粟は慌てて頭を下げた。


 「いえいえ、確かに珍しい目かもしれませんね。でも、雛罌粟さんにそう言って貰えて悪い気はしませんよ」


 はははと笑う赤槻に雛罌粟も安心した。


 「8月になってからは毎日此処に来ていたのに、暫く顔を見せなかったでしょう。ですから、もしや雛罌粟さんに何かあったのではと少し心配していたんですよ」


 「ここ一週間くらい色々あってばたばたしていて。それで朝此処に来る時間も中々取れなかったんです」


 雛罌粟の言葉に赤槻は興味深げに目を瞬かせる。


 「なるほど、そうだったんですか。それで色々というと?」


 赤槻の言葉に雛罌粟は少し考えると、ティアラーゼとの出会いから始まるここ数日の出来事を話した。勿論、魔術に係わる部分はぼかして。


 「ーーなるほど、初めて外国のお友達が出来たんですか。良かったですね」


 「うん!! ティアは凄く良い子だから、友達になれて本当に嬉しいんだ」


 しかし、そこまで話した雛罌粟は急にがっくりと肩を落とした。


 「ーーでもね。別れ際にばたばたしていたから、ティアの連絡先を聞くのをすっかり忘れていて、ティアはきっともう外国の学校に戻っちゃっているから、連絡手段が何もないんだよ」


 「おやおや、それは残念ですね」


 「うん、自分でも凄く馬鹿したなぁって思ってる」


 ますます項垂れる雛罌粟に赤槻は苦笑すると、雛罌粟を慰めるように軽く頭をポンポンと叩いた。


 「ーー心配しなくても、雛罌粟さんとティアラーゼさんはまたきっと会えますよ」


 「そうかなぁ……」


 「ーーえぇ。雛罌粟さんもティアラーゼさんもお互いがお互いを大切に思っているのなら、自然と引き合うものです」


 根拠のない赤槻の言葉だが、その言葉は不思議と雛罌粟の心にすとんと落ちた。


 「ーーそっかぁ。そうだよね、何だか赤槻さんが言うと本当にそんな気がするから不思議だよ」


 えへへとはにかみながら雛罌粟が言うと、赤槻も目元を和ませた。


 ふと、赤槻が何かに気付いた様に雛罌粟に問い掛ける。


 「ーーおや。目元にくまが出来ていますよ。寝不足ですか?」


 「ーーえっ。あ、これ……」


 赤槻の言葉に雛罌粟は思わず目元を擦ると、昨夜の思い当たる節について軽く話す。


 「実は昨日変な時間に起きちゃって」


 「ーーもしや、以前に言っていた怖い夢のせいですか? 確か、不思議な湖だとか何とか……」


 「そうそう、その夢!! 赤槻さん、よく覚えてたね」


 確かに以前赤槻には夢の話をしたことがあった様な気もしたが、それも結構前な気がした。


 雛罌粟がそう言えば、赤槻は「こう見えて記憶力は良い方なんですよ」と悪戯っぽく笑って見せる。


 「夢というのは記憶の整理整頓だとか、深層心理の表れだとか色々な説がありますが、一説には何かの兆しであったり、何らかの予見を夢の主に知らせるものという見方もあるそうですよ」


 「うーん、ちょっと難しい……」


 首を傾げる雛罌粟に赤槻はにこりと笑った。


 「ーーその夢はもしかしたら、これから雛罌粟さんに起こる出来事を予見しているのかもしれません」


 「これから、私に……?」


 「ええ。それは良いことかもしれないし、悪いことかもしれない。けれどわざわざ夢を通して知らせる位ですから、雛罌粟さんにとって大切な事柄である筈です」

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