プロローグ 青年の探し人
『魔術の世界に身を置く者ならば、誰しも"星の賢者" という名前に聞き覚えはあるだろう』
『ある時は行き場を失った人々の為に洋上に新たな陸地を造ったという』
『またある時は遥か彼方より飛来する巨大な隕石を跡形もなく消し去ったという』
『その人はあらゆる法則の外側にいて、常に我々を見ているのだという』
ーー星の賢者と8人の始徒より、抜粋ーー
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ヨーロッパ大陸北西岸に位置し、大西洋に浮かぶ多くの島国から構成される国家、英国。
かつては大英帝国と呼ばれ地球上の広大な範囲を勢力圏としていた英国も、米国に覇権国家の座を譲り渡して久しい。
そんな英国の首都ロンドンの中心地でも最高層となるビルの屋上に、その人影はあった。
そろそろ日付も変わろうかという時刻。雲間から覗いた満月が屋上に佇む人物を照らし出す。
それは息を呑む程に美しい青年であった。しかし、もしこの場に青年以外に人間がいたならば、青年の美貌が人ではなく魔性の持つ美であることを感覚的に察する事が出来たであろう。それほどに青年の纏う気配は異質であった。
染み一つない白い肌に、スッと通った鼻梁。香り高いミルクティーを彷彿させるベージュの髪は、毛先だけが熟れた柘榴の様に紅い。
更に両の瞳は左右で色が異なり、右の瞳は金色、左の瞳は紅だ。
瞳から頭髪まで冗談の様な色の取り合わせだが、初めから彼の為に誂えた色であるかのように違和感無く馴染んでいた。
月明かりが照らす中、青年は携えていた本を開いてある一文に視線を落とす。
『"星の賢者"ーーその実在の真偽は定かではない』
青年は長い睫毛を伏せ、深い溜め息をついた。
「ーー何処へ行けば貴方に会えるんだ。それとも本当に実在しないのか?」
一瞬浮かんだ考えを否定するように頭を振る。
「ーーいや、そんな筈はない。何にせよ、僕は貴方に会うまでは何処にも行けないんだ。手懸かりを見付けて何としても辿り着いてみせるさ」
何処か自嘲気味に言うと、青年は空を見上げて目を細めた。
次の瞬間には青年の姿は霧の様に立ち消え、後には仄かな光を纏う紅い羽だけが残されたが、やがてその羽も初めから無かったかのように消えてしまった。
夜はまだ長い。
少しでも楽しんで頂けると嬉しいです。