こうして彼は死んでも生き続けるようです
彼と彼女は双子の兄妹だ。
兄は明るく楽天家で、空想するのが大好きな男子高生。
妹はクールで努力家、優等生の女子高生。
性格は違ったが不思議と仲は良く、高校生になっても一緒にいることが多い二人だった。
そんな双子の兄妹だった。
下校中、車が二人に突っ込んでくるその日までは……
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「ずいぶんとしぶとい魂ですね」
気がつくと俺は身体のない状態で町の上空をふわふわと浮いていた。下をみると十七年使ってきた、俺の体が学ラン姿で倒れている。その横では妹のやつが呆然とたっていた。
「そうか……死んだのか俺」
「そうです。あなたは下校中に突っ込んできた乗用車から妹さんをかばい、そのままひかれ、潰され、死んだのです。」
そう言ってきたのは白い衣に身を包んだ冷たい目つきの黒髪ショートの少女だった。少女は俺と同じように空中を浮いており、体からはわずかだか光を放っているようにみえる。天使というやつだろうか。
「天使ですか? 俺を天国に導きに来てくれたんですね。」
「何を言っているんですか。天国なんてものは存在しません。私も天使などではなくただの世界の管理係です。」
世界の管理係。なんだか地味な名称だな……
ていうか天国ってないんだ。ちょっとショック。期待していたのに……
はっ、まさか地獄に連れていかれるわけじゃあないだろうな。
「もちろん地獄だって、存在しません。死んだら何もありません。あるのは『無』だけです」
く、わかってはいたよ。死後の世界がないことなんて!
天国や地獄は所詮人間の妄想に過ぎないって!
死んだら何も残らない、『無』になる。考えたら当たり前のことだ……
「……ってあれ?じゃあなんで俺はこうして意識があるんだ」
「ええ、だから言ったのです。しぶとい魂ですね……と。極々たまにいるのですよね。身体が死んでも魂だけで生きている人が。普通は身体が死んだら魂も同時に消えるのですけどね。まあ、突然変異みたいなものです。」
その突然変異の魂がたまたま俺だったというわけか。人生なにがあるかわからないな。まさか俺にそんな隠れた力があるなんて。まあもう死んでるんだけどね。
「そういう突然変異が幽霊とか地縛霊とか言われる存在になるというわけです。なられちゃ困るので消しますね。」
え、俺消されちゃうの!
せっかくの突然変異なのに!
意味なっ! 消されちゃうならこの能力あるだけ損なやつじゃん!
そんなことにはおかまいなしに少女は光を放つ左手を、俺のほうに伸ばしてきた。
「いやだああ! 消えたくなああああい! 」
プルル プルル
この場にふさわしくない電話の音が鳴り響いた。
「はい、こちらナンバー101です。」
少女が頭に手をあて誰かと話している。テレパシーかなにかだろうか。
テレパシーってあんな電話みたいな音がなるんだ。
「はい…。えっ! それは一大事ですね。はい、わかりました。丁度いいのが目の前にいますので。…はい。なんとかします。」
何かあったみたいだな。
ていうか丁度いいのって言って明らかに俺の方を見たよな。
「事情が変わりました。あなたを消すのは取りやめです。」
良かった。とりあえず消されずには済むらしい。
「あなたにはこれからこことは違う世界に行ってもらい、そこで勇者になってもらいます。」
——今、勇者って言ったか。それってもしかして……!
「この世界ではこういう現象を異世界転生というらしいですね」
来たあああああああああ!
異世界転生!これを待っていた!
異世界転生の物語にはまってはや五年! 昼となく夜となく妄想をした!
自分だったらどんなものに転生して、どんなヒロインとイチャつき、どんな無双をしようか色んなパターンを考えてきた。本当に楽しかった!
まさか本当にあるなんて!
天国や地獄はないのに異世界転生はある! まったくこれだから人生は面白い!
もう死んでるんだけどね!
「やりますやります! 異世界で勇者! 是非やらしてください!」
「ずいぶん食い気味ですね……まあ、話が早くて助かります。では、詳細をはなしますね」
少女の話はこうだった。
どうやらその世界で、魔王討伐に向かっている勇者が道半ばで死んでしまったらしい。
そのタイミングで勇者に死なれるのは世界の管理係としては非常にまずいことらしく、なんとかしなきゃいけない。
幸いにも勇者の味方の僧侶が優秀で身体はなんとか蘇生に成功したらしい。しかし、魂が死んでいては意味がない。
そこで急遽同僚の管理係を頼ったら、たまたま俺がいた。突然変異魂の俺だったら、勇者の身体にもはいれるというわけだ。
「これはあくまで急場しのぎです。なんとか別の策を考えますので、それまで勇者として耐えてください。」
なるほど、つまり俺は代役というわけか。
「行く前に一つ忠告ですが、あなたは一度魂だけになった身、勇者の身体に入っても些細なことで抜けやすくなっていますので、気をつけてくださいね。」
……脱臼で外れやすくなった肩みたいだな。
「魂が死んだら身体もそれに引っ張られ徐々に死んでしまいます。時間がありません。
勇者の身体が死ぬ前に、さっそく行ってもらいましょう」
そういうと少女は、その細い指をパチンとならした。
「勇者! 勇者! 起きてくれ! 勇者! 死んじゃダメだ!」
気づくと俺は、洞穴の中で修道服のような衣装をきた背の高い女性に上から覗かれていた。
「あ、勇者! 目を開けたな! 良かった! 死んだかと思ったぞ! まったくヒヤヒヤさせるじゃないか!」
金髪ロングで目は切れ長、背の高いこともあってなんだかモデルのような女性だ。
「えーと、どういう経緯で俺はこうなってるんだっけ?」
「勇者はこの山のドラゴンにやられたんすよ。炎一吹きでね。」
そう答えたのは、洞穴の入り口で見張りをしている筋骨隆々な小柄な少年だった。この子も勇者の仲間なのだろうか?
「ドラゴン……?」
その言葉によって、俺の入っている身体の脳、勇者の脳が動き出し、いっきに色んな記憶を呼び起こしてきた。
「お……おおー……」
おもわず感嘆の息が漏れてしまった。
他人の記憶が自分の記憶になるのはなんとも妙な感覚だ。
例えるならば一瞬で全二十巻くらいの長編小説を読み終えた感じ。
どんな速読だよ。
でも、おかげで状況はわかった。
修道服の女性が僧侶で、小柄な少年が格闘家だ。
それに勇者を合わせて、三人で魔王城を目指してるってわけだ。
しかし、魔王城に行くにはどうしても、黒のドラゴンの巣くう山を越えなきゃならず、しかも山頂では魔王幹部の一人、ド畜将軍が待ち構えていると。
しかし勇者一行は山頂にたどり着く前に、突然現れた黒のドラゴンに遭遇し、あえなく炎の息で死んでしまったと。
なるほどね……
めちゃくちゃ旅の途中って感じじゃん。
なんならここまでの道中で勇者の仲間一人死んでるし…。
会いたかったよ……。笑い上戸で誰とでもすぐ仲良くなれる気のいい弓兵さん……
勇者の悲しみが俺にもしみ込んできた。
悲しさのあまり身体から力が抜けていく、
そのまま魂もすー……っと、
ピシャリ
僧侶に頬を叩かれた。
「すまん勇者。さっきから呆けて、心ここにあらずといった感じだったから、気合を入れるために一発な」
魂が抜けやすくなってるってこのことか。
ありがとう僧侶。
間一髪だったよ。
「すまん、ちょっと気を抜いていた。さあ、休息もとれたし、あらためて山頂をめざそうか」
そうだ、他人の記憶でクヨクヨしてたって仕方がない。
俺の冒険はここからなんだ。
というわけで、山頂目前までやってきた。幸いにも黒のドラゴンにはあわなかったので、ここまではすんなりと来られた。
しかし、ここでド畜将軍の手下の骸骨兵の群れが俺たちの行く手を阻む。
「勇者は先に行くっす!」
そういうと格闘家は骸骨兵をパンチ一発で二、三体を粉々にした。
「こいつらくらいなら私たち二人でもなんとかなる。ド畜軍をかならず倒してくるんだ! 」
僧侶も、持ってる杖を振り回し骸骨兵を吹っ飛ばした。
旅の途中で手に入れたもんな、その『打撃が魅力の魔法の杖』……。
「わかった! ド畜将軍は俺が倒す!」
仲間とはしばしの別れ、山頂に向けてずんずんと進んでいく。
見えた! 赤黒い甲冑の大男!
あれがド畜将軍に違いない!
「グギャ—――オ」
そこへ十メートルはありそうな大きな影がド畜将軍の元へ飛び掛かっていった。
黒のドラゴンだ。
これはもしや俺がでるまでもなくド畜将軍はドラゴンにやられてしまうんじゃないか?
ラッキー!
しかしそうはならなかった。
あろうことかド畜将軍は右手に持った大剣ひとふりでドラゴンにカウンターをくらわせ、あっけなくたおしてしまったのだ。
「む、空飛ぶトカゲか。まったくここは昔からトカゲの多いところだ。トカゲごときがわしの邪魔をするでない。」
強ええ!
今から俺、あれと戦うの?
勝てるのか?
いやいや、弱気になるな。
中身はともかく身体は勇者だ。
ここまでの道中でわかった。
この身体は凄い。
身体はまったく疲れず、無限にパワーがわいてくる感じだ。
「おい! ド畜将軍! 今度は俺が相—!」
「なにやつ!」
喋っている途中で切られて、吹っ飛ばされた。
そのまま岩壁に勢いよく叩きつけられる。
「かはっ……」
死んだ……
と思った。
そう思った瞬間、俺は勇者の身体から魂だけ抜け落ちてしまった。
「む、なんだただの雑魚か。一瞬勇者かと思ったが勇者がこんなに弱いわけないであろうからな」
ド畜将軍はゆっくりと勇者の身体に近づいてきた。
「む、魂の波動が感じられない。死んでいるようだ。まさか本当に勇者などではなくただの雑魚だったのか?」
当たってるよ、ド畜将軍。
身体は勇者だけど、中身はさっきこの世界に来たばかりの何の変哲もないただの男子高生だからな。
ド新人のド雑魚だよ。
さて、どうしたものか。
今勇者の身体にもどっても、またすぐに切られて終わりなきがする。
でも、一定時間魂が離れると生きている身体もそれに反応して死ぬらしいからな。
と、その時あるものが目にはいった。
さっき、ド畜将軍が倒した黒のドラゴンだ。
ドラゴンは、丁度ド畜将軍の真後ろに放置されている。
俺はあることを思いついた。
それは、ドラゴンは魂だけが死んでいて、身体は生きてるんじゃないかってことだ。
だとすれば、魂の俺は入れるかもしれない。
考えてる暇はない! 俺はドラゴンの身体に飛び込んだ!
って、重い重い重い重い重い!
身体中が重いよ!
まさに死にかけの身体って感じだ。
ダメだこんな所長くはいられねえ!
と、そのタイミングでドラゴンの記憶が俺に流れ込んできた。
なるほどね。昔、親を冒険者に剣で殺されたから、剣を持ったものを片っ端から襲っていたのか。
あれ、この記憶の中の冒険者赤黒い甲冑をきているぞ。
こいつ! ド畜将軍じゃねえか!
まさに親の仇!
ドラゴンの怒りが俺の魂にも乗り移る。
死にかけの身体にも奥底から力が湧いてきた。
ド畜将軍! お前を倒す!
俺は息を大きく吸い込み、身体に残るエネルギーの全てを乗せて、口から炎を吐き出した!
「グオオオオーーーー!」
命を削り、最後の力を振り絞ったドラゴン怒りの炎がド畜将軍を襲う。
完全に油断していたド畜将軍はまともに炎を浴びてしまった。
「ぎゃああ! わしの身体が燃えているうう!」
焼かれる焼かれる、ド畜将軍は炎に焼かれる。
ジタバタと地面を転げまわるド畜将軍だが、炎はまったく消える様子がない。
黒のドラゴンの身体は、ド畜将軍のその姿を瞳に焼き付け、満足そうに死んでいった。
また魂だけになった俺は、こんどこそ勇者の身体にもどった。
そして、剣をぬいてド畜将軍のもとへ向かう。
「くそお! 消えん! 消えんぞ、どうなっておる!」
もう動く力もないのか、ド畜将軍はあおむけになって、ただただ焼かれていた。
「今、楽にしてやるよ。ド畜将軍」
「な、お前は勇者の雑魚! 死んだはずじゃ! なぜ立っておる!」
ド畜将軍からしたらわけがわからないだろう。倒したはずのドラゴンに焼かれ、倒したはずの勇者に切られようとしているのだから。
「残念! 俺は死んでも生きてるんだよ!」
俺は全体重を乗せ、ド畜将軍に勇者の剣を突き刺した。
「無念!」
その声を最後にド畜将軍は動かなくなった。
俺は、ド畜将軍を倒したのだ。
とても勇者の戦い方とは思えない、油断と隙をついた一方的な奇襲だったが、とにかく俺は勝ったのだ!
「おーい、勇者―」
「ド畜将軍たおしたんすねー」
向こうから僧侶と格闘家がやってくる。
その姿をみて、なんだか力がぬけた。今頃になってさっきド畜将軍に切られた傷が痛みだし、俺はドサッと倒れた。
ついでに魂も抜けた。
「なんてことだ! 勇者が死んだー!」
僧侶はあわてて呪文を唱えだす。
危ない危ない、すぐ戻らないと。
ほんと油断したらすぐ抜け落ちるなこの魂。
これから先も気を付けないとな。
俺は一度死んだ。
でも、魂がしぶといから死んでなかった。
そして急遽、別の世界で勇者の代役となって生きることになった。
敵が強くて死にそうなときもある。
でも、死んでも生きて、この世界で生き続けてやる!
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……とここまで書いて、彼女はキーボードから手を離した。
双子の兄が死んで早半年。
自分をかばって死んだ兄。
彼女は兄が死んだという現実が受け入れられなかった。
死んだという事実はわかっていてもそれが本当だとは、どうしても認めたくなかったのだ。
彼女は次第にこう思うようになった。
兄は転生したのだと。
生きていた頃、兄が楽しそうに転生について語っていた事を思いだす。
兄は本当に異世界転生の物語が好きだった。
現実世界でそんなことが起こるはずないとわかっていても、あの兄ならあるいは……と、妄想してしまう。
いつしか彼女はその妄想を文章にしていた。
死んでも死んでない兄が異世界で楽しそうに活躍する話。
その第一話が今日完成した。
「題名どうしようかな……、なんか長い感じのがいいんだよね。そうだっ」
彼女は題名をおもいつき、そのまま兄の大好きだった小説サイトに投稿した。
自分の書いた作品が、兄がいつも見ていたサイトに他の作品と同じように並んでいるのをみて、彼女は思う。
兄にも見せてやりたかった……と、
しかし、そんな考えはすぐに頭から追い出した。
兄が死んだことを受けいれてしまいそうになるからだ。
「また、続きかかなくちゃ……」
こうして彼女は書く。
死んでも彼女の中で生き続ける、彼の物語を……
死んだ後のことを考えると、無限の可能性があるように思えます。
魂だけでさ迷うのか、それとも天使や死神が迎えにやってくるのか。
生まれ変わりだってあるかもしれません。カエルやトカゲ、オオサンショウウオになることだってあるのかもしれません。
その中の一つの可能性として、本当に異世界転生なんてこともあるのかも。
ということは世にある異世界転生ものの中には、一つや二つ事実が紛れているのかもしれません。
なんてことを考えるとちょっぴり面白いですね。
生きてる人間が死んだ後のことを考えるのは自由ですものね。
ということで『こうして彼は死んでも生き続けるようです』でした。