4.過去の話と今
「そう言えばだけど……偽名でいいから呼び名を教えて欲しいなぁって」
そう言いつつその姿を現す。
久しぶりにその姿を見た気がした。
「あー……それもそうだな。偽名かぁ」
昔から悪魔に自分の口から名を教えたり、名を言われると呪われる。と言われている。何故だかは分からないがいずれにせよ不自然に死んでいる人は基本的に悪魔と関わりを持っていたことが明らかとなっていたりする。
それを考慮してなのか偽名を作らなければ行けなくなったわけだ。
「うーん……難しい」
ネーミングセンスさえあればこんなに苦しむことも無いだろうに……と自分を恨みながら深く考え続ける。
いきなり。ではあるが一つだけ候補があった。冒険者をめざしていた頃に幼馴染に言われていたあだ名。
「じゃあ、レークス。まあ本名をちょっと変えただけなんだが」
エレクスのエの位置を変えただけで簡易的だがかなり気に入っている。
「分かったわ、レークスね。じゃあレークス、気になっていた私の過去について教えてあげる」
キューブを手に取るとそれをペン状に変化させた。
なににでも変化させられるのではないかと疑いたくもなったが、それよりもまずはラネアの過去だ。
「話すと長くなるんだけど、いい?」
「あぁ。その為にここに来たんだからな」
何故か勿体ぶりはじめた。そういうのは求めてないと口に出したかったが言わないでおこう。
「それはそれは昔の話。勇者さんと魔王さんが……」
「いやそういうの求めてないからっ!」
昔話チックに語られても内容が入ってこなくなって困るから!
「しょうがないわね。しっかりと解説するわよ全くもう」
……きっとこれから暗くなる話題を少しでも明るくしようとするラネアなりの配慮のようなものだろう。
「私には魔王の血が流れているの。どう? 驚いた?」
「うっそおぉお!?」
壁に背中を押し付けて距離を取るほどには驚いた。
だが、通りでドラゴン討伐をすることに対して無知なほど余裕を持っていた訳だ。
「なにもそんなに驚かなくても……先進まないわよ?」
「ア……ハイ」
恐る恐る正座で聞く体勢になる。
「でね、護って欲しいって言うのは聖職者の人からもそうなんだけど、どちらかというと魔王軍から逃げたい、って言う気持ちが多くてね。というのも私の他にあと三人、私の兄妹的存在である子達がいるの。で、その中から次期魔王になれるのは一人だけ。一人じゃ何も出来ない私が初めに狙われたわ」
王位継承者を決める……そんな感じで候補者である魔王の血を引く子供達を争わせているのか。
ペンで紙に相関図のようなものを書き表していく。
「父が魔王。母は種族の中で最も優秀な個体が選ばれて母体となるわ。つまり魔王の血を引く子供達は全員腹違いの兄妹になるの。私の場合は母が悪魔だから悪魔になったんだけどね」
魔界も中々大変なんだなぁと他人事の様に考えたものの、契約した以上俺も関係者になる訳だ。他人事じゃない。
「悪魔の特性として人と契約する事が出来る。私は人の内部からサポートすることで真価が出せるから……でも、こんな勝手な都合で巻き込んで本当に申し訳ないと思っているわ」
「……まあ気にするなよ、契約したのは俺も同じ。お互い頑張って行こうぜ」
初め驚いていたものの、涙ぐんだ笑顔に変わりいつものように元気な様子で答えた。
「……ええ!」
――それから暫くの間、身体に入ることも無く常に隣に居る状況が続いた。
「ねぇねぇレークスはどうして冒険者になったの?」
次は俺の過去を教える番か……。
「どうしてって……うーん……そうだな、強いていえば命を救われたんだよ。剣を持った冒険者と名乗る男性に。その後ろ姿がカッコよかった。だからかな」
「へ~! だから努力したり?」
「まあそうなんだけどあんまり実力がなくてな。俺は森の中にある小さな村出身なんだが、殆ど全員から反対されたよ。別に命をかけて戦う必要なんてない、って。だけどこの道を選んだ」
ふむふむ、と中々気持ちのいい相槌を打ってくれる。その為か話がしやすい。
「殆どってことは反対しなかった人もいたの?」
「そうだな、一人だけ居たよ。その子のおかげで今の俺が居るんだ」
「ほほ~。じゃあその子に感謝しなきゃね……」
と、こんな感じで会話を楽しんでいると、コンコンコンとノックが聞こえてきた。
ラネアは慌てて身体の中に入る。俺は扉を開けた。
「あ、あの……誰と会話を……?」
店主さんだ。一つのプレートの上に美味しそうなハンバーガー等が並んでいるが、店主さんの顔に何時もの笑顔はなかった。
「あー、えっと……」
「……わ、私の純情を弄んだ……のですか?」
頬を赤らめつつも、怒りがひしひしと伝わってくる。
『怒ってるよ!? 修羅場ってやつだぁ!』
なんで嬉しそうなんだよお前はァ!
「いやいやいや!? 弄んだなんてそんな……うわぁ美味しそうなご飯だなぁ! 有難うね?」
「……私も一緒に食べさせて頂きます」
「え……」
「……その反応、やっぱり! 私という存在が在りながら……やっぱり亜人はダメなんだ……」
ヤバいこれじゃ険悪な雰囲気になってしまう……その内ご飯に毒を盛られちゃう! 不味い、これでは不味い……。
「すいません、店主さん。私はレークスと契約している悪魔のエルサード・ラネア・アークストと申します」
「エルサード……ってことはまさか魔王の……!?」
なんで知っているんだ。って言うかもしかしたら知っているのは常識なのか!?
「はい、その通りです。あっ何も如何わしいことはしませんよ?」
「……は、はあだったら別にいいかな……」
あっ、良いんだ!? てっきりもっとなんか悪い方向に進むと思ってたんだが……。
「昼ごはん食べても……いいっすかね?」
「どうぞお召し上がりください」
「ではいただきます」
椅子に座ってハンバーガーを食べ出す。暖かい時に食べないと勿体ないからな。それになにより腹が空いている。朝昼晩と三食食べられるのは本当に幸せな事だ……。
うぅ……美味すぎる……。
――
「ご馳走様でした」
「でね、その冒険者さんったらほんとにもう……」
「サイテーね! 女の子に手を出して来るなんて。私なら頬にこうやって打ち込んでるよ!?」
自分の頬に手振り身振りで打つ仕草をしている。
「あははは! あ、お粗末さまでした。あともう一つ聞いて欲しいことがあって……」
……!?
なんだか仲が良好になってるぅう!?
感動の念に打ちひしがれている間に……え、なんで!? 凄い仲良くなってる!?
しかもベットの上で跳ねながら話しているし……。
「レークスも話しましょ~よ!」
「あ、ハイ」
手を引かれてベットの上に座らされる。が、中々会話に参加は出来なかった。
女子トークに比較的コミュ力が無い俺は参加権すらないのだ……。