表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
朔夜と健太郎  作者: 緋色 麻里
1/4

その日は相変わらずいつも通りの日で、帰宅の途についた朔夜さくやはいつもの電車のいつもの車両に乗り込んだ。

だが、いつもと違うのは目の前に端正な目鼻立ちの男子が立ちはだかったこと。

薄すぎず濃すぎず、絶妙な形の眉の下に切れ長の美しい二重。

まつげが濃くて長い。

高めの鼻梁もすっと通って、唇がこの上もなく綺麗な形。


うわ・・綺麗な男子・・。


朔夜が通う紫音しおん高等学校の制服ではない。

紫音の男子の制服はいまどき数少なくなった学ランだから。

目の前の男子はベージュのズボンに薄茶のブレザー、グリーンのネクタイをしている。


緑風りょくふう・・だよね、これ。


緑風学園の制服は制服だけ見ればかっこいいのだが、シンプルなブレザータイプなだけに中身のスタイルがものをいうようで、それがサマになっている男子を見たのは今日が初めてだった。


「あの・・?」


目の前の男子はじっと朔夜を見つめたまま微動だにしない。

車内はガラガラというわけでもないが、見知らぬ他人とこんなに相対しなくてはならないほどではない。

ということは、この見目麗しい男子は自分に用があるわけだ。


「何か?」


いぶかしげに見上げた朔夜に、男子は目をそらさずに告げた。


「先週、初めて見かけて」

「・・・・・何を?」


主語がない返答に朔夜の眉が寄る。


「あ、君を」


私を?


「で?」

「付き合ってほしいんだけど」


・・・・・・


短いセンテンスの会話のとっぴな結論に、朔夜の頭は一瞬思考停止に陥った。


「は?」

「だから、付き合ってほしいんだけど」


先週、私を初めて見かけて・・で、付き合ってほしい・・?


「あの・・あなたどなたですか?」

「あ、俺?小杉健太郎。緑風学園の2年」


小杉さん・・と朔夜が胡散臭そうにつぶやくと、小杉健太郎と名乗る男子はニヤッと笑ってつづけた。


「で、君の名前は?」

「・・・・桐原朔夜。紫音の2年」


「きりはらさくやさん、いい名前だね。どんな字を書くの?」

「桐の木、原っぱ、新月の朔に夜」


「新月の朔?」

「萩原朔太郎の朔。八朔の朔」


「ああ!分かった!へぇ、かっこいいね。新月の夜っていう意味なんだ。ふぅん」


女の子なのに珍しい名前だとか男みたいだとかはさんざん言われるが、いい名前だとかかっこいいとか言われたのは初めてかもしれない。


「それに、良かった」

「何が・・?」


「同じ学年で。いや、年上でも別にいいんだけど、受験生だとデートとか不自由だからさ」

「はぁ?」


年上でもいい、とか受験生だと不自由だ、とか何か気に障る言動の奴だ・・と朔夜は思う。


「デートをするとは言ってませんよ」

「ああ、そうだよね。で、どうかな」


「お断りします」

「・・・・どうして?」


笑ってた顔が曇る。

曇った表情も絵になっている、ほんとにハンサムだ。

もしかしたらどこぞの芸能事務所にでも入っているのかもしれない。


「俺のどこがいや?」

「あなたのこと知らないし」


「そりゃそうだ。今日初めて俺のこと認識したんだもんね」

「認識?」


「そう、認識。俺がここんとこ毎日この車両に乗ってたこと気付いてないだろ?」

「・・そうなんですか?」


「そうなんですよ。君に一目惚れしたからさ」


一目惚れ!?

あり得ない。

うそでしょう、という目で見返してみる。


「じゃあ、ストーカー?」

「ゲッ・・なんでそうなるんだよ」


「私なんかのどこがいいんですか?見るところ、あなた、彼女には不自由しそうにないけど」


健太郎はまたニヤッと笑ってぐっと乗り出し、朔夜の腕のそばにあるポールを掴んだ。

自然にそこに視線が行ってしまう。


「うん。まあ、俺の彼女になりたいって子はたくさんいるんだけど」

「じゃあ」

「俺はあなたが良いわけ。朔夜さん」


朔夜が目を上げると、整った顔を少し傾けて、じっと見詰められた。

実は朔夜の通う紫音高等学校は20年前まで女子高で、いまでも音楽科に数名男子がいる程度。

はっきり言ってほぼ女子高。

ゆえに朔夜にはあまり男子の免疫がない。

なので、俳優なみの整った顔がじっと自分を見つめてくる事態に、ドキドキと心臓はなっているのだが、もともと冷静沈着なたちなので巷の女の子のように赤くなったりはしなかった。


「私が、と言われても」

「とりあえず俺のことを知るためにも、付き合おうよ」


どうするべきか。

確かに、よく知りもしないうちにこんなにいい顔の男子を振るのは惜しい気がする。

だけど、「告白」というイメージからは程遠い態度に、女子高育ちの脳みそは警告を発している。

何も答えられないでいると、突然後ろから声がした。


「付き合っちゃえば?」


振り向くと、座席に座っていた30代と思しきOLのお姉さんが笑っていた。

「私も紫音なの。あなたの先輩」


はあ、と会釈をすると、そのお姉さんは健太郎を見ながら朔夜にささやいた。


「はっきり言って、こんなにかっこいい男の子から告白されるなんてこの先あるかどうかわからないわよ。いえ、たぶん無いかな。とりあえず付き合ってみたほうがいいわよ」

「・・そうでしょうか」

「うん。私ならそうする」


「そうかな・・じゃ、先輩の勧めもあるし・・」

「おお!付き合ってくれるの!」

「とりあえずってことで」


朔夜がおそるおそる了解を出し、健太郎がやったぜと両手を突き上げると、ピーピーと車内から拍手と歓声が沸き起こった。

どうやら二人のやり取りは周りの注目を集めていたようだった。





「ああ、恥ずかしかった」


ホームのベンチに座って、朔夜はハァーっと長い溜息をついた。

告白されたのも生まれて初めてなのに、それが衆人環視の中で行われ、拍手までもらってしまった。

ちらりと隣を見ると見目麗しい横顔がちょっと嬉しそうににやけている。


「いったい私のどこがいいんですか?」

「その落ち着いた感じ?」


「落ち着いた?」

「ああ。それに文学大好き美少女って感じもね」


「文学大好き美少女・・」


色白は七難隠すというが、確かに色は白い。

が、顔は十人並みだと思う。

確かに本は好きだが、文学少女の儚げなイメージからは程遠いアグレッシブな歴史好き。

はっきり言ってオタクの部類に入る歴女れきじょだと自負している。

こいつの言う文学少女のイメージに合うのは長くてまっすぐな黒い髪ってところか。


「だいぶ違うと思うけど」

「いいんだよ。その雰囲気に惚れたんだから」


「いいのかなぁ」

「朔夜のそんな冷めた感じも俺、好きかも」


「朔夜って、さっそく呼び捨てですか?」

「うん。俺のことも健太郎って呼んでよ。それに敬語もなしね」


「小杉くん」

「健太郎」


「・・・健太郎君・・はどうしたいの?付き合うって言っても学校は違うし」

「そうだよな・・とりあえずさ、朝と帰りの電車を一緒にするってどう?俺のほうが駅が先だからここで待ってるよ」


「どちらからなんです?」

「常盤が丘。あ、敬語はなし」


常盤が丘は朔夜の駅から3つ先だった。

確か急行が止まる駅だ。

待ち合わせなど面倒なんじゃぁ、と朔夜は思う。


「待ち合わせ・・ね。部活とかしてないんですか」

「ほら、敬語。俺帰宅部だからほぼこの時間なんだ。だから朔夜のことを見かけてからは毎日この電車に乗れたってわけ」


「ふぅん」

「それと今度デートしようぜ。そうだな・・日曜の午後、どう?」


「いいけど・・」

「じゃ、約束な。明日は何時頃来ればいい?」


「・・いつもは7時20分の電車に乗ってますけど」

「じゃ、俺その前にはここに来るから。明日は敬語使うなよ」


「・・努力します・・じゃない、わかった」


じゃな!と健太郎はホームに入ってきた電車に乗り込んだ。

ドアが閉まり、電車が動き出しても朔夜に小さく手を振っている。

朔夜もつられて手を小さく振り返した。




「なんだか・・」


つぶやきながらぎこちなく手をおろす。


突然できたボーイフレンド。

しかも自分には縁がないと思い込んでいた告白によってだ。

ちょっと、というかだいぶ馴れ馴れしい気はするが、なんだか犬にでも懐かれたような気がするのは思いすごしだろうか。

ただそれは、柴犬やシュナイザーとかではなく、ボルゾイのような美しい大型犬なのだが。







次の朝、朔夜がいつも通りの時間にホームにつくと、約束通り健太郎が柱を背にして待っていた。

ただ、緑風学園の女の子に取り囲まれていて、少し機嫌が悪そうに見える。


「ねえ、小杉君。どうしてこの駅にいるのぉ?」

「だれかと待ち合わせ?」

「ねえ、なんか言ってよぉ」


女の子たちの質問を無視して立つ姿は、昨日の咲哉への態度とは違い、なんだかとても冷たく見えた。


あれに声をかけるの・・?

やだなぁ・・。


朔夜は知らんふりを決め込むことにして、くるっと向きを変えた。


「・・・おい」


後ろから健太郎の声が聞こえる。

そのまますたすたと進むと、がしっと肩を掴まれた。


「朔夜!」

「はは、ばれちゃったか」


振りかえって肩をすくめる。

イライラした顔の健太郎もやっぱり美しい。

神様は不公平だな。

男のこいつになんでこんなに美しい顔を与えたもう・・。


「なんで黙って行くんだよ」

「だって、お友達が・・」


「俺が約束してんのは朔夜だろうが」

「・・ですね」


仕方なく健太郎の脇に並んで電車が来るのを待った。

先ほどまで健太郎を囲んでいた女の子たちは遠巻きにこちらを見ている。


「あの子たち、いいの?」

「いいんだよ。貴重な朔夜との時間を邪魔しないでもらいたいね」


「君は・・よく恥ずかしげもなくそんな言葉を・・」


朔夜が呆れると、健太郎はニヤッと笑う。


「ほら、電車来たぞ」




朝の電車は例にもれずギュウギュウ詰めで、朔夜は目の前にある健太郎のブレザーにくっつかないようにするのに必死だった。

知らない人になら結構密着しても平気なのに不思議なものだ。


「何やってんだよ」

「え?ああ、まあね」


「そんな抵抗してないで、くっついちまえばいいだろうが。危ないぞ」

「え?だって、一応乙女ですからね。」


そう笑ったとき電車が大きく揺れて、朔夜は大きくのけぞりそうになった。


「ほら、言わんこっちゃない」


健太郎に腕を掴まれ危うく難を逃れて、うん、と小さく返した。


「つかまってろよ」


腕を差し出され、しばらく逡巡する。

いつもならポールにつかまるのに今日は手が届かない。

ぐらぐらと右に左に揺れながら背に腹は代えられない、と健太郎の腕に恐るおそる手を伸ばした。


うっそ・・


ブレザーに包まれた腕は朔夜が想像するよりもはるかにしっかりしていて、男の子ってこんななんだと驚いた。

女子高もどきの校風の所為か、朔夜は友達たちによくまとわりつかれる。

その腕のどれもが細くてやわらかくて華奢だ。

それに比べ、健太郎はがっちりした体形ではないのにやはり女の子とは圧倒的に違う。


「そうそう。素直にね」


朔夜の手が腕にそっと伸びてきたことに至極満足そうな健太郎。

ちらりと見上げる咲哉ににんまりと笑顔を返した。


結局周りの人の圧力にも負け健太郎に密着してしまった朔夜は、頭の上から降る健太郎の言葉に答えながらも半分は上の空。

生まれて初めてのドキドキの15分間だった。


はじめまして。

緋色麻里・・と名乗ることにします。

緋色は赤が好きだから。

麻里は以前 まりままーな という名前で小説を書いておりました際の名残です。

個人サイトに収納していたお話ですが、小説が好きな方々に読んでいただきたいな、と思って「なろう」さんにお世話になることにいたしました。

どうぞよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ