刀導禅の思考
刀導禅メインの三人称視点回です。
――そして、全ギルドに激震が走った。
それと同時に、大きな興奮をもたらした。
――9分58秒。それが、ギルド『硯音』の打ち出した、アトラリア砂道における最速のクリアレコードだった。
当然『硯音』に所属している、エルドと共にレコードに挑んだ者達もそうだが、大きく心を揺れ動かされたのは、やはり刀導禅を始めとする、四大ギルドのギルドマスターの面々。
『冗談きついぜ……。』
『やはり銀水晶。恐ろしい……。』
『へぇ、やるじゃん!』
刀導禅は、他の三ギルドのギルドマスターから届いたメッセージを開きながら、笑みを堪えるので必死だった。
「こうも簡単に……。それも、10分を切る程とは……。やってくれる」
ただ、そんな刀導禅も内心では複雑な思いだった。
これ程のタイムを叩き出せるようなプレイヤーが、もうあと少し経てば『硯音』を脱退してしまう。
どうにかして、銀水晶だけでも『硯音』へと引き込めないか。それだけを刀導禅は考えていた。
「ソウキ、か。まず間違いなく、エルドを除いたあの三人の中では、彼奴が起点となっている筈……」
刀導禅がこう考えるのも、無理はない。
今も『硯音』に所属するプレイヤーの口から度々耳にする、アトラフィ戦での銀水晶の戦い。
最早、『カラミティグランド』における主要プレイヤーの焦点は、全てソウキ一人に向いていると言っても過言では無かった。
『見事だ。銀水晶。』
刀導禅は、ソウキへとメッセージを送った。
『こんなモンで良いのか?』
ソウキからの返信には、こんな事が書かれていた。
虚を突かれたように刀導禅は目を見開く。ソウキから届いたこのメッセージの文面。
刀導禅はソウキ達の叩き出したこのクリアタイムが、限界値では無いと言っているように感じられたのだ。
『まさか、ここからタイムを縮められると?』
『エルドとも話してるが、そいつは運次第だ。[転移の渦]を一発でピン抜き出来れば、あと2分は縮められる気がする。』
『そうか。私としては、この結果には大いに満足している。更に上を目指すと言うならありがたい事であるし、止めはせん。ほどほどにな。』
満足している、というのは嘘では無かった。
更新出来れば御の字と思っていた所を、誰も塗り替えられないようなタイムで更新しただけでなく、まだ上を目指せると言っているのだ。
『あいよー。』
ソウキの最後のメッセージを眺めながら、刀導禅は自分でも不思議な感覚を抱いていた。
この先、ソウキなるプレイヤーが何かをしでかしてくれるような、予兆にも似た何か。
そんなどこかふわついた感覚だけが、そこにはあった。
そして、その予兆を現実へと変えるように、チャットログに流れたテキストアナウンス。
それを刀導禅が見逃す事は無かった。
『支配ボス:牙獣オルグファスのフィールド進攻を確認しました。』
ついに解放された、フィールド支配ボス。
この支配ボスを撃破する事が出来れば、次のフィールドが解禁される。
獲物が獲物なだけに、ここは是が非でもレコードを掴み取り、『硯音』の勢いを更に波に乗せていきたい所だ。
「来たか。アトラリア砂道の支配ボスが……!」
今この時に、支配ボスを解放する為のキーであるエリアボスを倒してくれたパーティを讃えたいと、刀導禅は歓喜に満ちていた。
何故ならば、ソウキはまだ『硯音』のギルドメンバーとして在籍しているからだ。
支配ボスのファーストキル。それを達成する可能性を持ったプレイヤーが今、自分の手札となっている事。
この機会を逃せば、ファーストキルの主導権は、エルドとソウキが二分する事となる。
そして、ここでソウキを逃がしてしまおうものならば、ソウキに付いていた二人のプレイヤー。これも同時に逃す事となる。
あの二人のプレイヤーがどの程度の戦力となっているかは未知数だが、ソウキが引き連れている人間だと考えるならば、充分に『硯音』にとって脅威となり得る要素だ。
そうなれば、いくら『硯音』きっての強プレイヤーであるエルドを抱えていようとも、パーティの総合力という面では『硯音』は分が悪いかもしれない。
刀導禅は、急ぎながらも慎重に、メッセージに文字を刻んでいった。




