準備運動のような戦闘
A.I.N.A.には大きく分けて三つの機能がある。
まずはAINAのアシスタント化。
音声通知での設定をしておくと、誰かからメッセージが届いたりした場合、UPCのAINAは『カラミティグランド』ではA.I.N.A.として音声でアナウンスしてくれる。
ただこの音声アナウンスについては、一度フィールドに入ってしまうとバリトンへと戻ってくるまで機能しなくなってしまう為、フィールド内でのやり取りはメニューからのマニュアル操作で行わなければならない。
二つ目はプレイングマニュアル。
プレイングマニュアルについては特に説明の必要も無いものではあるが、このプレイングマニュアルと次に説明する機能に関しては、フィールド内に居てもマニュアリングに語りかければ開いてはくれる。
フィールド内では、こっちからA.I.N.A.に対して音声でマニュアリングの機能を要求することは出来るが、逆に向こうからこっちに干渉してくることは出来ないという事だ。
三つ目はレコード。
フィールドボスのファーストキル、ダンジョンのファーストクリア、そしてダンジョンのクリアタイム。
ファーストキルとファーストクリアは、一度更新してしまえばレコードに永久に名前が載る。
これは狙いにくる奴は多そうだ。クリアタイムは……やりたい奴らで勝手にやっててくれ。
「クエスト……はお使いだな。やる意味あるのか? これ」
プレイングマニュアルのクエストの項目へと読み進めていた俺は、俺はついぼやいてしまった。
「序盤としては不相応な火力を頼りに単騎で敵を一掃していけるお前達ユニーク職業と違って、俺達のような一般人はコツコツと積み上げていく段階というものが必要だ」
と、テュリオスは呆れたような口調で俺にそう説明する。
「エルドはさっき一人で突っ込んで行ったぞ?」
見たところは普通の剣士っぽかったけどな。
エルドは何らかのユニーク職業を持った奴……?
「……まぁ、初めてなんだろう。あぁいう無謀な奴も中には必ず居る。『カラミティグランド』は実質、今日が初日だからな」
……なるほどな。一人で試したいとか言ってたし、エルドの奴も、一人だけで攻略が無理だとわかればパーティを組んで攻略したりし出すか。
「あっと、忘れてた」
そういえば取り外されて防具の装備を忘れていた。
実はチュートリアル期間が終わるまでの間に、椿も混ぜてコットと三人で何度かリザードサイスを倒していた。
そのお陰で赤竜鱗のグリーヴという防具も入手出来たのだ。
三部位の装備でシリーズ装備ボーナス、四部位でフルシリーズ装備ボーナスを得られるのが、残念ながら残りの二部位までは集められなかった。
隔離区域の無い今、赤竜鱗のシリーズの防具を落とす敵がどこかに居ればいいが……。
ともあれ、赤竜鱗の籠手とグリーヴを装備。驚いた事に、両方ともチュートリアルの時とデザインが大幅に変更されていた。
籠手の方は瀕死のリザードサイスの鱗を象徴するような真っ赤な籠手だったが、赤みがかった鉄と革を繋ぎ合わせて造られたような、実用的な仕上がりになっている。
グリーヴの方も同様だった。グリーヴって名前だけどそこまで重厚感のあるものではなく、関節部や可動域ををガバッと開ける作りにすることで動きやすそうな構造だ。
現実でこれを再現したら防御力もくそもないが、そこはゲームってところか。
戦闘準備もばっちりってことで、俺はだいだいへと声を掛ける。
「さて、と。こんなもんか。だいだ――」
「――テュリオスだ」
徹底してんなコイツ。油断しただけだっつの。
なかなか使い分けって難しいよな。相手はだいだいだし。
「悪い。……テュリオス、俺はもう行けるぜ。お前はどうだ?」
「俺も問題はない。どの程度の時間、狩りをするつもりだ?」
そうだな……。とりあえず行ける所まで進んでしまおうか。
「んー。ボスまで」
結構なおマヌケ声で、自分が何を言ったのかは自覚している。が。
「は!?」
それよりも、テュリオスの方が呆気に取られたみたいだ。
「……ダメ?」
「いや、別に駄目という訳ではないが……」
うん、まぁ何となくテュリオスの言いたいことはわかるんだけどね。
けどやっぱ、一回はボスの元へと顔を出しとかないとな。
倒せるか倒せないかなんていうのはどうでもいいん、もちろん倒せるなら倒したいけど。
「行こうぜ。テュリオス、ボスが俺達を待ってんよ」
半ば強引に、俺はテュリオスを引き連れて渇いた石畳の道を進んでいった。
しっかし、湖どころか森林すらも消えちゃって、ここら一帯には何が起こったんだんだろうな。
ゲームの設定やなんかがあれば今からおさらいしておきたいくらいだ。
「おぉっ! あいつはご健在か! ありがてぇ」
小道を抜けて、少し広めの区画へと出ると、モンスターが見えてきたのだが、俺は視界に映ったそいつをよぉーっく覚えている。
久し振りのご対面、そしてここにまだ残って湧いてくれることに感謝感激極まれり。思わず声も出ちゃうよね。
「どうかしたのか?」
「あのロボットが錬成石をドロップするんだ。アイツは見掛けたら必ず狩るからな」
オートボットへと指を差しながらそう言うと、テュリオスは「なるほどな」と頷きを返してくれた。
環境が劇的に変わったのもオートボットの設定に組み込まれているのか、オートボットは全て砂ぼこりを被り、動きも前回見たものよりぎこちのないものとなっている。
「行くぜ、遅れんなよテュリオス!」
チュートリアルリッパーを引き抜き、俺はオートボットの元へと突っ込む。ラッキーなことに三体も生成されている。
「あっ、おいっ! ソウキっ! ったく……」
ソウキが飛び出していくその一瞬を見逃したテュリオスは、溜め息を吐きながら腰に差した鞘からブルーウルフサーベルを抜く。
本来であればテュリオスの手元には無い筈のレア武器だ。
研ぎ澄まされた鉄と鉄の擦り合わさる、鈴の音にも似た涼しげな抜剣の音が周囲に静寂さえをもたらす。
そんな耳心地の良い音に気もくれず、テュリオスはソウキの元へと駆け走る。
「はぁぁぁあっ!!」
ブルーウルフサーベルの性能に任せたテュリオスの突き一閃が、背後からソウキに襲いかかろうとしていたオートボットの体を貫いた。
テュリオスの倒したこのオートボットが、生成された三体の内の最後のオートボットだったのだ。
「おっせぇぞ。テュリオス」
既に一体目を倒し、二体目のオートボットへと止めを刺して振り返ったソウキは、口元をつり上げてにやけるようにテュリオス向けて言い放った。
「お前が飛び出していくからだ。全く」
「はんっ! 細けぇ事は良いんだよ。勝った奴が正義だ。ほら早く納刀しろ、リザルトが見られねぇだろ?」
溜め息をひとつ打って、テュリオスはブルーウルフサーベルを鞘に納めた。
納刀の際でも鳴り響く涼しげな音に、少し癒しを感じながら。




