久し振りだね!―1
「ちょっとばかし緊張するな。一ヶ月振りのログインに」
「ふふ……ようやくこの時が来たな! 柏木ィ!」
こいつの顔を見るのも約一ヶ月近く振りだ。
相も変わらず反応するのも面倒な、芝居がかった絡みに慣れつつある自分が心配にもなる。
チュートリアル期間の最終日であったいつぞやの土曜日を最後に、俺は今日まで日常生活を楽しんで……はいなかったけど、どうせこれから崩壊することになるであろう私生活を最後の時まで静かに過ごしていた。
特に語る事もなくこの一ヶ月は過ぎ、今は六月。
それももうあと四日で七月に入る。暑いのは嫌だねぇ。
「大げさだぞ、だいだい」
俺とだいだいは既にUPCの筐体へと座り、後は『カラミティグランド』を起動するだけだ。
因みについ二、三分程前に、公式サイトではアップデートが終了したことを告げる情報の更新があった。
多分、向こうに行けば無数のプレイヤーで賑わいを見せていることだろう。
「この興奮、抑えきれるものか! 俺達はこの時をどれ程待ちわびていたか!」
まぁ、そう言われれば俺もそうではあるんだけど。
ここまでなるものかね。いやだいだいの場合はちょっと盛ってる節がある。
「なぁだいだい」
俺は、このゲームを始めてから今まで気になっていた事を今、だいだいに尋ねることにした。
聞くタイミングはいつでもあった。あったのは確かだけど、それを聞くまでをも俺は今日までの楽しみとしていたのだ。
「どうした? 柏木」
「……ディランの事だ。俺は隔離区域に居たから結局ディランとは会えず仕舞いだった。
せめてどこの区域に所属してるとかはわからないのか?」
「それは……すぐにわかることだ。バリトンで落ち会おう」
そう言うとだいだいは、『カラミティグランド』を起動し、向こう側に潜り込んでいった。
……バリトンって、チュートリアルでは安全エリアだった所だよな。
レベッカと椿と出会った場所。まぁレベッカはあの後姿を全く見なかったけど。
「アイナ。『カラミティグランド』を起動してくれ」
今も昔も変わらない。真新しいゲームを起動する時のこの高揚感。
「畏まりました」
――そして俺は、別ゲーと錯覚するほどの様変わりした『カラミティグランド』の世界を目の当たりにするのだった――。
「な……んだこれ……?」
広がる湖も、草っ葉の生い茂った道も、どこまでも広がっていると思える程の広大な森林も。
……全てが無くなっていた。
「ここが、中立都市バリトン……?」
目の前を覆い尽くすほど視界に広がるのは、不揃いな石畳が伸びる、渇いた町だった。
予想していた景観では全くなかったが、やはりプレイヤーの数は相当なものである。
既にパーティを組み合い、談笑する者。他区域同士であろう者達が集い、チュートリアル期間で集めた各々のアイテムを売買していたり。
ようやくちゃんとしたゲームが始まったというようなこの状況。
通り過ぎる者達の見た目や装備というものはパッとせず、ちぐはぐであまり強そうなものではない。
それでも、剣と盾を持ってる奴、斧、槍を装備している奴が居たりっていうのは、変な新鮮味がある。
まぁそんなことを考えている俺自身も、装備していた防具は外されているから、周囲の連中と格好的には大差ない。
没収でもされてなければアイテムパックには入っているだろうから、後で装備し直さないとな。
ほんの一ヶ月前とはまるで違う、もはや異空間とも呼べる町中の喧騒だが、不思議と自分がこの世界に生きている住人の一人かと思えるような感覚に酔いしれる事が出来る。
そんなひとつの没入感に、早く暴れ回りたいという衝動が入り混じっては来るものの、まずはだいだいと合流しなきゃな。
「なんか、あれくさいな……」
石畳を進んでいくと、中央広場のような所に入った。
そこのシンボルとでも言えるような、大規模な噴水の回りを囲うように配置された縁椅子にどかっと座る者が一人。
そいつは股を大きく開くように座り、その中央を割くような形で、剣を杖の様に地面に突き立てている。
やっぱりパッとしない、貧弱そうな装備に身を包んではいるものの、俺は近寄ったそいつがだいだいのキャラであることが一発でわかった。
「よ、だいだ――」
「――ここではテュリオスと呼べ」
うわー……。やっちゃってるねコイツ。完全にロール入っちゃってるわ。
……まぁ、それも一つの楽しみ方か。その楽しみ方にいちいち口を挟むってのはナンセンスってモンだ。
テュリオスと名乗るだいだいは立ち上がり、剣を鞘に納めて俺と対面する。
なぜこいつがだいだいだと一発でわかったのか。
……ブルーウルフサーベル。
それはこいつの突き立てていた剣が、チュートリアル期間に出会った、小ムカつく煽りを咬ましてくるどこぞの椿なんちゃら歌姫が振るっていた、蒼い刀身の剣そのものだったからだ。
……近くで見ると、テュリオスの顔の造形は見事にだいだいのそれだった。
腹立つ位に整ったつり目の美男子は、蒼白い髪を纏わせることによって、更に腹立つ位の美男子になっている。
何が腹立つって、これがあのだいだいと言うことだよ。言わせんな!
「俺は一応、ソウキって名前にしてるけど。別に柏木でもいいぞ?」
ここまで見た目が現実と異なるものになっていれば、本名で呼ばれようがさして困りはしない。
「いや、そこはソウキと呼ばせて貰おう」
だよな。だいだいの性格上、ここでの呼び方の住み分けはきっちりしたい筈だ。ぶっちゃけどっちでも良いんだけど。
……いや、寧ろ違和感しかないかもしれない。
「じゃあだ……テュリオス。適当に狩りでも――」
「――皆さん、お久し振りです!」
町全体に響き渡るように、声が空から振ってきたような気がした。
「……なんだ?」
どっかで聞いたことあるような声だったが……。
テュリオスの方へと視線を流すと、首を傾げただけで、何が起こっているかはわからないっぽい。
「僕はアルマト。チュートリアル以来だね! 皆元気にしてたかなぁ!?」
うん、そうだわ。アルマトだわ。あのインチキアドバイザーのアルマトだわ。
「さぁ! まずは皆、長い間待たせちゃってごめんね!
ようやく皆の強力な助っ人、ユニーク種を引き当てたIDが七人、全員が揃ったよ!」
アルマトはテーマパークのキャストさんのような楽しげな声で、ここに居る皆を迎えてくれている。
「今ログインしている皆には、僕から直々に『カラミティグランド』の遊び方をレクチャーしてあげられるよ! ラッキーだね!
まずは、プレイヤーの皆にマニュアルを配ってあげるよ!」
アイテムパックに、「プレイングマニュアル」というアイテムが送られた。
プレイングマニュアルを使用した俺の右手の親指に、指輪が現れる。
指輪には台座があり、その台座には本を開いたようなマークが刻まれている。
指輪の形をした紋章が親指に彫られたような感じで、嵌まっているような、締め付けられるような感覚は全く無い。
「今回は一回きりしか説明してあげられないから、よぉーく聞いておくんだよ!」
そして、前回のチュートリアルの時のような、質問をすればその質問に対しての返答が返ってくるような優しいものではなく、アルマトの一方的な音声レクチャーが始まった。