思い出に導かれるように
別れというのは突然にやって来るものである。
だがそれ以上に奇妙にやって来るものは、やっぱり出会いではないだろうか。
五月も後十日も経てば終わろうという月頃。まだまだ遠くはあるが、暑がりな俺からすれば七月はもう夏だ。
そんな夏がもう目前に控え、憂鬱な気持ちで日勤の仕事を終え、いつもの牛丼屋へ駆け込んで、いつもの牛丼をかき込み、満足気に会計を済ませて店を出た俺を待っていたのは、久しい久しい懐かしの顔だった。
もうかれこれ二年か三年は会っていなかったから、ちょっと忘れかけていたんだけどな。
「……久し振りだな。柏木」
夜の静寂に溶け込むような、静かな声だった。
「……誰?」
敢えて、敢えて他人の振りをする事にした。
「貴様ぁ! 薄情だぞっ! 俺との約束を忘れたかっ!?」
今度は、先程の静寂など何も無かったかのような怒声である。
……今俺の目の前に立っている奴の名前は大治。
大治大河という。愛称はだいだい。
因みにだいだいとの約束は何にもしてないヨ。
「あーはいはい。だいだい君。で、何の用っすかねぇ」
「お前は『カラミティグランド』というゲームをやっているか?」
アポ無しで突然に現れて言う台詞かね。
「いや、やってない」
「……何ぁ故だっ! 貴様程の類い希なるゲームの才覚を持ちながら、何故プロゲーマーとして輝かしいロードを歩まんのだっ!? 俺には……俺には理解出来んっ!」
「ゲームの才覚って、いつの話してんだよ……それは八年……は言い過ぎか。四年も前の事だろ?
今の俺は工場勤務の社員で、それ以上でもそれ以下でもない。そういうこと分かって言ってるぅ?」
「ふんっ。随分とヒヨったな柏木。それともなんだ? またディランと共に戦いたいとは思わないのか?」
だいだいから発せられた「ディラン」という言葉につい、反応してしまう。
「……ディランだと? ディラン・マルティネスかっ!?」
――ディラン・マルティネス。
スペイン出身……、と言っても、出身がスペインなだけで育ちは日本だから、もう純日本人といっても過言ではないが、ARバトルゲーム『in world』において、俺と共にとあるチームクラブに所属していた親友だ。
……いや、今では″だった″かね。
五年程前のこと。ディランは不幸な事故で下半身付随となり、車椅子の生活を余儀なくされた。
――もっとお前と遊んでいたかった――。
今になって思い出す。ディランが俺に言った最後の言葉を。
そしてその言葉の後、ディランがどうなったか俺にはわからない。
だけど、きっと俺がゲームから離れることになったきっかけは、ディランなんだろうな。
あいつが百パーセント、ゲームを楽しめないのに、俺が楽しめるのかと。
チームクラブの世界に俺を引き込んだのも、ディランだったからな。
「当然だ。俺とお前の知るディランが、あいつ以外に居るのか?」
「いや居ないけど……。『カラミティグランド』をプレイすれば、またディランに会えるのか?」
「そうだな。会えるはずだ」
だいだいのこんな真剣な顔、多分生まれて初めて見るような気がするな。
……そうでもないか?
「……やるよ。その『カラミティグランド』ってゲーム」
「そう来ると思った! 付いてこい」
俺車乗ってきたんだけどな……。まぁいっか。
俺はだいだいの車の助手席への乗り込み、シートベルトを嵌める音を聞いただいだいは車を走らせた。
……車で走ること十分くらい。
予想はしていたが、連れていかれた先はだいだいの実家だった。うん、でかい。
親の趣味なんだろうけど、財を惜しみなく使われて無理くり造られたのであろう「和テイスト」な佇まいの豪邸が、門の奥には広がっていた。
「気にしないでくれ」なんて、ちょっと気恥ずかしめに言っているだいだいもちょっと面白くあったが、今はディランの事の方が大事だ。
「ここだ。懐かしいだろ?」
だいだいに案内され、立ち止まったのはだいだいの部屋の前だ。
俺とだいだいとディランが三人で集まって、狂ったようにゲームをやっていた青春の場でもある。
「そうだな……。寂しかったか?」
だいだいは俺やディランと比較しても、数段ゲームの腕が劣る奴だった。
特に気にしないでここまで来たが、チームクラブに所属した当時は、どうにかなっちまったかって思った程に喜んでいただいだい。
……そんなだいだいはこの四年間、俺の事をどう思って今まで生きてきたんだろうな。
家全体に広がる静寂が重い。罪悪感もあるせいだろうか。
「寂しかったと言われれば寂しかった。だが、それも今日までだ。またこうして三人でゲームが出来ると思えば、なんてことはない」
「強がりに聞こえるぞ。だいだい」
なんて言いながら、だいだいの部屋へと入っていく。
久しぶりに入ったけど、お坊ちゃんの部屋はやっぱ一味違ぇわ。広いのなんの。
「あれは……?」
部屋の真ん中に二台、やたらと大きな筐体が並べられていた。
その筐体の中央には人が一人座れるような椅子があり、周囲に取り付けられた物と合わせた大きさが、なんだかご立派な設備のようにも見てとれる。
「あれがUPCだ。イカしてるだろ」
「いやまぁ、格好良いけどさ……」
ユナイテッドパーソナルコンソール。その頭文字を取ってUPCと呼ばれる、世界初の試作型VRゲーム機だ。
電脳世界に生み出された自身の分身とも言える素体と、UPCから読み取った脳波とリンクさせることで、「実体は無いけどそこに居ると錯覚できる」技術。
触覚以外の感覚が再現出来ない分、試作型と呼ばれてはいるが、実際に電脳世界に入ってみると感動するぞ。とはだいだいの弁。
電脳世界は真っ白なネット空間が広がっており、アバター対応しているゲームで作り出したアバターを設定するまでは、某サウンドノベルのような頭から足の先まで、青い身体のキャラとして素体が他人には見えるらしい。
「ここでうだうだと説明しているよりは、実際にゲームをやってみようじゃないか」
二つ並んだUPCの左側にだいだいは座る。
「まぁそうだな」
そう言いながら、俺は残った右側の筐体の椅子に座った。
「――おはようございます。私はUPC内蔵AI、AINAと申します」
「うおっ!!」
突如、機械音声チックな女の声と共に、目の前に青白いディスプレイが現れる。
そのディスプレイには、音声と同じのテキストが表示されていて、その下には「音声認識を開始します。宜しいですか?」と書かれていた。
「は……はい。でいいのかな……」
「畏まりました。リンクされているID、大治大河さんが現在プレイしている『カラミティグランド』をインストールしますか?」
早ぇなだいだい! もうこっち側には居ないのか。
「はい」
「インストールを開始します。只今から音声認識を開始します。お名前をお聞かせ願いますか?」
「……柏木惣」
「かしわぎそう、さんですね。次にディスプレイのキーボードに名前を打ち込んで下さい」
凄いな。今のやりとりだとまるでSF映画の中にでも入り込んでしまったみたいだ。
音声の指示に従うまま、俺はディスプレイに映し出されたキーボードに自分の名前を漢字で打ち込む。
「柏木惣さん、ですね。もう一度名前を教えて下さい」
「柏木惣」
「音声認識が完了致しました。既に『カラミティグランド』のインストールは終了しています。起動しますか」
「はい」
「畏まりました。『カラミティグランド』、起動します」
瞬間、俺の意識は一瞬だけ、無くなるのだった。